◇SH1982◇弁護士の就職と転職Q&A Q49「なぜ日程調整のメールに神経をすり減らすのか?」 西田 章(2018/07/23)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q49「なぜ日程調整のメールに神経をすり減らすのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 私は、かつて「採用は、大学入試や資格試験と同様に実質審査である」と位置付けて、「能力・経験・人柄で採否が決まる」と思っていました。しかし、8年前、日程を調整するメールにおける不用意な表現が、内々定を取り消す結果をもたらした事例に遭遇したことから、「ちょっとしたコミュニケーションの齟齬でも『ご縁』を失わせてしまうことがある」と学びました。その事例では、最終面接を兼ねた会食の日程調整に際して、応募者が「すいません、第1候補日にゴルフの先約があるため、第2候補日でお願いします」と回答したため、採用側に「え? うちの最終面接よりもゴルフが大事?」という不信感を芽生えさせてしまいました。失言に気付いた応募者は、直後に(前職での恩義ある大先輩からのお誘いを受けた重要な予定ではありましたが)ゴルフをキャンセルして第1候補日に面接を設定し直してもらったのですが、採用側と候補者の間に生じた「溝」が埋まることはありませんでした。

 

1 問題の所在

 転職は、履歴書の提出から始まり、書類選考と面接審査を経て、採用側がオファーを提示して、これを候補者が受諾する、という流れで進みます。その過程で、書類選考で落とされたり、条件に不満がある候補者がオファーを辞退するのは、実体的な理由に基づく不成立なので、紹介業者も「ミスマッチだったな」と納得せざるを得ません。これに対して、「面接の日程が整わないが故にご縁が失われた」という事態に直面すると、「もし、スムースに進んでいたら・・・」という悔いが残ります。

 面接の日程調整には、①どちらが面接候補日を提示するか、②提示側はいくつぐらいの候補を挙げるべきか、③提示を受けた側は、見通しが不透明又は都合がつかない場合にどう回答するか、④一旦、設定された面接日を変更しなければならない事情が生じた場合にどうすべきか、といった論点が存在します。

 新卒採用では、候補者が学生又は受験生の立場であり、かつ、採用者は、大量の候補者の面接を効率的に設定しなければならないために、(i)採用側が面接日程を指定して、候補者は指定された日程に合わせるのが原則であり、(ii)一度、指定された面接日時について、候補者の側から変更を求めるのは(他社面接の優先を疑われるために)選考辞退に等しいリスクが伴います。

 しかし、中途採用においては、候補者の側も、弁護士業務を営む社会人であり、転職活動よりも、現在抱えている仕事を優先せざるを得ない立場にあり、かつ、採用者にとっては、優秀な候補者を一本釣りするためには、ケースバイケースの対応が可能であるため、(iii)候補者の側から、面接対応できる候補日を複数提示するほうが日程を調整しやすいという事情があり、(iv)一度、指定された面接日時であっても、候補者に弁護士業務上の急用が入れば、リスケジュールしなければならない場合が避けられません。そこで、候補者にとって、「係属案件に無責任な対応をすることなく、面接の日程調整を、採用側に悪印象を与えることなく進める」というのは、実はなかなか難しい作業です。

 

2 対応指針

 「どちらが面接候補日を提示すべきか?」については、候補者の側から、先に、複数の候補日を提示できるほうが日程調整はスムースに進みます。採用側のほうが、面接に出席する人数が多く、全出席者と会議室について複数の時間帯をブロックすることが難しいためです。

 採用側から複数の候補日の提示を受けられた場合には、候補者からの返答を遅らせてしまうことには、採用側の印象を悪くするリスクが伴います。連絡窓口となった者(採用担当パートナーや役員秘書等)は、多忙な上司や同僚のスケジュールを幅広くブロックし続けていることに負担が伴うからです。そのため、候補者としては、①できるだけ早期に返信する、②事後的にリスケを求める可能性がある「仮置き」であっても、即時に回答する、③少なくとも、ブロックしている候補日又は時間帯をできる限り縮小できる情報を提供する、という姿勢が求められます。

 そうすると、「一旦、指定された面接日時のリスケを依頼しなければならない事態」にも遭遇します。ここでは、「ご縁がないのかな、という不穏な兆候」を消し去るためには、「やむを得ない事情であり、志望動機が低いわけではないこと」が伝わるように説明を尽くしたり、面接の再設定の際には、自ら広めに候補日を提示することなどにより、意欲があることをアピールしておくべきです。

 

3 解説

(1) 業務時間内における面談設定の可能性

 アソシエイトは、弁護士業務における会議の設定に際して、依頼者から、打合せの候補日がいくつか届いて、それをパートナーのスケジュールと調整して、事務所の会議室を押さえて、依頼者に返答する、という作業に慣れています。そのため、つい、自己の転職活動でも、同じように「候補日は先方から届くもの」という「待ちの姿勢」になりがちです。

 しかし、採用側にとっては、「面談候補日を業務時間中に設定してもよいのかどうか?」が分かりません。というのも、候補者にとって、転職面接は、現職場の上司や同僚に内緒で、オフィスを抜け出して対応するものです。そのため、採用側としては、候補者が、何時に出勤しているのか、ランチタイムに長時間の外出が可能なのか、外部会議に出ることも多いのか、夕食に外食することが多いのかどうか、などがわからなければ、候補者にとって都合のよい時間帯を予測することができません。

 それに加え、採用側にとっては、採用面接は業務の一環です。平日の業務時間内に会議室において対応するのができれば、それに越したことはありません。候補者が、業務時間中にオフィスを抜け出してくれるのであれば、午前10時でも、午後2時でも、午後4時でも、通常の案件の会議と同じように設定を求めることが可能です。そのため、抽象的に言えば、「候補者にとって、業務時間中にも関わらず、例外的に私用で外出しやすい日時」が、最適の候補となります(ランチタイムや夜間に面接を設定することのほうが、採用側にとっては「仕事(採用面接)のために業務時間外のイレギュラーな対応」を求められることになります)。

(2) 候補日の提示を受ける側の姿勢

 採用側が、候補者を高く評価してくれている場合には、採用側のほうから、関連するパートナーのスケジュールを調整して、複数の候補日を確保した上で、面接を提案してくれることもあります。候補者にとってみれば、数多くの日程を挙げてもらっているほうが、都合を合わせやすいと言えますが、気を付けなければならないのは、「複数の候補日をもらった場合ほど、採用側の連絡担当者には、出席予定者のスケジュールを過剰にブロックする負担を強いている」という状況を認識することです。そのため、「数多くの候補日が預かった場合ほど、できるだけ早期に、不必要な候補日を解放してあげるべきである」という意識を持たなければなりません。

 真面目な候補者ほど、「一旦、指定した日時を後から変更するのは失礼に当たる」と考えて、自己のスケジュールの見通しが立たないままでは回答を留保してしまいがちです。しかし、その発想は誤っており、「仮置き」でもいいから、早期に回答して、無駄なブロックを解除させることを優先すべきです。

 また、弁護士業務における依頼者との会議であれば、候補日のすべてが「差し支え」の場合には、「別の候補日を提示してもらいたい」と要求することもありえます。しかし、転職活動においては、日程調整の連絡も、志望度合いを測る審査対象になりえます。他の出席予定者の日程を調整して候補を提示してくれた採用側の連絡担当者にとってみれば、「再び日程候補を挙げてくれ」という要求を受けてしまうと、「忙しいのは仕方ないけど、この候補者には、自ら面接を実現しようという意欲が高くないのだな」という推測が働いてしまいます。その誤解を解きたいならば、今度は、候補者の側から、自発的に面接日程の希望を提示するなどの態度が、面接の実現を求める意欲のアピールにつながります。

(3) リスケジュール

 訴訟弁護士にとってみれば、裁判所で合意した期日の変更を求めることは、できる限り避けなければならない一大事です。しかし、転職活動においては、面接日程の変更は、コミュニケーションの方法次第で、採用側の印象を損なうこともあれば、向上させることすらあります。

 実際のところ、採用側にとってみれば、自分のオフィスで業務時間内のアポイントを設定されていたならば、変更自体には特に実害はありません。ただ、シニア・パートナーや会社役員は、スケジュール管理を、調整役(採用担当パートナーや秘書等)に委ねていることが多いので、調整役の心象を害さないように進める配慮が求められます(例えば、会食が設定されていた場合には、飲食店の予約取消しの連絡とそれに伴うキャンセル料負担等は、「この候補者とはご縁がないかもな」と思わせる兆候となりがちです)。

 リスケを求める事情について、調整役からの理解を得ることができれば、シニア・パートナーや会社役員に対しては「候補者は現職で頼りにされていて、責任ある仕事をしているため、やむを得ない」という風に伝達してもらうことも期待できます。他方、調整役の心象を害してしまうと、「自己のスケジュール管理もできないようでは、プロとしての適性を欠くのではないか」というネガティブな形で報告をされてしまうおそれも生じますので、調整役を味方に付けることがきわめて重要です。

以上

 

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