コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(173)
―コンプライアンス経営のまとめ⑥―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併組織のコンプライアンスの課題についてまとめた。
合併組織のコンプライアンス課題には、①共通の組織文化がまだ形成されておらず、コンフリクト(軋轢)が生じやすい、②意思決定プロセスが明確化・徹底されていないので、組織が混乱状態に陥りやすい、③出身会社主義による評価・処遇が行なわれやすいので、少数派の不満が内部告発やコンプライアンス違反発生のリスク(不正の動機と口実を生む)を増大させやすい、④新会社の業務の進め方に適応できない者による喪失感・ストレス、若手の上司と年配の出身会社の異なる部下との間の軋轢等、職場の雰囲気が悪化し業績に悪影響を与えやすい、⑤経営者が、株主・金融機関等から、短期的な利益圧力を受けており、利益のためにコンプライアンス違反に目をつぶりやすい、⑥互いをよく知らない者同士の人事評価は、結果重視になりやすく、業務プロセスにコンプライアンスチェックが働きにくい、等がある。
それらを踏まえ、合併組織のコンプライアンス施策の方向は、
- A:コンフリクトの発生そのものを抑える
- B:コンフリクトが発生しても、組織内に統制力(公式権限や調整メカニズム)を働かせて、コンフリクトの顕在化を抑制する
の2方向が考えられる。
今回は、上記2方向から想定される施策をまとめる。
【コンプライアンス経営のまとめ⑥:合併組織のコンプライアンス②】
1. コンフリクトの発生を抑制する
マーチ&サイモン[1]を踏まえれば、組織内でメンバー間に共同意思決定の必要感がありながら、「目的の差異」や「知覚の差異」が発生することがコンフリクトの発生原因であるから、「目的の差異」と「知覚の差異」をなくす方法を考察する。
(1)「目的の差異」を少なくする方法
合併組織では、先の見えないことに対する従業員の不安が大きいので、経営者が、新たに設立された組織の、設立目的や経営理念、ビジョン、目的達成に必要な行動(行動規範)を明示し、目的達成のために必要なストーリーや経営資源の配分(戦略)とその実施方法(戦術)を、繰り返し徹底的に従業員に伝えることが重要である。
合併組織では、互いの疑心暗鬼を払拭し、自分が何に向かってどう行動することが組織目的を達成し自分の価値や存在感を高めることになるのかを従業員に明示し確信を持たせることが、モチベーションを引き出すことになる。
具体的には、文書化して配布するとともに、経営者が各拠点を廻って従業員との対話を通して説明するとともに、会議、記念日、行事等、あらゆる機会を捉えて従業員にメッセージを伝えることが必要である。
経営理念を実現するために設定する事業計画は、その実施状況を常にモニタリングして確認し、修正が必要な場合には直ちに修正して対策を実行、それを従業員に周知徹底することが重要になる。
合併会社の経営者は、個々人では経営計画の乖離に対する問題意識を持っていたとしても、他組織出身者や担当分野の違う役員に対する遠慮から、取締役の義務と責任について頭でわかっていても、役員相互に指摘し早急な対策を講じることが通常の組織よりも行われにいので、問題が深刻化しやすい。
(2)「知覚の差異」を少なくする方法
合併組織におけるコンフリクトの発生原因は、人事評価や処遇に関する出身会社主義による差別感であるが、それは、人事評価システムの設計と運用における不公平感である。
合併組織の場合には、出身会社主義の先入観、出身組織の文化の違いや評価対象者に対する情報不足による誤解が生じやすいので、被評価者は不公平感を抱きやすい。
争点は、合併組織の人事システムの設計段階から発生している。
旧社時代の賃金を合併会社に持ち込み、調整給により一定時間後に同一にする方式では、不利な組織出身の従業員に強い不公平感を感じさせ、出身会社主義を意識させるとともに、モチベーションを大幅に低下させる。
筆者は、はじめから同一労働に同一賃金を支払うという公平な割り切りが必要であると、経験を踏まえて主張する。
本来、給与やポストは組織貢献への対価であるべきであり、合併組織での努力やパフォーマンス(組織貢献度)と関係の無い旧組織の給与水準を合併組織に反映することは、互いに協調して業績を拡大しなければならない合併組織において、経営者がいくら理念や組織目的・行動規範を説いても、誰も本気で聞かない。(理念は仕組みに反映されなければ、有効にならない)
むしろ、経営者の話を疑い、モチベーションを下げ、その結果、業績向上を妨げるだけではなく、内部告発を誘発し、不正を犯す心理的口実を与えることになる。
次に、合併組織における人事評価の進め方であるが、評価基準を明確にするとともに、評価者訓練を通して評価に差別が生じないようにするほか、チーム力強化貢献項目等を設けて、合併組織の融和に役立つチーム貢献行動を積極的に評価するべきである。
また、経営管理システムは、通常、資本構成の高い組織の出身者や人数の多い組織の出身者が慣れ親しんだ経営管理システムが採用されやすいが、少数派の組織の出身者には、それが不公平に感じやすい。
その不公平感を減ずるためには、合併の初期には、経営管理システムへの慣れ・不慣れを踏まえた多面的な評価が必要である。
また、合併組織では、新たな組織文化の形成を意図的・迅速に進め、出身組織の組織文化の違いによる知覚の差異を減ずるとともに、コンプライアンスの組織文化への浸透・定着を図る必要がある。
つづく
[1] J.G., March, & H.A., Simon, Organizations, New York, 1958.(J. G. March, & H. A. Simon(土屋守章訳)『オーガニゼーションズ』(ダイヤモンド社、1977年))