◇SH2462◇Brexit―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―(5) 大間知麗子/土屋大輔(2019/04/08)

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Brexit
―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―

第5回

伊藤見富法律事務所
弁護士 大間知 麗 子

ブランズウィック・グループ
土 屋 大 輔

 

3. コンティンジェンシー・プラニングと考慮すべき事項

(2) 従業員などの滞在・就労許可

 上記でも述べたとおり、移民の増加及びそのことに対する警戒感は、Brexitへの流れを生み出した主たる要因といえる。これまで、イギリスはシェンゲン協定には加盟していないものの、EU域内での人の移動の自由の原則を尊重していたため、EU加盟国の国籍者及びその家族は、事実上簡易な手続きでイギリスに入国でき、特段の許可などを得ることなく、居住して就労できることとされていた。

 しかし、イギリスがEUを離脱すれば、EUの原則に拠らずに、イギリス独自の出入国・滞在管理政策に拠ることになる。イギリスの新政策の詳細は未確定であるが、今後は、Brexitに至る経緯から考えて、既にイギリスに居住していて一定の条件を満たす場合を除き、滞在・労働許可の取得が必要とされることになろう。EU加盟国に居住しているイギリス人の滞在や就労についても、同様のことがいえる。

 そして、実際には、イギリスにある多くの企業の事業が、EU域内の国籍者の就労に少なからず支えられている状況にあることを考えれば、滞在や就労に関する規制が厳しくなれば、多くの企業が、居住・就労資格を有しかつ優秀な限られた人材を取り合うことになり、これまでよりも人材を確保することが困難になると予想される。

 このため、企業にとっては、事業の運営が大きな影響を受けることがないように、人材を確保するためのサポート体制を強化したり、さらには人材の効率的な配分の観点から事業の拠点を見直したりすることが重要となっている。

(3) 金融業などに対する許認可とEUパスポート

 EUには、金融業において、EUパスポート(単一パスポート)という制度がある。これは、EU加盟国で金融業に関するライセンスを受けていれば、EU域内のどこでも業務ができるという制度で、銀行、保険会社、投資会社に適用される[1]

 イギリスでは1986年から金融市場改革が行われていた効果もあいまって、外資系を含む多くの金融機関が、ロンドンに拠点を設けて金融業に関するライセンスを取得し、この単一パスポート制度を利用して欧州での事業を展開する形態をとっており、その結果、ロンドンはいまや金融における世界の中心地となっている。

 しかし、イギリスがEUを離脱することになれば、金融機関がイギリス当局から受けた許認可は、EU域内では効力を失うことになり事業を展開できなくなると考えられる。もちろん、EU域内のライセンスに基づいてイギリス国内でサービスを提供している金融機関にとっても、同様のことがいえる。さらに、イギリスの金融取引所や清算機関などに対する許認可がEU域内で効力を失うとなると、そのサービスを利用していた金融機関などは、特定の取引を事実上とり扱えなくなってしまう可能性がある。

 このため、まず、イギリス内に拠点を置く金融機関がEU域内で営業を継続するためには、EU域内に拠点を設け、そこでのライセンスを取得する必要があると考えられた。日系金融機関を含む世界の金融機関は、早い時期からこの問題を認識して対応を進めてきており、世界の大手金融機関が、フランクフルト、ダブリン、アムステルダム、パリなどに新たな拠点を移すと発表している。ただ、イギリスでの事業の規模やポンド建て取引の必要性などから考えて、ロンドンにある拠点を閉鎖することはできないところ、日系など非欧州の金融機関にとっては、ヨーロッパにおいて2箇所以上に大きな拠点を維持することとなり、このことは、従来に比してコストが倍増することになりかねず、容易ではない。したがって、各金融機関は、2つ以上の拠点を設けつつも、重複するバックオフィス業務の効率化、資本政策の見直しや経営資源の適切な配分などの観点から、ヨーロッパでの事業に関するストラテジーを再検討し、ビジネスの実態に応じて、Brexitが事業に与える影響が最小限に抑えられるように努めているようである。

 また、合意なき離脱となって、イギリスの金融取引所や清算機関などに対する許認可がEU域内で効力を失われるとなると、たとえば、イギリス国内でのユーロ建て取引が決済できなくなったり、イギリスで清算業務が行われていた取引の清算の効力が認められなくなったりする問題が生じうる。さらに、すでにEUとの関係で同等性(下記参照)が認められていた域外の第三国の金融機関にとっては、自らのイギリスでの地位に関してその同等性認定の効力が不安定になったりする問題も考えられるなど、数多くの問題が提起され、合意なき離脱が金融市場に与える影響は計り知れないと、金融業界などから強い危惧感が示されてきた。

 このような事態を受けて、当局も、コンティンジェンシープランともいえるガイダンスやステートメントを公表して、金融機関等がBrexit前後も継続して事業を行えるように、配慮する姿勢を示してきた。この配慮を行うか否かは政治的決定であるが、配慮の手法を法律的にみるといくつかの手法が見られる。たとえば、EU法には、金融法に限らないが、同等性レジーム(equivalence regime)というものがあり、域外第三国の規制とEUの規制で求める要件が同等と判断される場合においては、EU域外の金融機関であっても、EU域内においてライセンスを取り直すことなく、EU域内へのアクセスを認めるという枠組みがある。また、類似の機能を果たすものとして、他の法域での法的判断の効力を認める承認(recognition decision)という方法もある。また、イギリス政府は、暫定認可(temporary permission) や暫定承認(temporary recognition)というレジームを発表した。このような手法を用いて、欧州委員会[2]や証券市場監督当局[3]、イギリス政府[4]、米国当局[5]など域外第三国当局らが、金融事業者による金融サービスの継続的な提供を認めている。さらに、オランダ当局[6]やスペイン当局[7]は、イギリスの一定の金融機関に、EU法で要求されるライセンスの要件の例外や、ライセンスの効力の延長を認めることを明らかにしている。

 これらの対応がとられた現在では、イギリスを含む欧州において多くの金融サービスが継続的に提供され利用できるような環境が整いつつあるといえ、短期的には、懸念されていたEU離脱前後の市場の大混乱は回避されるであろうとみられている。もっとも、同等性認定などにより金融サービス等の有効性が離脱時に認められていても、多くは期限が設けられており、期限が切れるときに延長等が検討されることになろうが、そのときには、イギリスとEUとで規制環境が異なっている可能性も否定できない。中長期的に見れば、金融機関や金融市場は不安定な状況に置かれたままといえ、今後も十分な注視が必要である。

 以上の問題は、金融業に限った話ではない。パスポートと呼ばれているわけではなくても、域内のある国で取得されたライセンスや認可などの効力が、域内のほかの国でも認められる分野は少なくない。そのように、規制の調和が実現されている分野の産業(たとえば、化学品、医薬品、医療機器などを扱う事業や、運輸産業など)については、同じような問題が生じるといえる。



[1] European Commission “Press Release: Completion of the Single Market” (1992年。導入は1996年)
 http://europa.eu/rapid/press-release_IP-92-1058_en.htm?locale=en

[2] European Commission “Press Release: Brexit: European Commission implements “no-deal” Contingency Action Plan in specific sectors” (2018年12月19日)
 http://europa.eu/rapid/press-release_IP-18-6851_en.htm

[3] European Securities and Markets Authority “Brexit”
 https://www.esma.europa.eu/convergence/brexit

 同“Press Release:  ESMA to recognise three UK CCPs in the event of a no-deal Brexit”(2019年2月18日)
 https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/library/
esma71-99-1114_esma_to_recognise_three_uk_ccps_in_the_event_of_a_no-deal_brexit.pdf

 同“Press Release:  ESMA to recognise the UK Central Securities Depository in the event of a no-deal Brexit”(2019年3月1日)
 https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/library/
esma71-99-1119_esma_to_recognise_the_uk_central_securities_depository.pdf

[4] HM Treasury “Guidance: Banking, insurance and other financial services if there’s no Brexit deal: technical notice on financial services regulatory framework”(2019年1月8日改訂)
 https://www.gov.uk/government/publications/banking-insurance-and-other-financial-services-if-theres-no-brexit-deal/
banking-insurance-and-other-financial-services-if-theres-no-brexit-deal

[5] Morrison and Foerster “CFTC and UK Regulators Issue Statement Regarding Continuity of Derivatives Trading and Clearing Post-Brexit”(2019年2月26日)
 https://www.mofo.com/resources/publications/
190226-continuity-derivatives-trading-clearing-brexit.html?utm_source=publications&utm_medium=email

[6] DE MINISTER VAN FINANCIËN “Regeling van de Minister van Financiën van 4 februari 2019, 2019-16957, directie Financiële Markten, tot wijziging van het Besluit aangewezen staten Wft en de Vrijstellingsregeling Wft in verband met de terugtrekking van het Verenigd Koninkrijk uit de Europese Unie”(2019年2月12日)
 https://zoek.officielebekendmakingen.nl/stcrt-2019-6943.html?zoekcriteria=%3fzkt%3dUitgebreid%26pst%
3dTractatenblad%257CStaatsblad%257CStaatscourant%26dpr%3dAnderePeriode%26spd%3d20190209%
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[7] Ministerio de Economía y Empresa “Legislative contingency measures in financial services”
 http://www.mineco.gob.es/portal/site/mineco/menuitem.b6c80362d9873d0a91b0240e026041a0/
?vgnextoid=d6620878b5539610VgnVCM1000001d04140aRCRD

 

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