◇SH2749◇弁護士の就職と転職Q&A Q91「転職で『インハウスか? 法律事務所か?』と悩むのはもう古いのか?」 西田 章(2019/09/02)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q91「転職で『インハウスか? 法律事務所か?』と悩むのはもう古いのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 かつて、弁護士のキャリアにおいて「インハウス=外部弁護士の劣化版」という評価を受けていた時代がありました。私も、13年前、自らの転職活動時に「法律事務所でバリバリ働けない事情があるから、インハウスを考える」という発想を持っていました。ただ、もはやその発想の前提が崩れているのかもしれません。転職相談を受けても、「この人のセンスを法律事務所で埋もれさせたら、勿体ない」「ビジネスに軸足を移したら、もっと成功するのではないか」と感じさせられる場面も増えています。

 

1 問題の所在

 国内のリーガルマーケットが成長している限りにおいては、優秀な弁護士にとって、「法律事務所で外部弁護士として活躍すること」が(弁護士としての成長機会を得やすい場所であると共に)経済的な成功に向けた近道でもありました。

 また、継続的な顧問契約を前提とするビジネスモデルにおいては、「インハウスに転向する」という決断をするためには、既存のクライアントとの関係を断ち切って捨てなければならない」という大きな犠牲を払う必要がありました。

 しかし、2008年のリーマンショック以降、少子高齢化という日本の構造的問題にも焦点が当たり、企業も、成長シナリオを海外展開に求めざるを得なくなりました。準拠法が外国法に指定されたり、紛争解決のための管轄が海外に置かれるようになると、「日本法の専門家」であるだけでは、リーガルリスク管理を担う役割を果たすことができなくなってきています。また、国内のリーガルマーケットでは、顧問契約の専属性が弱まり、「ケースバイケースで最適な事務所を選択する」というプラクティスが広まりつつあるように思われます。分野的に言えば、企業不祥事に関する調査業務は市場拡大を続けていますが、これを担当する外部弁護士には、第三者性が求められるが故に、「経営陣の参謀役」としての役割からは遠ざかって行く傾向も見られます。

 そして、「会社員になれば、ジョブ・セキュリティが確保される」という期待を抱くこともできなくなっています。人生100年時代を迎えて、年金を当てにするのではなく、60歳、70歳を過ぎても、働いて賃金を得ていく手法を考えなければならない時代において、「会社でルーチン業務だけをこなして定年まで安定的に給与を確保したい」という戦略が悪手であることは明らかです。

 「インハウス」という言葉からは、「弁護士を高給で雇う余裕がある、成熟した上場企業又は外資系企業の法務部に雇用される」というキャリア像が想起されてきました。しかし、インハウスの勤務先には、ベンチャー企業も、地方企業も含まれますし、業種の限定もなく、所属部署の限定もありません。とすれば、「このプロジェクトに専従して取り組むことには、法律事務所以上の成長性が見込めるのではないか?」という問題意識を持つ若手弁護士が増えるのはきわめて自然なことです。ここでのキャリア選択は、その判断基準も変わってきているのでしょうか。

 

2 対応指針

 インハウスへの転職基準は、「本当は法律事務所で働きたかったが、諸事情によりそれが適わないために会社員を選ぶ」場合(セカンドベスト型)と、「法律事務所で働くよりも、面白いことを見付けた(ような気がする)ので会社員を選ぶ」場合(ファーストチョイス型)とで異なります。

 「セカンドベスト型」においては、条件面(給与や勤務時間)を減点主義的に分析した上で、「もっとも欠点が少ないと思われる職場」を選ぶのが正解とされてきました。他方、「ファーストチョイス型」においては、「このプロジェクトを立ち上げて展開することに社会的意義を見出せるかどうか」とか「この経営者と同じ船に乗って航海したいと思えるかどうか」という気持ちが自分の中での沸点を超えることが第一段階の審査となります(雇用条件は、「自分の家族環境の下で許される範囲かどうか」という観点からの確認となります)。

 「今後、何年分のキャリアプランを携えて転職するか?」についても、「セカンドベスト型」の下では、「この会社に期限の定めなく定年まで働く」という長期計画が重視されますが、「ファーストチョイス型」では、「とりあえず、数年間、このプロジェクトが軌道に乗るまで専従したい」という点だけが定まっており、「その先のことは、その時点で改めて考えたい」という中期計画が重視されがちです。

 

3 解説

(1) 経験年数と転職時期

 ジュニア・アソシエイトが先輩弁護士に対してインハウスへの転職についての助言を求めた場合には、「インハウスに行くには、まだ早いのではないか?」というコメントが返ってくるのが定番です。確かに、「インハウスになってしまったら、弁護士としての成長は望めない」「会社はインハウスに法律専門家としての知識と経験に基づく仕事ぶりを期待しているのだから、早期に転職したら、ミスマッチが発生する」という分析は、「セカンドベスト型」には妥当することが多いです。

 ただ、「採用ニーズ」は、候補者側の事情ではなく、採用側の事情に基づいて決定します。採用側にとって「経験年数10年以上でビジネスセンスがある弁護士」が理想的候補者像であったとしても、現実には、「経験年数は10年以上あるけど要求する報酬水準が高すぎる」とか、「ビジネスセンスがなさすぎる」という候補者しか集まらないことばかりです。そこで、「経験年数は短いけど、報酬水準でも目線が合い、ビジネスセンスもありそう(少なくとも学ぼうとする意欲がある)」という若手候補者がいたら、「理想的とまでは言えないが、足りない知見は外部弁護士を使うことで補完しよう」という展開はありえます。もちろん、自己の経験を過大に装ってまで採用されてしまうと、後でミスマッチが発覚して難しい立場に置かれてしまいますが、「ファーストチョイス型」転職を実現するためには、「今の自分でも少しは役に立てるかもしれない」という発想を持つことも大事です(なぜなら、「次の求人に期待しよう」と思っても、次の求人と今回の求人との間には代替性を認められないからです)。

(2) 減点主義と加点主義

 「セカンドベスト型」は、複数の選択肢を条件面で比較して、もっとも総合得点の高い先を選ぶ、というのが常套手段です。生活費や住宅ローン等から、毎月のキャッシュフローの最低限が設定されているならば、それを下回る選択をするわけにはいきません。また、できる限り、周囲の人達に歓迎してもらえる転職を実現したいので、家族にも、現職場の上司や同僚にも相談して、その理解を得て意思決定をすることになります。

 これに対して、「ファーストチョイス型」は、「自分のわがままを通す転職」となります。そのため、「他人に相談する前に、まずは、自分自身が『ぜひともここで働いてみたい!』と思える気持ちの沸点を超えること」が第一次選考になります。その上で、家族や現職場の関係者に多少の迷惑をかけるとしても、「そこまで言うならばしょうがない」と思ってもらえるレベルまでは同意を得られることが望ましいです(が、家族や周囲から大賛成を得られることは期待すべきではありません)。

 金銭出資を求められているわけでもなければ、転職(労務出資)失敗のリスクは「時間/年次が上がること」と「評判/履歴書に傷が付く」ことです。これをヘッジするためには、「転職理由を整理して、仮に失敗しても、再度の転職時に『このプロジェクトに参加した理由』を説明できるようにしておくこと」が大切です。また、「投資年限を区切っておく必要があるかどうか?」も検討課題です。

(3) キャリアプランの想定期間

 「セカンドベスト型」は、基本的には、「期限の定めなき雇用で、定年まで安定して働き続けられること」を求める選択になります。最近では、更に「定年後にも、社外役員等の仕事を得るためにも、こういう会社の経歴はプラスかどうか?」まで考える候補者が増えています。

 これに対して、「ファーストチョイス型」では、「このプロジェクトを達成したら、自分はもっと成長しているはずである。今とは違う景色が見えるようになっているはずである」という楽観的思考が原動力になっています。そのため、「次の次の転職」を、今から想定しておくことを必要としていません。というか、「次の次の転職は、今からは想像できないような選択肢が目の前に現れているはずである」という期待感を抱くことになります。確かに、IPOを目指している会社に転職したならば、「IPO達成時の次のキャリア」は、親しい同僚たちが「IPO長者」として周囲にいる状況で選択することができるようになっているかもしれません(次の起業に向けた参謀職に誘われる可能性もあります)。「獲らぬ狸の皮算用」でもあるため、そんな未来像を今から具体的に描くことは趣味に留めたほうがよさそうです。むしろ、「ファーストチョイス型」で具体的に検討しておくべきは、「仮にプロジェクトが失敗してしまったときに、リカバリーする方法をどうやって確保すべきか」のほうにありそうです。

以上

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