弁護士の就職と転職Q&A
Q67「『アソシエイトが辞める事務所』への応募は避けるべきか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
事務所の移籍を考えるアソシエイトは、幅広い選択肢を得たいと考えて、1社だけでなく、複数の転職エージェントに情報提供を求めることがあります。それが「転職エージェント間の候補者の奪い合い」をもたらして、他のエージェントから紹介された事務所についてのネガティブ情報を吹き込むことに熱心な転職エージェントを出現させています。そのネガティブ・キャンペーンで頻繁に使われるのが「そこはアソシエイトが辞める事務所だよ」というフレーズです。一見、親切な情報提供にも思われますが、どこまで致命的な問題として受け止めるべきでしょうか。
1 問題の所在
法律事務所は、「●●弁護士が入所しました」という人事情報については、HPに掲載し、挨拶状を送付して公表しますが、「●●弁護士が退所しました」という発表は見かけません。アソシエイトの退所が通知されるのは、具体的に案件を担当していたクライアント先に限定されます。
そこで、「他のエージェントからこの事務所を紹介されたので応募しようと思う」という候補者からの相談に対して、転職エージェントは「その事務所は最近、アソシエイトが辞めた」というニュースを、事務所が隠している裏情報であるかのように耳打ちすることで、その応募意欲を失わせようと試みます(その事務所との間に自身も接点を持つエージェントであれば、「この話を破断させたら、この事務所には自分が別の候補者を紹介するチャンスが生まれる」という心理も働きます)。
確かに、「アソシエイトが辞めた」という事実からは、事務所のネガティブなイメージが膨らみます。ジュニア・アソシエイトの退職ならば、「ボス弁のパワハラに耐えられないのではないか?」と想像させられますし、シニア・アソシエイトの退職ならば、「ボス弁がケチでお金に意地汚いか、又は、ダーティーな仕事に手を染めているから、一緒にパートナーシップを組みたくないのではないか?」という疑念が頭をよぎります。
しかし、だからといって、「アソシエイトが辞める事務所には行かない」と決め付けるのは早計です。法律事務所は、伝統的に新卒採用を中心に据えているため、中途採用のニーズは「辞めたアソシエイトの穴埋め」にこそ生まれます。そのため、「アソシエイトが辞める事務所」を一律に排除してしまうと、移籍先の選択肢を過度に狭めてしまうことにつながります。
2 対応指針
パートナーのパワハラ的指導又はダーティーな仕事振りから逃れるために、アソシエイトが次々に退職していく事務所も現実に存在します。ただ、共同事務所において、その問題がひとりのパートナーの人間性に起因する場合には、「問題パートナーを放逐することで問題が解消された」というケースもあります。
また、一流と呼ばれる事務所ほど、アソシエイトの退職は、本人の能力・適性不足に起因する場合も少なからず存在します。アソシエイト目線では「人事評価が低い者を退職させる事務所は酷い」と思うかもしれません。しかし、自らも、いずれはパートナーに昇進するシナリオを思い描くのであれば、経営者視点を持つことも必要です。経営者視点からすれば、「リーガルサービスの質を落とすようなアソシエイトをいつまでも抱えておくわけにはいかない」という判断は理解できます(教育による改善がもはや見込めないのならば)。
それ以外に、優秀なアソシエイトが、自らの意思で次のキャリア(他事務所やインハウス)に進むために退職する事例もあります。それを「ジョブ・ホッピングの踏み台に使われるような事務所」というネガティブなイメージとして受け止めることもあるかもしれませんが、「ここでの修行が、次の職場からのオファーにつながった」と解釈できれば、アソシエイトとしてこの事務所で働ける経験の有用性はむしろ肯定的に評価できます。
3 解説
(1) 問題パートナーの放逐
企業法務系事務所の中には、毎年、複数のアソシエイトを雇っていながらも、それに劣らないペースで退職者が出るために、まったく規模が拡大していない先があります。ひとりボス弁の事務所であれば、そのボス弁を尊敬できない事情(パワハラ的であるとか、極度にケチであるとか、危ない筋の仕事を受けている等)があるならば、アソシエイトは、それを受け入れない限り、遅かれ早かれ、いずれは事務所を退職しなければならなくなる時期を迎えるでしょう。
ただ、パートナーが複数いる共同事務所においては、退職者から「他のパートナーは素晴らしいので、できれば事務所に残りたかったが、ある特定のパートナーとだけはどうしても一緒にパートナーシップを組みたくなかったので、辞めざるを得なかった」という心境を聞かされることもあります。外部者からすれば、「特定のパートナーの問題が明らかであるならば、なぜそのパートナーを辞めさせないのか?」という素朴な疑問が湧きますが、パートナーの放逐は簡単に実現できるわけではありません(パートナー同士で業務を監視し合っているわけでもありませんので、アソシエイトからの申告だけでパートナーを犯人扱いするわけにもいきません。問題行動はあっても、売上げを立てて経費を納めてくれている限り、形式的な義務は果たしているとも言えます)。
しかし、他に心あるパートナーが「事務所を良くしていきたい」と強く願い、問題パートナーの行動を制限していき、居心地の悪くなった問題パートナーが自ら出ていくことで、問題の改善が期待できることもあります。
(2) プロフェッショナル・ファームの経営者視点
法律事務所には、「使えないアソシエイトが自ら辞めてくれるのは歓迎」とドライに考えているパートナーもいれば、「ご縁があって入ってくれたアソシエイトには成長してもらいたい」と考える、浪花節的なパートナーもいます。そんな浪花節的発想から教育を試みても、ミスマッチが明らかになった場合には、心を痛めながらも、当事務所以外のキャリアを促す「引導」を渡すことになります。
アソシエイト目線では、「評価が低ければ、クビになる」という対応に「解雇要件を満たさないのではないか」という反発を抱きがちです。しかし、移籍候補先事務所の分析は、アソシエイト目線だけで行うべきではありません。いつまでもアソシエイトのままで居続けられるわけではないので、「この事務所のパートナーになったときに、自分が誇りに思えるような事務所であるかどうか?」という視点からの分析こそが重要です(実際、アソシエイトでいる期間は10年程度にすぎず、パートナーとして働く期間のほうが長く、キャリアの最盛期と位置付けられることが通例です)。
「パートナー視点」で事務所経営を考えた場合には、「当事務所のクライアントが求める水準のスピード、クオリティでは仕事をすることができない弁護士にいつまでも事務所に居続けてもらうべきか?」は深刻な論点となります。サービスのスピードや質を下げることを甘受する、という選択もあるのかもしれませんが、「クライアント・ファースト」を事務所の経営理念に掲げることに賛同するならば、その水準に満たない(満たそうという意欲のない)アソシエイトに別の道を進んでもらうことを促すことは、プロフェッショナル・ファームの経営判断としては当然だとも考えられます。
(3) 勤務経験がもたらす成長
人材紹介業をしていると、「新卒で働き始めた職場で定年までを迎えることが美しい」という価値観を盲信することはできなくなります。マンネリ化し始めていた職場環境を自ら逃げ出すことによってこそ、刺激が増えて、成長が促される事例に数多く遭遇するからです。
結果的に転職することになったからといって、その職場で得た「学び」の価値が遡って否定されるわけではありません。例えば、一般民事系の事務所にいたアソシエイトが、「企業法務をやりたい」と願って、中小の企業法務事務所に移籍して、そこで企業法務の厳しさと楽しさをゼロから学んだ後に、その経験を評価されて、大手法律事務所から勧誘されることもあります。これを「ジョブ・ホッピング」と呼んでしまうと、踏み台にされた事務所にネガティブなイメージが付着するかもしれません。しかし、一般民事系の業務経験だけでは、大手事務所のオファーを得ることができなかったでしょうから、その中小事務所は、大手事務所からもオファーを貰えるほどにアソシエイトの市場価値を引き上げることに成功した、という見方をすることもできます。もちろん、「事務所の発展」という意味では、優秀なアソシエイトには「自らこの事務所でパートナーになって事務所を盛り立てていきたい」と思ってもらえることが重要です。ただ、パートナーの側も、自信満々でアソシエイト教育を行っている訳ではなく、試行錯誤を重ねながら発展途上にあります。未来志向のパートナーであれば、アソシエイトの退職事例を自らの反省材料として、同じ過ちを繰り返さないようにするため、「今度、入ってくれるアソシエイトに対しては、そのキャリア形成を事務所も考えていることを本人に理解してもらえるようにコミュニケーションに配慮しよう」と考えてくれる先もあります。
以上