◇SH2523◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(161)日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉝ 岩倉秀雄(2019/05/10)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(161)

―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉝―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、危機の発生を予防するためのシグナル(予兆)の察知について述べた。

 シグナル(予兆)の察知は、リスクを危機化させないために極めて重要であり、その方法には、①消費者・顧客からのクレーム分析、②全社的なリスク調査アンケートの実施、③内部監査時のチェック、④従業員相談窓口の活用等が想定される。

  1. ① クレーム分析では、その発生頻度と性質を分析して基準を設け、基準値を超えたらただちに関係者間の協議を行って対策を実施することが必要である。
  2. ② リスク調査アンケートは、職場単位で定期的に実施し、影響度(発生頻度×ダメージ)の高いものから対策を実施する。
    内容によりリスクを保有(認識しながらも監視下におく)する場合や保険をかける(リスクの軽減)場合があるが、現場から上がってくるリスクを保有する場合には、その理由を十分に説明する必要がある。
  3. ③ 内部監査時のチェックでは、事前に実施したリスクアンケートやコンプライアンスアンケートの結果と書面による自己監査の結果、前回の内部監査結果等を参考にしつつ、ヒアリング等を通して問題点を把握する。
    特に、コミュニケーションの悪い職場では、リスクや失敗の隠蔽、パワハラやセクハラ等が発生しやすく、内部告発の可能性も高まっているので、注意が必要である。
  4. ④ 従業員相談窓口は、リスクを把握する上で極めて有効なので、全ての企業が積極的に取組むべきである。
    相談への対応は、所管部門が中心となり「組織を良くするという強い信念を示して従業員の信頼を得る」とともに、広くリスクを把握・削減するために外部の専門家を活用することも有効である。

 相談対応の留意点は、①門前払いにせず丁寧に対応する、②第一報や途中経過を早急に相談者に返す、③相談内容の記録と分類、④同様の問題の他部署での発生のチェック、⑤コンプライアンスアンケートの項目や内部監査時のヒアリング項目への反映、⑥秘密厳守と不利益扱いの禁止等である。

 今回は、危機対応計画の策定、シミュレーションの実施、メディアトレーニング等について考察する。

 

【日本ミルクコミュニィティ(株)のコンプライアンス㉝:組織の危機管理⑤】

1. 危機対応計画の策定・標準化

 準備のない組織に危機が発生した場合には、組織はパニックに陥りやすい。

 危機発生時の混乱を避けるためには、最悪の事態を想定した危機対応計画を策定し、これを規定化・マニュアル化しておく必要がある。

 あらかじめ検討しておく項目として、以下の項目が想定される。

  1. ① 危機発生時の組織内の緊急連絡体制(誰でもわかるように明示され、周知徹底されている必要がある )
  2. ② 危機対策本部(本社と現地)と事務局の体制(設置場所、メンバー、役割、連絡体制、備品等)
  3. ③ 危機レベルの設定とレベルに合わせた対応体制(基準を作成)
  4. ④ 情報開示方法(開示レベルを設定し、開示範囲・開示方法等を規定化)
  5. ⑤ ステークホルダーへの連絡体制(消費者・取引先・顧客・業界・行政等関係先等に誰がどう対応するのか)
  6. ⑥ 危機発生原因調査チームの組織化方法(誰が、どう組織化し、どこまでの権限を与え、誰に報告するか等)

 以上のように、平時に決めておくべき事柄は多い。

 「危機は何時どこでどんな形で発生するかわからないので、あらかじめ危機の発生を予想して対応を決めておいても意味がない」との反論も想定されるが、業界内の他社事例の収集や、組織固有の危機を想定して、対応策を一定程度パターン化して決めておくことで、危機発生時に危機対応メンバーが冷静になる時間的余裕を与えることができる。

 さらに、仮に類似の危機が発生した場合にも、経験の蓄積を新たな対応計画に反映することで、より効率的に対応できる。

 なお、危機対応計画の策定作業は、危機管理チームを選出しそのメンバーに任せてもよいが、最終的には必ず経営トップを含む一定レベル以上の経営幹部による全社的・部門横断的な協議により決定する必要がある。

 

2. シミュレーションの実施

 防災訓練や災害時緊急連絡網の訓練と同様に、危機対応計画や危機対応マニュアルが想定どおりに機能するかを確かめるために、危機が発生する前に定期的にシミュレーションを実施する必要がある。

 シミュレーションを定期的に行うか不意に行うかは、各組織のビジネスの特徴を踏まえそれぞれの組織が判断する必要がある。

 なお、シミュレーションの実効性を確保するために、法的・社会的・経営的環境の変化を踏まえて、計画の内容を評価し見直すことは常に必要である。

 

3. メディアトレーニングの実施

 メディアトレーニングは、メディアの特性を経営者に理解してもらい、事前に専門家のアドバイスを受けて、いざというときにあわてないようにするために実施する。

 危機発生時には、インタビューを受ける経営者の印象が組織全体の印象に決定的な影響を与える[1]場合もあるので、1回限りの短いトレーニングではなく、定期的に何度も練習して組織の意思が社会にきちんと伝えられ、仮に意図的な質問があっても挑発に乗らず、冷静に回答できるようにしておく必要がある。

 

4. その他

 その他に組織が心がけておくべきこととしては、①あらかじめメディア報道の論調を分析して把握しておく「論調分析」の実施、②過去事例の収集(業界事例、自組織の事例、オリジナルリスクに一致する事例など)、③普段から自社情報を積極的にメディアに開示しメディアとの良好な関係を作っておくこと等である。

 その他に、自組織にとって危機に発展するかもしれない政策決定や社会的問題に対しても事前に調査・分析・評価を行い、自組織の耐久度との関係で組織としての対応策を講じるいわゆる「イシューマネジメント」が危機の予防上重要であるが、これは大きなテーマであり、より詳細な研究が必要なので、本稿ではその重要性を指摘するにとどめる。

つづく



[1] 食中毒事件発生当時の石川雪印乳業(株)社長(当時)の有名な「寝てないんだ」発言は、メディア対応の失敗例として、危機管理の研究では何度も取り上げられている。

 

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