法人の実質的支配者把握で法務省研究会、商業登記所における
把握促進策の検討を取りまとめ
――「実質的支配者リスト」作成・保管・認証の新制度が2021年度中導入へ――
法務省の「商業登記所における法人の実質的支配者情報の把握促進に関する研究会」(座長・岩原紳作早稲田大学大学院法務研究科教授)は7月16日、「商業登記所における法人の実質的支配者情報の把握促進に関する研究会~有識者による議論の取りまとめ~」を法務省ウェブサイト上で公表した。
公的機関における法人の実質的支配者情報の把握について「法人の透明性を向上させ、資金洗浄等の目的による法人の悪用を防止する」観点から、FATF(金融活動作業部会)の勧告や金融機関からの要望など国内外の要請が高まっているとし、「法人設立後の継続的な実質的支配者の把握」をさらなる課題として商業登記所における把握促進策の研究がなされたもので、座長を始めとする3名の大学教授、全国銀行協会コンプライアンス部長、弁護士、司法書士の計6名の有識者が研究会を構成した。公表されている議事概要によると、第1回研究会が4月24日、第2回研究会が5月29日、両日程ともウェブ会議の形式により開催され、第1回研究会には法務省として民事局長、商事課長、官房参事官、登記所適正配置対策室長らが出席。第2回研究会においては、法務省から民事局長以外の同一メンバーが出席したほか、財務省国際局国際機構課兼調査課資金移転対策室外国為替管理官、金融庁総合政策局マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室長、日本公証人連合会常務理事がオブザーバー参加した。
研究課題は第1回研究会の開催時から「法人設立後の継続的な実質的支配者の把握」に絞り込まれており、国際的にはEU加盟国等で公的機関における設立後の法人の実質的支配者の登録という取組みが行われているとされるところ、(ア)わが国では設立後の法人の基礎的な情報が商業登記所に登記され、登記官は商業・法人登記の分野において高度な専門性を有しており、法人の実質的支配者情報の把握促進のために効果的な役割を果たしうるという認識のもと、(イ)法務省民事局においては「商業登記所における法人の実質的支配者情報の把握促進について、研究を行い、今後の新たな取組につなげていきたいと考えている」との方針により、①商業登記所において実質的支配者情報に関する証明書を発行する制度の必要性および証明制度の対象となる範囲、②申告された法人の実質的支配者情報の正確性確保の方法、③想定される証明書の通数、集積したデータの管理・活用等長期的な課題――の3点が具体的な議題とされた。上記①に絡み、法務省からは仮称としつつ「法人の実質的支配者証明制度」案の説明がなされ、「実質的支配者情報証明書」(仮称)の交付の流れなどについても法務省側の想定を紹介している。
第2回研究会においてもおおむね引き続き、①商業登記所において実質的支配者情報に関する証明書を発行する制度の必要性および証明制度の対象となる範囲、②申告された法人の実質的支配者情報の正確性確保の方法および「証明書の書式」、③「顧客の理解促進」、想定される証明書の通数、集積したデータの管理・活用等長期的な課題――の3点が議題であった(編注・第2回研究会の議題中、カギ括弧内の議題が新たに付加されたもの)。法務省からは研究会委員の指摘を踏まえたかたちで追加調査された海外法制についての紹介があるとともに、実質的支配者情報証明書に関しても「商業・法人登記分野での専門性を有する登記官が、株主名簿等の書面を適正、迅速に審査して発行するものであり、発行された証明書は、各法人が任意に利用するとともに、金融機関等が継続的顧客管理の中でリスク等の個々の事情に応じて利用することが想定される」ものであることを補足するなどした。
なお委員からは、第1回研究会・第2回研究会を通じ「(制度対象となる法人について)株式会社以外にも拡大する必要があるのではないか」「(株式会社の場合の株主名簿によるチェックと比べると実質的審査の要素が若干多いと思われるが)合同会社等においても一定の形式的な書面による審査は可能であると思う」「(趣旨は分かるが、一方で)合同会社は最近かなり数も増えているし、このままでいいのかという問題はやはりあるのではないか」との指摘があった。しかしながら、法務省としては「広く考えることについては将来的な課題と認識しており、法務局のマンパワー等の問題もある」「最初は株式会社、特例有限会社に限って行い、様子を見てというような方向で考えていきたい」などとし、今般の制度が「株式会社と特例有限会社を対象にして審査を登記所において行うということを考えている」ことから、今回は(a)形式的審査によらざるを得ないこと、(b)資本多数決法人を対象とし、株式会社、特例有限会社に限定していることの説明があり、対象会社の拡大は「(今回の制度の)実績等を踏まえて、是非検討していくテーマ」と位置付けられた。
公表された「議論の取りまとめ」によると、まず(1)法人の申出により、商業登記所が、当該法人が作成した実質的支配者リスト(BOリスト。実質的支配者について、その要件である議決権の保有に関する情報を記載した書面)について、所定の添付書面等により内容を確認して写しを作成し、写しであることの認証を付す制度の創設について、「法人の実質的支配者の確認の信頼性を高めるものであり、本制度を導入することの意義は大きい」と、本制度創設の必要性を積極的にとらえている。(2)本制度の対象となる取引の類型については、「犯罪収益移転防止法第4条第2項のハイリスク取引、通常の特定取引のいずれの類型の取引についても利用することが可能である」とした。
実務的に(3)BOリストの保管、その写しの交付の流れをみると、①法人がBOリストと添付書面を登記官に提出し、BOリストの保管とその写しの交付を申し出る、②登記官がBOリストについて添付書面および登記情報をもとに統一基準に基づいて確認する、③登記官がBOリストを保管し、その旨を登記簿に付記する、④登記官が申出法人にBOリストの写しを交付する――の4段階。交付請求は現在のところ、当該申出法人のみに限られる。
申出の情報に係る正確性の確認のため、(4)添付書面として、株主名簿の写し、確定申告書(法人税)別表二の明細書の写し、公証人の発行する「申告受理及び認証証明書」等の提出を求める「考え方を採用すべきである」とする。虚偽の資料を用いるなどの申出については「制裁が科され得る」ものとした。(5)BOリストの実際の記載事項については「議論の取りまとめ【別添】法人の実質的支配者リストサンプル」としてPDFファイルが公開されており、こちらを参考とされたい。
BOリストの写しの提出がどのような場合に求められるかについては、金融機関を始めとする特定事業者(犯罪収益移転防止法2条2項に規定する特定事業者)と本制度の対象となる株式会社・特例有限会社が取引を行う際の利用が想定されることになるが、特定事業者の運用に委ねられるとされており、①顧客との取引開始時や、②継続的顧客管理を行うなかで、「公的機関による客観的かつ統一的な判断が必要となる場合等に求められることになると考えられる」とされている。
新制度の導入時期については、2021年度中を目途に「速やかに制度導入を実施することが相当である」と明記された。第1回研究会の議事概要によれば、法律改正によらず、商業登記規則の改正による制度化が見込まれることになる。