◇SH2125◇弁護士の就職と転職Q&A Q54「法律事務所の分裂をどう受け止めるべきか?」 西田 章(2018/10/05)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q54「法律事務所の分裂をどう受け止めるべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 「日本で弁護士の人材市場が創設されたのはいつか?」と尋ねられたら、私は、2004年の三井安田法律事務所の分裂を挙げています。金融機関による不良債権処理を背景とした事業再生型M&Aや不動産流動化案件で東京のリーガルマーケットが急速に拡大している中で、(1) インターナショナル・ローファームに合流するか、(2) 国内の大手事務所に合流するか、(3) 独立系事務所の路線を続けるか、という、パートナー間の戦略の違いが見事に現れた事件でした。

 それから、14年が経った現在は、東京のリーガルマーケットは成熟しつつあり、カリスマ的な魅力を備えたボス弁が第一線を退く時期を迎える中で、若手パートナーが(恩義のあるボス弁に縛られることなく)自らの活躍のしやすい環境を求めて、所属事務所を離脱する場面が増えて来ています。

 

1 問題の所在

 人の集団の解散の契機は、「お金」に絡む問題であることがきわめて多いです。音楽グループであれば、「音楽性の違い」を表向きの理由にすることもできますが、法律事務所においては、各パートナーが別々に業務を行っていれば、他パートナーから業務への干渉を受けずに日々を過ごすことができます(利益相反の問題を別とすれば)。そのため、本業ではなく、オフィスの賃貸借契約の更新等を巡る話し合いが具体的な引き金となって、「利益の配分方式」又は「経費の使い途」に関する意見の対立が表面化した際に分裂が現実味を帯びて来ます。

 「利益の配分方式」の公正さを巡る議論は、世代間闘争の様相を呈しています。事務所の基礎やブランド構築の功労に報いるためには、顧客開拓時の功績に手厚い利益分配が設計されることになりますが、市場が成熟してくれば、新規の顧客開拓も困難となり、むしろ、「手を動かしている実働者への分配を増やすべきである」という議論が起きて来ます。

 「経費の使い途」については、例えば、企業法務中心のパートナーと、一般民事中心のパートナーが組んでいれば、前者が、依頼者企業の高い要求水準に応えるための人材育成に投資したいと考えるのに対して、後者は、広告宣伝費への支出を優先したがる傾向があり、意見の対立が生じます。また、企業法務を扱うパートナー同士の間においても、国内業務中心のパートナーにとっては、自己の業務に還元されもしない海外案件確保のための先行投資を続けることに合理性を見出すことが困難になります。

 リーガルマーケットが成熟化しつつある中で、これらパートナーの立場に応じた利害対立は、今後、より深刻化してきそうです。所内の利害対立を踏まえて、若手弁護士は、自らのキャリアを見据えて、どのような指針を持って行動すべきかの迷いを抱く場面が生じています。

 

2 対応指針

 パートナーが事務所を離れる際に「競業避止義務」等を考慮しなければならないのとは異なり、アソシエイトにとっては、事務所の分裂に際して、「デフォルト設定は『残留』」(=移籍を正当化するほうに立証責任が課されている)というわけではありません。実際上は、「過去志向」で決断するか、「未来志向」で決断するかがポイントになります。

 「過去志向」とは、「弁護士になってから、最もお世話になったパートナーと行動を共にする」という発想です。確かに、「恩義あるパートナーを裏切る」ような行動は避けるべきですが、30歳のアソシエイトであれば、残り30年以上の弁護士人生を左右する選択となるので、基本的には「未来志向」で判断すべきです(実際、パートナーの側も「置いていけない」という義務感で誘っている場合もあります)。

 「未来志向」は、アソシエイトの年次によって、判断基準が変化していきます。ジュニアの場合には、「一緒に仕事をしたいパートナー」「学びたい先輩」に同行するという価値判断が最優先となりますが、年次が上がるほどに、「どちらにいるほうが、自己の専門性を発揮しやすいか?」「上に自己と被る先輩がいないか? シナジーがあるか?」の考慮が大きくなってきます。

 

3 解説

(1) 過去志向「お世話になったパートナーと行動を共にする」基準

 浪花節的な世界観からは、「弁護士としてのイロハを教えて自分を育ててくれたボスに連いていく」というのが美しいようにも思われます。しかし、アソシエイトによる技能の習得は、パートナーから課された仕事をこなしたことによる副産物です(そのパートナーも、その上の先輩から仕事を受けて成長してきたはずです)。もちろん、殊更に、「後足で砂をかける」ような対応をするべきではありませんが、これから、先行き不透明な時代を生き抜かなければならないアソシエイトにとっては、基本的には(過去の恩義はさておいて)未来志向で進路を判断するべき問題です。

 また、実際にも、「お世話になった先輩に連いていくこと」が、本当に先輩の利益になるかどうかも分かりません。「置いていくと不憫だから」と思って、声をかけている事例もよく聞かれます。結局のところ、誘ってくれる先輩にとっても、「移籍後に活躍してくれるようなアソシエイトならば、連れていきたい」「移籍後に活躍しないようなアソシエイトは連れていきたくない(遅かれ早かれ負担になってしまう)」という事情が存在しています。

(2) 未来志向①「一緒に仕事をしたいパートナーに連いていく」基準

 就職活動においては、「最も自分を成長させてくれる事務所はどこか」を基準として事務所選びをした方が大半だと思います。複数のパートナーがいる共同事務所でも、全てのパートナーを尊敬できるわけではありません。ジュニア・アソシエイト時代には、やはり、まだ学ぶべきことが多いでしょうから、「一緒に仕事をしたいと思ったパートナーと行動を共にする」というのが正解である可能性が高いと言えます。

 表現は悪いかもしれませんが、現実には、「分裂は、お世話になってきたけど、尊敬できないパートナーと袂を別つ好機」という見方をすることすらできます。更に言えば、所内に、学びたいと思える先輩パートナーがいないのならば、分裂を機に、まったく別の事務所への移籍の道を模索される方も存在します。

(3) 未来志向②「自己の専門性を発揮しやすいのはどこか?」基準

 ジュニア・アソシエイトが、まだまだ「INPUT重視」のフェーズにいるのに対して、シニア・アソシエイトになってくると、「そろそろ、これまでに培った自らの専門性と経験をOUTPUTする方法を考えなければならない」というフェーズに進んできます。つまり、ジュニア・アソシエイトの段階では、「同一法分野の先輩がたくさんいるほどに学びが大きい」のに対して、シニア・アソシエイトになってくると、「同一法分野の先輩がいないほうが、自らが責任を持って対外的に活躍できる機会が広がる」と言えます。

 事務所が別れても、人間関係は続きます。同じ事務所にいても、憎しみ合っている弁護士がいることも考慮すれば、むしろ、「違う事務所でそれぞれが活躍しているほうが、長い目で見れば、仲良くできるチャンスが生まれる」とすら言える事例はたくさん存在します。移籍に伴う案件の引き継ぎや依頼者への挨拶等においては、できるだけ元の事務所に迷惑をかけずに、不義理をしない努力は求められますが、中長期的には、自己の仕事を膨らませられる可能性が高い選択をすることが、お世話になった先輩との関係を良好に保つためにも最適な解である、と考えるべきだと思います。

以上

 

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