中国:中国の電子商務法について
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
2018年8月31日、中国の立法機関である全国人民代表大会常務委員会は「中華人民共和国電子商務法」(以下「電子商務法」という。)を採決し、同法は2019年1月1日より施行される。電子商務法は、草案の段階においてパブリックコメントの募集を経て、4回修正されるなど、中国国内でも大きな注目を浴びている。以下、電子商務法の概要について紹介する。
なお、本稿は長島・大野・常松法律事務所の柳陽中国弁護士の協力のもとに作成している。
1. 電子商務法の制定背景
中国では、消費市場の拡大、インターネット、スマートフォンの普及等により、電子商(EC)取引が著しい成長を見せている。中国の商務部が2018年5月に公表した「中国電子商務報告(2017)」によると、2017年の全国ネット小売額は7兆1,800億元で前年比39%増加した。このうち、商品の売り上げは5兆4,800億元(28%増)で小売総額の約15%を占めている。また、サービス業の売り上げは2兆9,200億元(19%増)であった。このように、EC取引は消費者にこれまでない利便性をもたらし、経済発展にも大いに貢献している。しかし他方で、模倣品の疑いのある商品等、商品やサービスの品質を理由とするクレームも少なくない。こうした状況の中で、EC市場の拡大に伴い、秩序整備を図り、また、消費者の権益を保護するために、電子商務法の制定が強く要請されてきた。
2. 電子商務法の主な内容
(1) 電子商務法の適用範囲
電子商務法は、中国国内での電子商務(EC)活動を適用対象とするものであり、金融商品や金融サービス、情報ネットワークを使ったニュース情報、動画・音声、出版及び文化製品等の関連サービスには適用しない。なお、電子商務とは、インターネット等の情報ネットワークを通じて商品を販売し又はサービスを提供する事業活動をいう(2条)。
(2) EC事業者の定義
EC事業者とは、インターネット等の情報ネットワークを通じて商品を販売し又はサービスを提供する自然人、法人及びその他組織を指し、具体的には、ECプラットフォーム運営者、プラットフォームの出店者、自らECサイトを運営し又はその他のネットワークサービスにより商品を販売し又はサービスを提供する事業者が含まれる(9条)。
(3) EC事業者の一般的な義務
電子商務法では、EC事業者の主な義務は以下のとおりである。
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▷ 登記義務
事業者は、市場主体登記をしなければならない。ただし、個人が自家製農産品、家内制手工業製品を販売するなど、個人が自分の技能を利用して営業許可等の許可を得る必要のない労務活動及び零細小額取引活動を行う場合は登記は不要となる(第10条)。
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▷ 安全・環境配慮義務
事業者が販売する商品又は提供するサービスは、人身、財産安全の基準及び環境保護基準を満たしていなければならず、法律、行政法規により取引が禁止された商品又はサービスを販売又は提供してはならない(13条)。
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▷ 公示義務
事業者は、そのホームページの目立つ位置に、営業許可証の情報、事業ライセンスの情報、市場主体登記を要しない場合の当該情報、又は上記情報のリンク先を継続的に公示しなければならない(15条)。
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▷ 虚偽広告等の禁止
事業者は、商品又はサービスについて全面的に真実の情報を提供し、虚偽の取引、購入者評価のねつ造等の方法により消費者を欺いたり誤解させたりしてはならない(17条)。
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▷ 抱き合わせ販売の制限
事業者は、商品又はサービスの抱き合わせ販売をする際、目立つ方法で消費者の注意を喚起し、抱き合わせ販売をデフォルト設定にしてはならない(19条)。
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▷ データ提供義務
関連する行政部門から法に従って要請があった場合には、ECに関するデータを提供しなければならない(25条)。
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▷ 紛争対応
紛争が発生した場合、EC事業者はオリジナル契約及び取引記録を提供しなければならず、これらの資料を紛失、改ざん、破壊、隠ぺい、あるいは提供を拒否した場合には、法的責任を負う(62条)。
(4) ECプラットフォーム運営者に対する特別規定
上記の規定のほか、ECプラットフォーム運営者の義務に関する規定もあり、、主な義務は以下のとおりである。
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▷ 税務部門への報告義務
プラットフォーム運営者は、出店者の身分情報を市場監督管理部門に報告し、市場主体登記をしていない出店者に対して登記するよう告知する義務がある。また、出店者の身分情報及び納税関連情報を税務部門に報告し、市場主体登記を要しない出店者に対して税務登記するよう告知する義務がある(28条)。
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▷ 情報記録・保管義務
プラットフォーム運営者は、プラットフォーム上の商品・サービス情報、取引情報を3年以上記録、保管し、情報の完全性、秘密性、有用性を保障する義務がある(31条)。
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▷ 不合理な制限等の禁止
プラットフォーム運営者は、サービス契約や取引規則等を利用して、出店者の取引や販売価格に制限を設けたり、出店者から不合理な費用を徴収したりしてはならない(35条)。
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▷ 自営業務
プラットフォーム運営者は、「自営」と表記した業務については、商品販売者又はサービス提供者としての民事責任を負う(37条)。
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▷ 安全注意義務
プラットフォーム運営者は、出店者が販売する商品もしくは提供するサービスが人身、財産安全の基準を満たしていない又はその他の消費者の権益を侵害する行為を知っている又は知るべきであるにもかかわらず、必要な措置をとらなかった場合、当該出店者と連帯して責任を負う。 -
また、ECプラットフォーム運営者は、消費者の生命・健康に関わる商品又はサービスについて、出店者の資格・ライセンスを充分に審査せず、又は消費者に対して安全注意義務を果たさず、消費者に害をもたらした場合、責任を負う(38条)。
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▷ 知的財産権侵害の処理
知的財産権の権利者は、その権利を侵害されたと認めた場合、権利侵害に関する初歩的な証拠を示して、ECプラットフォーム運営者に通知し、削除、遮断、リンク先の遮断、取引中止等の必要な措置を取るよう求めることができる。ECプラットフォーム運営者は、当該通知を受領後、速やかに必要な措置をとり、かつ、当該通知を出店者に転送するものとし、必要な措置をとらなかった場合、損失が拡大された部分について出店者と連帯して責任を負う(42条)。 -
また、ECプラットフォーム運営者は、出店者による知的財産権の侵害を知っている又は知るべきである場合、削除、遮断、リンク先の遮断、取引中止等の必要な措置をとらなければならず、必要な措置をとらなかった場合、当該出店者と連帯して責任を負う(45条)。
3. まとめ
前述したとおり、電子商務法は、EC取引の秩序強化を図るとともに、消費者のネットショッピング環境の改善や消費者権益の保護を目指している。電子商務法の施行により、中国のECマーケットが整備されていくことが予想され、中国でEC活動を行う日系企業にとっても中国へのECマーケット進出の環境が整えられることになる。他方、電子商務法において消費者保護のための規定も多く盛り込まれており、EC事業者としては法に従って体制を整える等の義務を負うことにもなるので、早急にその対応を検討すべきであろう。
以上