◇SH2509◇最二小決 平成30年10月23日 危険運転致死傷、道路交通法違反被告事件(鬼丸かおる裁判長)

未分類

 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が成立するとされた事例

 被告人とAが、それぞれ自動車を運転し、赤色信号を殊更に無視して交差点に進入し、被害者5名が乗車する自動車にA運転車両が衝突するなどしてうち4名を死亡させ、1名に重傷を負わせた交通事故について、被告人とAが、互いに、相手が同交差点において赤色信号を殊更に無視する意思であることを認識しながら、相手の運転行為にも触発され、速度を競うように高速度のまま同交差点を通過する意図の下に赤色信号を殊更に無視する意思を強め合い、時速100kmを上回る高速度で一体となって自車を同交差点に進入させたなどの本件事実関係(判文参照)の下では、被告人には、A運転車両による死傷の結果も含め、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が成立する。

 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条5号、刑法60条

 平成29年(あ)第927号 最高裁平成30年10月23日第二小法廷決定 危険運転致死傷、道路交通法違反被告事件 棄却(刑集72巻5号471頁)

 原 審:平成29年(う)第1号 札幌高裁平成29年4月14日判決
 原々審:平成27年(わ)第532号、第560号、第696号、第697号 札幌地裁平成28年11月10日判決

 本件は、被告人が、友人Aとそれぞれ自動車を運転して2台で速度を競うように国道を走行し、共謀の上、赤色信号を殊更無視して時速100km超の高速度で交差点に進入したことにより、被害者一家5名が乗車する自動車にA運転車両が衝突し、車外に放出されたうち1人を被告人運転車両がれき跨、引きずるなどし、一家4人を死亡させ、1人に加療期間不明のびまん性軸索損傷、頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、さらに単独でひき逃げに及んだという危険運転致死傷、道路交通法違反(救護・報告義務違反)の事案である。

 被告人は、赤色信号殊更無視の故意、危険運転の共謀等を争って無罪を主張したが、第1審(裁判員裁判)は、故意・共謀をいずれも認めて、A車との衝突のみによって生じた被害者4名の死傷結果を含む危険運転致死傷罪の共同正犯及び救護・報告義務違反を認定し、被告人を懲役23年に処した。被告人は控訴したが、原審は、第1審判決を是認し、控訴を棄却した。

本決定は、被告人の上告を受け、本件における危険運転致死傷罪の共同正犯の成否について、決定要旨のとおり職権判示して原判決を是認し、上告を棄却した。

 

 立法担当者解説(井上宏ほか「刑法の一部を改正する法律の解説」法曹時報54巻4号(2002)55頁)によれば、危険運転致死傷罪は、1次的には人の生命・身体の安全を、2次的には交通の安全を保護法益とする犯罪であり、故意に危険な自動車の運転行為を行い、その結果人を死傷させた者を、その行為の実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであって、暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型であるとされている。学説上は、そもそも運転行為に係る罪は自手犯と解され、自手犯では共同正犯が排除されること等を理由に、同罪の共同正犯を一律に否定する見解もみられるが、本件に関する評釈をみると、被告人が直接生じさせていない被害者4名に対する死傷の結果を含め、被告人に危険運転致死傷罪の共同正犯が成立するとした1審判決や原判決の結論におおむね異論は見られない。もっとも、その理論構成については、①被害者4名に対する危険運転致死傷罪の実行行為を「(現に衝突事故を起こした)Aの危険運転行為」と捉えた上で、被告人とAの走行態様が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思決定を強化し、また、拘束し合う作用を有しており、被告人に共謀共同正犯が成立するという見解と、②本件危険運転致死傷罪の実行行為を「被告人とA双方の危険運転行為」と捉えた上で、被告人とAが黙示の共謀により共同して各自の危険運転行為を行っており、被告人にも実行共同正犯が成立するという見解に分かれていた。

 本決定は、「被告人とAは、赤色信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する意思を暗黙に相通じた上、共同して危険運転行為を行ったものといえる」としており、②の見解によるものと解される。

 

 共同正犯が成立するためには、共犯者間に、共同実行の意思(共謀)、及び、共同実行の事実が存することが必要とされているが、判例上、実行行為を分担しない共謀者にも共同正犯が成立し得ることは、共謀共同正犯を肯定した練馬事件判決(最大判昭和33・5・28刑集12巻8号1718頁)等の累次の判例において確立しており、学説上も肯定説が多数を占めている。今日の学説上は、共同正犯の成否の問題を、(1)不可罰の関与行為と広義の共犯の区別(共犯性)、(2)広義の共犯の成立を前提とした共同正犯と狭義の共犯の区別(正犯性)の2つに分けて捉え、それぞれ異なる基準によって判断する見解が有力とされている。また、片面的共同正犯を否定する判例・通説の立場からは、共謀の存在が共同正犯と同時犯ないし片面的共犯を区別する要素(相互性・共同性)ともなる。

 

 本件において、被告人とAは、2km以上にわたり、制限時速60kmの道路を時速約130km以上の高速度で連なって走行し続けた末、本件交差点において赤色信号を殊更に無視する意思で時速100kmを上回る高速度でA車、被告人車の順に連続して本件交差点に進入させ、本件事故に至ったものと認定されている。本件を共謀共同正犯と捉える前記①の見解は、これらの一連の走行態様等から、お互いが高速度のまま減速することなく、交差点に向かって走行し続けたことが、相手の赤色信号殊更無視の意思決定を強化し、また、拘束し合うという強い心理的因果を相互に及ぼしており、そのような被告人とAの「共謀」が共犯性のみならず正犯性をも基礎付けると捉えているものと解される。

 しかし、本件においては、事故前の走行態様等に照らし、被告人らが互いに速度を競い合うようにして無謀な高速度走行を続けており、このような走行について相互に強い心理的因果を及ぼしていたということはできるが、無謀な高速度走行をする者が必ずしも赤色信号を殊更無視して走行するわけではない。被告人とAの間には、赤色信号を殊更無視して本件交差点に進入することについての明示的な事前共謀はなく、本件事故直前にも共に赤色信号殊更無視に及んでいた等の事情もない。しかも、本件交差点手前において先行していたのはA車であり、本件交差点に赤色信号を殊更無視して進入することについての意思決定も、どちらかといえばAに主導権があったとみるのが自然である。そうすると、被告人とAが無謀な高速度を保ったまま連続して赤色信号の本件交差点に進入していることからして、両者の運転行為が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思を強め合う関係にあったという意味において、前記の「共犯性」及び「相互性」を満たす程度の黙示の共謀があったとはいえようが、それを超えて、共謀のみで被告人の「正犯性」を基礎付ける程度の強い心理的因果が及んでいたといってよいかは、なお疑問の余地があるようにも思われる。本決定が本件を実行共同正犯と捉えた背景には、そのような問題意識もあったものと推察される。

 

 他方、本件を実行共同正犯と捉える場合には、「被害者車両と衝突しておらず、被害者4名の死傷結果には何らの直接的因果が及んでいない被告人の危険運転行為が、被害者4名に対する本件危険運転致死傷罪の(共同)実行行為といえるか」が問題となる。類似の論点として、講学上「付加的共同正犯」と呼ばれるものがあり、典型例として、「甲と乙が殺意をもって共謀の上、丙を狙って同時にピストルを発射したところ、甲の弾丸が命中して丙を死亡させたが、乙の弾丸は外れて命中しなかった」という場合(ピストル事例)における乙がこれに当たる。

 付加的共同正犯が共同正犯に当たること自体は、学説上もおおむね異論はないが、共犯の処罰根拠を共犯行為による法益侵害の惹起に求める今日の多数説の立場から、自らの実行行為が最終的な結果に何ら物理的因果を及ぼしていない付加的共同正犯が正犯として処罰される根拠につき、単に実行行為を行ったという形式的な理由にとどまらない実質的な理由付けが必要であるという問題意識の下、様々な見解が示されている(近時の詳細な検討として、伊藤嘉亮「共同正犯における『重要な役割』に関する一考察(1)~(3・完)」早稲田大学大学院法研論集154号(2015)1頁、155号(2015)27頁、156号(2015)29頁参照)。

 もっとも、赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪の実行行為は、通常、赤色信号の交差点を通過するごく短時間に限られている。また、本罪の故意は「赤色信号を殊更に無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転すること」であって、法益侵害結果の認識はもちろんのこと、暴行や通行妨害目的のような特定の客体に対する他害の意思すら要求されず、共犯者間の共謀の内容も上記運転行為の共同以上に要求し得ない。このような特徴をも踏まえると、赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪において、被害者の死傷結果に直接的因果を及ぼしていない実行行為者の「正犯」性を肯定するためには、その行為が現に死傷の結果を生じさせた共犯者の行為と「一体となって」行われたか否か(=時間的・場所的接着性)が、客観的にも主観的にも重要なファクターになるものと解される。本決定が、被告人に共同正犯が成立する事情の1つとして、「被告人とAが時速100kmを上回る高速度で『一体となって』本件交差点に進入した」ことを挙げているのは、このような理解によるものと思われる。

 

 本判決は、事例判断ではあるが、危険運転致死傷罪の共同正犯の成否が争われた類例は乏しく、多数の評釈が出されるなど学説上も注目されていた事案において、最高裁が職権判断を示したものであって、重要な意義を有するものと思われる。

タイトルとURLをコピーしました