冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(1)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
1 冒頭規定の意義 ―制裁と「合意による変更の可能性」―
まず、若干の必要な語の定義をしておこう。
(1) 「制裁」と「リスク」
はじめに、以下の検討で中心的な位置を占める「制裁」と「リスク」という語について簡単に説明しておこう。制裁、とりわけ法的制裁について包括的に検討した近時の論稿として、佐伯仁志教授の『制裁論』がある。その中で制裁の定義は、「社会規範の違反に対して、その行為を否認したり思いとどまらせる意図でもって行われる反作用であり、一定の価値、利益の剥奪ないし一定の反価値、不利益の賦課をその内容とするもの[1]」とされている。これは、田中成明教授による「制裁」の定義をほぼ踏襲するものである[2]。本稿でもこの定義を基本として検討を進めるが、佐伯教授の『制裁論』の検討対象が、主に法的制裁であるのに対し、本稿においては「制裁」の中に、民事上の「無効」を含める他、「経済的不利益」の賦課等の「何らかの不利益[3]」を含めて広く考えている[4][5]。
この「制裁」の定義に関連して、以下では、「リスク」という語を、「何らかの制裁が課される可能性」という意味で用いている[6]。
リスク=何らかの制裁が課される可能性
|
「リスク」という語は、やや抽象的な響きを持ち[7]、他方で「制裁」という語は、懲役や罰金等の具体的なイメージを伴い得るが、本稿では、「何らかの制裁が課される可能性」と「リスク」を同義で用いている。例えば「何らかの制裁が課される可能性の回避・最小化」との表現は若干長いため、短縮化した「リスクの回避・最小化」に置き換えている[8]。
「制裁」の内容の重いものとして、「懲役」「行政罰」「無効」等が考えられるが、これらの関係についてはどのように考えるか。それぞれ性質が異なり、比較困難とも考えられるが、一応、大小関係として概ね、懲役>行政罰>無効と考えておく。この点については、貸金業法・利息制限法等の検討において若干言及する。
[1] 佐伯仁志『制裁論』(有斐閣、2009)7頁を参照。
[2] 田中成明『法的空間――強制と合意の狭間で』(東京大学出版会、1993)14頁を参照。
[3] 「制裁」の内容として、「何らかの不利益」を広汎に含めるべき理由は、法的制裁に至らない(軽い)不利益であっても、我々の契約行動(→1Ⅳ1.(2) 「契約行動と契約規範」を参照)に影響を与えるからである。
[4] 「制裁」に関するこれまでの民法研究者・法社会学研究者の検討としては、広中俊雄博士によるサンクションの研究(「サンクションと法」「法的サンクションの諸形態」『法過程・法意識の研究 広中俊雄著作集7』(創文社、2004)(初出はそれぞれ1962、1973)41頁以下を参照)が広く知られている。しかし、個別具体的な制裁と契約規範との関係については、これまで十分に検討されてこなかったといえよう。
[5] ここで、経済的不利益の賦課を含む「何らかの不利益」の例を挙げておこう。後にやや詳しく論ずるが(1Ⅲ1.(10) 「寄託」を参照)、「寄託」が1つの例となるだろう。「寄託」については、預金保険法との関係が重要である。ある預金契約が「消費寄託」であれば、預金保険による保護対象となる。では、「寄託」の冒頭規定の要件に何らかの変更・修正を加えたときはどうなるだろうか。その変更・修正の内容にもよるが、「冒頭規定(民法657条)の要件とは異なるので預金保険による保護対象とはならない」という議論がありうるだろう。すなわち、寄託の契約書作成者にとって、「冒頭規定の要件に則らない」ことは、預金保険による保護対象とならないという「不利益」をもたらし得る。本稿では、このような「不利益」も、「制裁」に含めて考えている。
[6] 契約法という領域における「リスク」の概念としては、既に「契約の締結にあたって両当事者が契約に伴うどのようなリスクを考慮して、それらを契約内在的リスクとして当事者間でどのように分配したのか」という形で使用されている。潮見佳男「総論――契約責任論の現状と課題」ジュリ1318号(2006)82頁を参照。本稿での「リスク」の概念は、こうした契約当事者間においてリスクをどう分配するかとの文脈における使用とは異なることに留意が必要だろう。
[7] 諸領域で「リスク」というとき、その定義には若干の相違がみられる。一般に、「リスク」は、被害を被るネガティブなニュアンスを伴うことが多いと思われるが、他方、経済学、特に金融分野における「リスク」のように、結果が予測しにくいという「ブレ幅」の大きさを意味し、ネガティブなニュアンスを伴わない定義もある。本稿における「リスク」は、「制裁」から生じるものであり、ネガティブなニュアンスを伴う点で、一般的な「リスク」の内容に近いものである。「リスク」概念の沿革の包括的な検討として、ピーター・バーンスタイン『リスク――神々への反逆』(日本経済新聞社、1998)を参照。
[8] 前稿「契約法教育」(2013)では、「リスクの大きなものは修得の必要性が高い」としていた(前稿(上)NBL1002号26頁を参照)。そこでの「リスク」は専ら「無効という制裁を課される可能性」と捉えていたが、本稿では、これを「懲役、罰金、過怠税、無効、経済的不利益等の制裁を課される可能性」という各種の制裁(不利益)を含む概念として捉えている。