◇SH3277◇弁護士の就職と転職Q&A Q127「就活は学業成績と若さが大事で、社会人経験は評価されないのか?」 西田 章(2020/08/24)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q127「就活は学業成績と若さが大事で、社会人経験は評価されないのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新型コロナウイルス感染症対策のために延期されていた司法試験が実施されました。試験を終えた受験生は、これから法律事務所への就職活動を始めることになりますが、ウイルスが収束していないため、買い手市場の様相を呈しています。特に、年次が高い社会人経験者は就活での苦戦を強いられることが予想されます。

 

1 問題の所在

 弁護士の就職市場では、「若さ」と「学業成績」が重視される傾向が強まっています。これに対して「学業成績が優れているからといって、弁護士として優れているとは限らない。」という不満の声も耳にします。私もこの意見に賛成です。ただ、弁護士の人材市場を「パートナークラス」と「アソシエイトクラス」に大別した場合に、「学業成績に優れた若手が、アソシエイトとしての高い適性を有している」という画一的な見方をされることにも理由があると感じています。

 法律事務所の多くは、実態としては、ボス弁の個人事務所です。その業務範囲は、「ボス弁の器」によって制限を受けてしまいます。そのため、「個性がある候補者」をアソシエイトとして受け入れる余地が乏しくなっています。たとえば、「理系出身ならば、特許の明細書を理解するのに有利」とか「帰国子女ならば、英語案件にも即戦力になる」とか「会社員経験があれば、前職の人脈を営業に活かせる」という特性は、その通りだと思います。ただ、「文系出身で知財未経験のボス弁」の事務所において、理系出身の新人弁護士を採用したからといって、突然に知財案件を扱えるようになるわけではありません。「英語が苦手なボス弁」の事務所において、帰国子女の新人弁護士が入ったところで、クロスボーダー案件の依頼が来るわけではありません。仮に相談が来たとしても、ボス弁自身に、新人の仕事の成果をチェックする能力がなければ、受任することはできません。結局のところ、「パートナークラスを増やさなければ、業務範囲は広がらない」のです。また、前職での人脈が豊富な新人が入れば、事務所の顧客開拓に役立つかもしれません。ただ、その弁護士がいつまで事務所にいるかもわかりません。弁護士としての能力が低ければ、仕事を任せたらクラアントに迷惑をかけてしまいます。逆に能力が高くても、今度は、早期に独立又は転職されてしまうリスク(顧客を奪われるリスク)を心配させられることになります。このように考えてみると、「就活生の個性」は、それを育てて活用できるだけの素養がボス弁の側になければ、有害無益なものに過ぎません。それでは、社会人経験者のように「個性がある就活生」はどうすればよいのでしょうか。

 

2 対応指針

 「社会人経験という個性ある就活生」は、アソシエイト採用市場で「若くて優秀な就活生」に遅れをとることは覚悟しなければなりません。そして、「できる限り早くパートナークラスとして認められるための環境」を求めるべきです。

 ただ、(狙うべき市場がないままに)「即独する」という選択肢はお勧めしません。独立に失敗してしまうと、次に「アソシエイト」又は「会社員」として再出発することが難しくなってしまうからです。労働条件や執務環境に満足できない先(給料が安い事務所、パワハラ系のボス弁の事務所)や前職の会社への復帰であっても、「独立までの準備期間」と割り切って就職して、何らかのスキル、経営ノウハウ又は人脈を得る努力をしてから独立(又は同期世代の弁護士等との共同での事務所設立)することが望ましいと考えます。

 

3 解説

(1) 即独のリスク

 社会人経験の弁護士には、司法修習を終えてすぐに独立して事務所を構えることで成功している人もいます。もちろん、起業にはタイミングも重要ですので、狙うべき市場が定まっているならば、他事務所のアソシエイトとして時間を浪費するよりも、直ちに看板を掲げて営業を始めることも挑戦する価値があります。ただ、「満足できる就職先が見つからなかったから」という消去法的選択で即独することはお勧めできません。なぜならば、「一旦、独立してしまうと、他の事務所のアソシエイトとして採用されにくくなってしまう」からです。

 法律事務所のパートナーは、アソシエイトに対して、「自分の仕事を、自分の目の届く範囲で適切かつスピーディーに下請けしてくれること」を望みます。それだけに「素直でコントローラブルなこと」が重要な要素となります。「自分で仕事を回していました」というのは、その下請け先弁護士との間に信頼関係が構築できた後ならば、「便利な丸投げ先」として機能しますが、その信頼関係がなければ、「自分のクライアントに対して、自分の知らないうちに何をされるかわからない」という不安要素でもあります。

 就職した後でも、独立できるタイミングは何度でも到来します。どんな就職先にも学ぶべき点はあります(反面教師も含めて)。また、「弁護士の最大のクライアントは先輩弁護士である」という格言もあるとおり、先輩弁護士と同じ職場で働けることは貴重な顧客開拓の機会でもあるため、安易に「即独」という選択に飛び付くべきではないと考えます。

(2) 労働条件又は執務環境に問題がある事務所

 社会人経験者は、就活において、「アソシエイトとして居心地のよさそうな事務所」を狙うのは諦めることも必要です。そういう事務所は、若くて優秀な同期からも人気が高く、年配者には潜り込む隙がありません。むしろ、給与が安いとか、ボス弁がパラハラ系であるとか、同期からは人気がない中から、「独立するためのノウハウや人脈が得られそうな事務所」を探すほうが効率がよいとすら思います。

 アソシエイト時代の給料は高いほうが望ましいことはわかりますが、いつまでもアソシエイトでいられるわけではありません。弁護士として経済的に成功できるかどうかは、パートナーになってからの稼ぎに依存します。最低限の生活費を確保できるならば、アソシエイト時代の労働は先行投資であると割り切って、むしろ、給与が安い先にも積極的に応募してみる挑戦が求められると思います。

 また、パワハラ系のボス弁で下で働くのは、長く勤めていたら、心身の健康を害するリスクが高くなります。ただ、アソシエイトに対してはパラハラ的でも、クライアントからの信頼を集めている弁護士はいます(クライアントのニーズに応えようとするが故に、アソシエイトに無理難題を要求することもあります)。自分の心の中で、期限を区切って、1年でも、3ヵ月でも、場合によっては、1ヵ月未満でも勤務することができれば、クライアント対応でも、事務所経営でも、何かしらのノウハウを盗み出すことができるはずです。

 この点、「転職回数が多くなることは市場価値を下げるのではないか?」と不安を感じる方もいます。確かに「アソシエイトの転職市場」では、転職回数が少ないほうが好まれる傾向はありますが、目指すべきは「パートナーとして顧客から信頼されること」であり、ここでは「転職回数」は参照されるべき指標ではありません。

(3) 前職への一時復帰

 会社員から弁護士への転身は、精神的にも経済的にも多大なコストを支払ってようやく実現できるものです。それが故に、司法修習後の進路として、企業を考えることについては、「せっかく苦労して弁護士になったのに、なぜ、再び会社員に戻らなければならないのか?」という否定的なリアクションが予想されます。しかし、「弁護士への転身」が実現する時期は、「弁護士登録時」ではなく、「パートナー弁護士として経済的に自立できる時期」と捉えるべきです。つまり、「アソシエイト年次は、まだ投資期間が延長されている」と考えなければなりません。

 独立又はパートナーとして他の弁護士と共同して事務所を設立するために最も重要な要素は、「ひとつでも主要クライアントがいること」です。クライアント開拓は、純粋な営業活動(セミナー等)よりも、案件に携わっていくうちに、事件関係者を通じて広がっていくことが理想です。よい仕事をしていれば、次の仕事のタネも見つかります。ゼロからは広がりがないので、「最初のクライアントがいること」はきわめて重要です。

 会社員として勤める未来を捨てた前職であっても、クライアント先としては有望かもしれません。ならば、一旦は、社内弁護士として前職に戻り、弁護士資格を持った上で社内人脈を再構築することができれば、数年後には、「独立したら、顧問契約を出したい」と思ってもらえるようになるかもしれません。実際、修習を出て、2〜3年もすれば、他の事務所に就職した同期世代が、徐々に独立を計画し始めるようになります。自らもクライアントをひとつ持っていくことができれば、経費負担者たるパートナーとして事務所設立に参画することも現実的な選択肢になるでしょう。

以上

タイトルとURLをコピーしました