◇SH2242◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(124)雪印乳業㈱グループの事件を組織論的に考察する㉞岩倉秀雄(2018/12/11)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(124)

―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉞―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、子会社の売却等、グループ経営の再編について述べた。

 雪印乳業(株)は、2つの事件によりブランドへの打撃が大きく、子会社の経営も親会社以上に厳しい状況に陥ったことに加え、雇用調整等の資金確保の必要性から、優良子会社株の売却にも踏み込まざるを得なかった。

 そのため、グループ会社で最も企業価値の高かった(株)雪印アクセスの株式を伊藤忠商事(株)等に売却した他、雪印ラビオ(株)の株式をかねてから乳酸菌事業に関心の高かったカゴメ(株)に、総合物流会社を目指していた雪印物流(株)の株式を(株)エスビーエスに売却、創業70周年記念事業の一環として建設した自社ビル(スノークリスタルビル)の信託受益権を不動産関連会社に売却した。

 また、業績不振で売却できない会社は整理せざるを得ず、2000年には111社あったグループ会社は、2008年には41社になった。

 今回から複数回に分けて、食中毒事件の発生時とは異なる牛肉偽装事件後の企業体質の変革と信頼回復の取組みについて、筆者の学会報告[1]を基に考察する。

 

【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉞:牛肉偽装事件後の経営再建⑤】

 これまで、筆者は、本稿112号114号で、食中毒事件発生時に雪印乳業(株)が企画・実施した信頼回復・経営再建策[2]について述べ、120号123号では牛肉偽装事件後の経済面の施策[3]について述べてきた。

 本稿では、経営再建の途中で発覚した牛肉偽装事件により社会的信頼を完全に失墜し、組織崩壊の瀬戸際に追い込まれた雪印乳業(株)が実施した、理念や組織文化、ガバナンス等の再構築について考察する。

 雪印乳業(株)グループの事件は、18年~16年前に発生した社会にコンプライアンスの重要性を喚起した事件だが、今日、様々の製造業で相変わらず不祥事が多発していることを鑑みると、雪印乳業(株)グループの事件は、今でもコンプライアンス経営の推進に何が必要かを示唆する古くて新しい事件である。

 筆者には、雪印乳業(株)は、食中毒事件発生時には設備や仕組み等、ハード面の改革が主であり、牛肉偽装事件後は、(意識していたか否かは不明だが)コンプライアンスを組織内に浸透・定着するために、仕組み(構造とプロセス)の改革だけではなく、組織成員の価値観(組織文化)の改革に注力していたように思われる。(この点は、後述する)

 

1. 牛肉偽装事件後の信頼回復の取組み(『雪印乳業史 第7巻』469頁~485頁)

(1) 信頼回復プロジェクトの取組み

 雪印乳業(株)は、再び失われた社会的信頼を回復するために、2002年4月1日、信頼回復プロジェクト(雪印乳業の体質を全社を挙げて改革することが目的)をスタートさせたが、その母体となったのが、社内の有志による「雪印体質を変革する会」[4]である。

 この会は、自ら行動するだけではなく、会社の体質変革につながる制度や手法を提案することを目的とし、部門や年齢、肩書を超えて、自主的に行動することをテーマとしていた。 雪印乳業(株)は、「雪印体質を変革する会」の活動を会社として正式な活動と位置づけ、全社的に信頼回復運動を強力に推進するために事務局を経営企画室に設置した。

 そして、運動の趣旨や改革された内容、信頼回復のテーマを効果的にコミュニケートするために、関係部署と連携を取り、広告、広報、ホームページでの情報発信やメールマガジンを発行、雪印体質を変革する会のホームページとして「雪印ドットコム」を立ち上げた。

 具体的には、雪印の変革に対する外部の意見収集、消費者・生産者との対話集会の実施、モニターによる工場視察と品質管理に関する意見交換会の実施、工場開放デーの実施による地域との交流、新聞全面広告の掲載、食中毒事件の現場となった北海道大樹工場への見学会「レターフロムファクトリーキャンペーン」等を実施した。

(2) 交流会・対話会・お客様モニター制度の実施

 農家女性のネットワーク「田舎のヒロインわくわくネットワーク」(代表 山崎洋子)の協力を得て酪農生産者との対話を行い、大阪の社団法人女性職能集団WARP(理事長 井上チイ子)の提言を受けて消費者との対話やお客様モニター制度の導入を行った。

(3) 工場開放デーの実施

 信頼回復の重点的取組みとして、工場開放デーを設定し、品質への取組み、事業改革、経営改革に対する地域の理解を得るように努めた。

 次回は、ガバナンス改革、コンプライアンス体制の再構築、新生雪印乳業「企業理念、行動基準」等について考察する。



[1] 本稿は、筆者の2017年度組織学会研究発表大会(於 滋賀大学)報告「コンプライアンス経営と組織文化―倫理再生の実践から―」及び2017年度日本経営倫理学会第25回研究発表大会(於慶応義塾大学)での報告「コンプライアンス経営と組織文化―全酪連と雪印乳業(株)のケースを踏まえて―」をベースにしている。

[2] 商品安全監査室(社長直轄)の設置、エンテロトキシン検査機器の全工場導入等検査体制の充実、コミュニケーションセンター及びお客様ケアセンターの設置、品質管理要員の増加、製造ラインへの設備投資、工場の衛生教育強化、食品衛生研究所の設立、雪印企業行動憲章と行動指針の制定、経営諮問委員会の設置、VOICEプロジェクトの実施等。

[3] 事業・資産売却、子会社再編・整理、減資・増資・株式併合、金融支援、大規模雇用調整等。

[4] これは、筆者が雪印乳業(株)の食中毒事件発生直後に雪印乳業に伝えた、全酪連の牛乳不正表示事件発生時に筆者が事務局長として牽引し、信頼回復に一定の成果を挙げた組織風土改革運動である「チャレンジ『新生・全酪連』運動」と同じ趣旨の活動である。筆者の提案した運動は、組織内の議論に重点をおいたが、雪印乳業(株)の場合には、「雪印の姿勢が見えない」とのステークホルダーの批判に対応するために広報に重点を置いたと思われる。

 

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