企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
1. 企業規範の4つの層 各層の内容と制定責任者
(4) 第4層(ガイドライン、マニュアル、作業指図等)
第4層のルールは、第3層の基準・規格等の標準に準拠しつつ、現場で具体的な作業を行うための手順・方法として示されるもので、現場の課長・係長・班長等が実際の作業に従事する者の意見を踏まえて策定することが多い。
重要な事項は、部長・工場長等の決裁を得て制定する。
- 例 製造ラインの仕掛品の保有量の基準(例えば「×日分」)を、資金負担の影響が大きいとして、社長決裁事項とするケースがある。
作業指図・業務マニュアル等が含まれ、第一線の作業者が正しく理解できる用語・表現が用いられる。また、作業ミスが生じないように、図・写真・サンプル(見本)・記号・声・指さし合図・光(信号・合図等)等が併用される。
- 例 顧客への商品説明要領、顧客と契約時の事前説明事項(セリフ)、固定資産管理台帳(配置図を含む)、リース資産管理台帳、資産の購入・廃棄の決裁願い及びその実施要領(法規制がある場合はそれに従う)、機械・検査装置等の操作方法・メンテナンス要領
交代制勤務を行っている工場・店舗等では、機械・商品等の不具合を認識した班が、次の班に対して、発生した事実及び応急措置に関する情報を、口頭又は引継ぎ書等で正確に伝達し、工場・店舗等の稼働が全体として適切に維持されるように導く。
2. 企業規範は社会規範に適合させる
以上、第1層~第4層について、それぞれの内容を考察したが、各層の内容は、社会の要請に適合するものでなければならない。
注意すべきは、違法と合法の境界が、技術・社会の動向を反映して常に動いていることである。企業の「予見可能性」および「結果回避可能性」の境界もこれに伴って動くので、企業では常に最新の基準(技術の基準等、法令、自社及び他者の事故、社会の評判、判決等)を把握して企業規範を点検し、必要に応じて改正する。
社会規範への不適合は企業経営において最大のリスクであり、社会の変化に対応できない企業は、いずれ社会から排除される。企業規範(規程・規格等)の制定に関わる者たちには、各自が担当する規範について社会と不適合な部分を察知し、それを適時・適切に変更する責任がある。特に、「外部の眼」を持つことが期待される社外役員には、不適合状態を社内役職員以上に高感度で察知することが求められる。
(1) 基準が変化した例
社会の基準が変化した例を、次に示す。
「売り手の責任」が強化される方向にあることが伺える。
- 例1 消費者の立場が強くなり、事業者の義務が強調されるようになった。
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2004年に、それまでの消費者保護基本法が改正・改題されて消費者基本法となり、専ら保護の対象とされてきた消費者の位置付けが、権利の主体者に変わった。同法により、消費者と事業者の間の情報の質・量ならびに交渉力等の格差に鑑みて、消費者利益の擁護・増進が図られる(1条)。事業者には、安全・公正取引の確保、情報の明確・平易な提供、消費者の知識・経験・財産状況への配慮、苦情の処理体制整備と適切処理、消費者政策への協力、を義務づけるとともに、環境保全に配慮し、商品・役務の品質を向上させ、事業活動に関して自ら遵守すべき基準を作成する等して、消費者の信頼を確保することを努力義務とした(5条)。
- 例2 「買い手」の保護が厚くなり、商品の説明方法・販売方法が変わった。
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2004年(平成16年)に消費者基本法が改正されて「適合性原則」が規定され、同年の特定商取引法改正において同原則に反する行為が禁止された。
また、2006年に金融商品取引法が改正[1]され、事業者は、金融商品の取引において顧客の知識、経験、財産の状況及び契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けてはならない旨(適合性の原則)[2]が規定された。これは2005年の最高裁判決[3]に沿う改正である。
この頃、同旨の規定が他の多くの法律に設けられ[4]、企業は、説明義務・書面交付義務を果たした上で勧誘(売り込み)しなければならないことが明らかになった[5]。
現在、企業の営業の実務では、説明方法や販売時の書面交付義務が周知されている。
- 例3 食品の表示方法が変わり、消費者・事業者に分かりやすくなった。
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2013年に食品表示法が制定され、それまで3つの法律に分かれていた食品表示に関する規定が統合された。これに伴って具体的な表示のルール(食品表示基準[6])が制定され、広範囲の原材料についてアレルギー表示を義務付ける等の変更が行われた。全ての食品関連事業者が食品表示基準に従って表示する義務を負い、表示事項又は遵守事項に違反した場合、摂取時の安全性に関する重要な表示基準に違反した場合、立入検査を拒んだ場合は、個人・法人に刑事罰が科される[7]。
(注) 食品表示関係3法とその所管
統合前(3法):食品衛生法(厚生労働省)、JAS法(農林水産省)、健康増進法(消費者庁)
統合後:食品表示法(消費者庁)
ただし、食品表示基準の策定・変更は、厚生労働大臣・農林水産大臣・財務大臣に協議し、消費者委員会の意見を聴取して行う。(食品表示法4条)
- 例4 製造物の安全配慮の要請が強くなった。
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1994年に製造物責任法が制定されて、製造業者等が欠陥製品による生命・身体・財産の被害の損害賠償責任を負う(3条)ことになった。この後、製品の設計・製造・警告に係る欠陥の発生防止に取り組む企業が増え、同業種の事業者らが、製品の安全確保のための表示方法を検討して、製品本体・ケース・取扱説明書等への警告表示が充実した。
当時、多くの警告表示マーク(ピクトグラム[8])が制定されている[9]。
- 例5 建築の技術基準が厳しくなった。
- 大きな地震被害が発生すると建築基準が強化され、建物の耐震性が強化された。
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1950年 建築基準法制定(耐震性基準が設定された)
1964年 新潟地震(最大震度5)、1968年 十勝沖地震(最大震度6) -
1970年 建築基準法施行令(以下、施行令)改正、71年施行(柱帯筋のピッチを細かくする等)
1978年 宮城県沖地震 (最大震度5) -
1980年 施行令改正、81年施行(新耐震基準:木造住宅の耐力壁の評価を見直し等)
1995年 兵庫県南部地震(最大震度7)=阪神・淡路大震災 -
1995年 耐震改修促進法制定 旧耐震基準の特殊建物の所有者に、新耐震基準と同等に補強する努力義務
この法律により「既存不適格建築物」の耐震診断と耐震改修を促進 -
1998年 建築基準法改正(98~99年一部施行)
建築基準の性能規定化、確認・検査の民間開放、中間検査を新設 -
2000年 98年改正建築基準法全部施行・施行令改正
2000年基準:木造住宅の基礎構造、柱の接合金具、耐力壁の配置等
2004年 新潟県中越地震(最大震度6強)、2005年 福岡県西方沖地震(最大震度6弱) -
2006年 耐震改修促進法改正(2015年に耐震化率90%を目指す)
2011年 東北地方太平洋沖地震(最大震度7)=東日本大震災
2016年 熊本地震(最大震度7が2回、5弱~6強が多数回)
2017年 北海道胆振東部地震(最大震度7) - (参考)2005年に発覚した1級建築士による構造計算書の耐震偽装問題を受けて2006年(平成18年)に建築基準法が改正され、建築確認申請が厳しくなった。これに伴って建設業法[10]、建築士法、宅地建物取引業法[11]も改正され、罰則の強化等が行われた。
[1] 2006年6月に証券取引法が改正され、同時に、金融商品取引法に改題された。
[2] 金融商品取引法40条1号
[3] 最一小判(2005年(平成17年)7月14日 平成15(受)1284損害賠償請求事件)は、証券取引について「証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である」とした。「不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断」するにあたっては、「具体的な商品特性」と「顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素」を総合的に考慮する。
[4] 金融商品販売法3条2項、消費者基本法5条1項3号、特定商取引法7条1項4号、貸金業法16条3項、信託業法24条2項、割賦販売法35条の3の20
[5] 金融商品取引法では、目論書交付義務(15条2項)、契約締結前の書面交付義務(37条の3第1項)、記載事項説明義務が規定された。(金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項1号イ~ニ)
[6] 「食品表示基準」平成27年(2015年)内閣府令第10号
[7] 食品表示法17条~23条
[8] Pictogram(絵文字、絵言葉、図記号)
[9] 1970年にISO図記号専門委員会(ISO/TC145)が発足し、日本は1979年に正式加盟した。ISO3864(図記号-安全色及び安全標識)、ISO3864‐2(安全色及び安全標識‐製品安全ラベル通則)、JISS0101(消費者用警告図記号)、JISZ9101(安全色及び安全標識-産業環境及び案内用安全標識のデザイン通則)等
[10] 建設工事の請負契約で、瑕疵担保責任を果たすために保険契約を掛けた場合は、その内容を施主に書面で示さなければならない。
[11] 土地・建物の売買契約で、瑕疵担保責任を果たすために保険を掛けるか否か、掛ける場合はその内容を重要事項説明書に記載する。(宅地建物取引業法35条1項13号)