コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(146)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス⑱―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、日本ミルクコミュニティ㈱の「企業行動規範遵守宣誓」への署名と「ミルクコミュニティ行動指針浸透トレーニング」等、について述べた。
「企業行動規範遵守宣誓」への署名は、中期経営計画で謳った「コンプライアンス意識の浸透・確立」の実現を推進するとともに内部統制の強化にも資する目的で、2006年度より毎年1回実施し、社長以下の役員・従業員・出向・派遣している社員・受け入れ出向者全員が署名した。
また、2007年8月から、職場単位で、「ミルクコミュニティ行動指針」に照らして業務上「やるべきこと」、「やってはいけないこと」を話し合う「ミルクコミュニティ行動指針浸透トレーニング」を実施した。
この独自性の強い取組みは、実施当初は、現場からは戸惑いの声が上がったが、時間の経過とともに軌道に乗り、行動指針の浸透に役立った。
また、個人情報保護法の完全施行を受けて、プライバシーポリシー・関連情報管理規定類(個人情報取扱規定類)を策定・整備するとともに、マニュアルの作成、教育・研修により周知徹底するとともに、内部監査により確認・検証した。
その他に、公益通報者保護法の施行を受けて、従業員相談窓口の外部受付先をセクハラ対応専門の会社から社外弁護士ホットラインに切り替え、相談対象範囲を、請負業者の従業員、グループ会社の従業員に拡大するとともに、仕組みを周知・徹底するために、連絡先を記したシールやカードを配布し、研修を行なった。
今回は、グループ会社のコンプライアンス体制の強化について考察する。
【日本ミルクコミュニィティ(株)のコンプライアンス⑱:コンプラインス体制の構築と運営⑤】
1. グループ会社のコンプライアンス体制の強化
コンプライアンス違反はグループ会社の違反であっても親会社の責任が問われる[1]ことから、組織のコンプライアンス強化とはグループ全体のコンプライアンス強化であるととらえる必要がある。
筆者は企業グループのコンプライアンス強化には、組織間関係論[2]の知見が活用できると考えることから、本稿では、前半で組織間関係論の一般的・理論的視点について考察し、後半では、理論の具体的活用例として日本ミルクコミュニティ(株)グループのコンプライアンス体制の強化策について考察する。
(1) 組織間関係論の視点から見たグループコンプライアンス
一般に、親会社と子会社との関係には、次のことが言える。[3]
- ① 親会社は資本関係をベースにカネ、ヒト、モノ、情報面で子会社に対する支援やパワー(影響力)行使を行う一方、子会社自身の活力を維持・発展させるために、経営の自主性に配慮する。
- ② 親会社は、所有に基づく公式権限(パワー)を持っており、親会社の子会社に対する報酬・制裁のパワーは強力である。
- ③ 時間が経つにつれて、親会社と子会社の間には組織間文化(グループ組織間で共有される価値や行動様式)が形成され、目に見えない組織間関係が組織間の統合機能を果たすことになる。
- ④ 組織間文化(自らの価値と他組織の価値を結びつける)には、組織間の価値や行動様式となる「行動規範」の機能がある。
- ⑤ 組織間文化は、焦点組織の政策、対境担当者の行動とメンバー組織の評価・行動の積み重ねにより形成され、協調関係の形成・維持の前提となり、組織間関係統合の役割を果たす。
- ⑥ 組織間文化の形成は、組織間における神話、儀礼、言語の他に、経営会議や各種委員会への参加など公式のコミュニケーションシステム、経営者同士の個人的関係や対境担当者同士の業務行動など、により発生する多元的な知覚の影響を受ける。
したがって、筆者は、企業グループがグループとしてコンプライアンスを強化するためには、親会社が、子会社に対する強力なパワーを活用して組織間文化(自らの価値と他組織の価値を結びつける)に働きかけ、グループとしてコンプライアンス重視の組織間文化を形成する必要があると考える。
具体的には、①グループ共通の理念やビジョン・行動憲章等を作成し共有化する、②親会社の社長、コンプライアンス担当役員、コンプライアンス部門のメンバーが、子会社の社長、担当役員、担当部門に多段階に働きかけてコンプライアンス重視のコミュニケーションを行う、③パワーを行使(人事、コンプライアンス関連情報の提供、表彰と懲戒、予算化、グループ全体の従業員相談窓口の設置等)して子会社をコンプライアンス重視に向かわせる、④(監査や子会社の取締役会等により)コンプライアンス施策の実施状況を確認・検証する、⑤グループのコンプライアンス委員会に子会社の社長や責任者を出席させて当事者意識を持たせる、⑤親会社と子会社が共同して子会社におけるコンプライアンス研修を実施する、⑥アンケート調査を子会社にも実施して子会社のコンプライアンス定着度を把握し問題があれば連携して改善する等、様々のやり方が考えられる。
何をどう実施するかについては、子会社の実態に合った取り組みが重要であり、一定規模以上でコンプライアンスの取り組みに資源を投入できる問題が少ない子会社に対しては、子会社の自主性を尊重して細部に口を出さないほうが子会社の当事者意識を喚起するが、規模が小さく資源の少ない子会社に対しては、親会社が密接・積極的に支援し、タイトな組織間関係を構築する必要がある。
(つづく)
[1] 会社法で明示されているが、会社法施行前から、雪印食品牛肉偽装事件等では雪印乳業に対する社会的非難が集中し、同社は解体的出直しを迫られ、これが日本ミルクコミュニティ(株)設立のきっかけとなった。
[2] 山倉は、「組織間関係とは、組織と組織のなんらかの形のつながりであり、組織間関係が、なぜ、いかに形成・展開されていくのかの分析を課題とするマクロレベルの組織論を組織間関係論」として捉えるとともに、社会を組織の複合体であると捉える。(山倉健嗣『組織間関係――企業間ネットワークの変革に向けて』(有斐閣、1993年)4頁、22頁)
[3] 山倉・前掲[2] 148頁~151頁をベースに筆者がまとめた。