弁護士の就職と転職Q&A
Q71「採用面接ではメモをとるべきか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
正式な採用面接では、応募者がひとりで訪問し、人材紹介業者は同席しません。しかし、正式応募前の段階での、いわゆる「カジュアル面談」には、応募を検討している候補者と共に、できれば、私も面談に同席するように心がけています。応募を促すべきかどうか、両者の相性を把握するために最も手っ取り早い方法だからです。面談における所作に関しては、ビジネス書の『メモの魔力』(前田裕二著)がヒットした影響なのか、最近の傾向として、面談でメモをとる応募者が増えてきました。他方、「面接でメモをとること」に対して心理的抵抗を感じて、手を膝の上においたままで、姿勢よく応答することに集中する応募者も根強く存在します。
1 問題の所在
「メモ=相手方の発言を記録する」という固定観念から、採用面接を受けるに際して、メモをとることを意識的に控える消極派がいます。確かに、就活における面接のイメージとして、「ドアをノックしてから面接官が待っている部屋に入室し、ぽつんと置かれたパイプ椅子に座らさせられて、人定質問からスタートする尋問に答える」という流れを想定すれば、「面接に臨む=面接官から一方的に投げかけられる質問に答える」となるため、応募者の側でメモをとるべき場面は生じません。
しかし、転職活動における面接官と応募者の関係は、よりフラットであり、面接は(一方通行の被告人質問の場ではなく)「双方向のコミュニケーションの場」となります。採用プロセスの実務上も、書類選考で「基本スペックを満たしている」という候補者に対しては、面接は「コミュニケーション力はあるか?」「うちで働きたいと真剣に考えてくれているか?」をチェックする場となっています。そこで、応募者にとっての「面接でメモをとってもよいかどうか?」についての判断は、「メモをとることが、面接の印象点を下げることがないか?」という問題への各人の考え方が現れるものとなります。
ここでも、メモをとることへの消極説は根強く存在します。まず、「会話は相手の目を見て行うべきである」という考えからは、面接官が話してくれている時に、手元のノートに目を落として、メモをとるのは失礼に当たるとも考えられます。実際にも、メモをとることに集中し過ぎたら、会話の流れは途切れてしまいます。また、面接官によっては、「メモをとられる=言質を取られる」と位置付けている方もいますので、「メモをとられてしまうと、オフレコで、ぶっちゃけた話をすることができなくなる」という制約を感じられてしまうこともあります。
2 対応指針
面接におけるメモとりには、(1)ノートと筆記具を持参するか、(2)ノートを持参したら、何をメモにとるか、(3)逆質問に利用できるか、という論点があります。
最近の有力説に従えば、ノートを持参して、「メモできる態勢」を整えておくのが好印象だと考えられています(現職のオフィスを手ぶらで抜け出した際には、面接官にリーガルパッドを借りる例もあります)。
ただ、面接テクニック的には、メモとりの目的は「自分の聞きたい事項を覚えておく」というよりも、印象点の向上を狙って、「面接官が熱くなって語ったポイント(職業的な倫理観や哲学を含む)を、しっかりと受け止めて理解したという姿勢を示す」ためのボディーランゲージへと比重が移っています。その他、面接官が部外者に広めたくないと考える情報(クライアントの固有名詞を含む)については(メモしたい事項であっても)敢えて(その場では)メモをとらない、という配慮も大切とされています。
また、ノートを持参することの見せ場は、「逆質問」にあります。「最後になりますが、何か質問はありませんか?」と尋ねられて、ノートを見ながら質問を選んでいると、面接官に「よく準備して面接に臨んでくれている」という「応募の真剣さ」を理解してもらいやすいとも言われます(質問がなくとも、「お伺いしたいことはすべてお聞かせいただけたので、追加の質問はありません」と自信を持って答える振りもできます)。
3 解説
(1) ノートの持参
企業又は法律事務所に人材を紹介して面接をセッティングしたら、採用面接後、面接官からのフィードバックで、「今日の応募者は、私の話をメモしていた。うちで働くことへの真剣味が伝わった」という好印象を聞かせてもらえることがあります。採用担当者は、応募者が「求められる基本スペック」を満たすかについては、主に書類選考で判断しています。そして、面接でのチェックポイントは「上司や同僚、相手方の話をきちんと聞ける人かどうか?」というコミュニケーション能力や、「素直、誠実で伸びしろがあるかどうか?」という人柄面の審査に力点が置かれます。そこで、応募者が手ぶらで面接に来たりすると、面接官は「この人は、仕事でも、上司の指示を真剣に聞くつもりがないのではないか?」という懸念を抱かされてしまうこともあります。
そのため、一般論でいえば、ノートと筆記具を持参して面接に臨むほうが無難です。ただ、転職活動では、現職での昼休み等に、オフィスを抜け出して、応募先を訪ねることも珍しくありません。そうすると、「カバンを持って出かけると大げさになって不自然」ということもあります。そのような場合には、面接の冒頭に「コンビニに寄る振りをして手ぶらで出てきました」「何か書く物をお借りできないでしょうか?」と自ら切り出す人もいます。冒頭にそのようなやりとりを自然にできると、雰囲気が和んで、面接の緊張を緩和する展開も期待できます。
(2) メモをとるポイント
上記(1)のとおり、最近の流行りでは、面接にはノートを持参して、机にノートを開いて置いておくのが無難です。ただ、「面接の途中にメモをとる時間があるか?」は別問題で、「何をメモするか?」において、各自のセンスが現れることになります。
まず、前記の消極説が懸念するとおり、「すべての会話を一字一句メモしていたら、会話の流れが遅くなる」という問題があります。そのため、メモは、「これはメモにとっておいたほうがいい」というポイントで、単語ベースで簡潔に行うだけになります。また、大教室における講義の受講生とは異なって、会議卓を挟んだ近い距離に居る面接官には、応募者が自分のどの発言のタイミングでメモをとったかを気付かれますし、かつ、応募者の手元に視線を向ければ、メモの内容を覗き見することもできます。そのため、必然的に、「メモをとった事項=応募者が関心を抱いている事項」という推測が働きます。だからこそ、面接官が自らの職業観や哲学について言及した時に、応募者がキーワードをメモして、それを丸で囲んだり、下線を引いたりしてくれると、面接官もそれに乗せられて、トークにもさらに熱がこもっていきます。逆に、業務内容については何もメモをとっていなかった応募者が、アソシエイトの勤務時間の話題が変わったところで、「午前2時までアソシエイトが残っていたこともある」というコメントに対して、「26時まで残業」というようなメモをとっていたら、「あぁ、この人は残業に相当な抵抗があるのだろうな」と推認されてしまうことは避けられません。
また、事務所で扱ってきた事件について、できるだけ臨場感を持って理解してもらうために、面接官が「弁護士同士ならば、秘密保持も期待できるだろう」と期待してクライアントや関係者の企業名を添えて語り始めたときに、その企業名(固有名詞)をメモされたりすると、「これ以上具体的な話をするのは控えたほうがいいかも」と、トークの勢いに水を差されてしまうこともあります。そういう場合には、応募者側の対応としては、オフレコ部分は敢えてメモをとらずに、一旦はノートを閉じておくことが礼儀に適ったものとなることもあります。
(3) 逆質問でのノート活用法
面接のお作法として、最後に「では、あなたのほうから何かうちの会社/事務所について聞きたいことはないですか?」と尋ねられることがよくあります。緊張した頭で数秒間考えてみても、特に気の利いた質問が浮かんで来ずに、「いえ、特にありません」と回答してしまう応募者も数多くいます。だからこそ、緊張しやすい人ほど、事前に「逆質問」を準備しておいて、ノートにメモしておくことを私はお勧めしています。
実務的な観点からも、「仕事の成果」は「準備」で決まってしまうことが大半です。逆質問を用意せずに面接に臨むのは、尋問事項書を作成せずに、証人尋問に臨むようなものです。「準備をしてきました」という姿勢を示すことは、弁護士としての適性を審査する上でプラス評価されることに間違いありません。
ただ、問題は、「準備したとおりに進めなければならない」という杓子定規な対応が求められているわけではないことにあります。ノートに準備した質問について、既に、対話の中で回答されているにも関わらず、逆質問の時間が到来したからといって同じ内容の質問を繰り返してしまったら、「あれ? この人はさっき言ったことをもう忘れてしまったのか?」と面接官を不安にさせてしまいます。特に、面接官が後ろに予定を控えて焦っているときにこのような展開になるのは最悪です。ノートに質問を準備してきたからと言って、必ずしもそれを発言しなければならないわけではありません。その場の流れに応じて、ノートの頁をめくりながら「質問は準備してきたのですが、すでに十分に勉強になるお話を聞かせていただきましたので、追加の質問はありません」と自信を持って回答することが面接官の印象をアップさせることもあります。「周到な準備」を前提としつつも、「臨機応変な対応力」が問われていると言えます。
以上