企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
2. トレーサビリティ(追跡可能性)の確保
(2) トレーサビリティの確保を義務付けるその他の法律(例)
食品・医薬品・自動車等の製品に安全問題が発生すると、消費者の生命・身体に直ちに大きな危険が迫ることから、問題発生後に迅速に危険排除措置を講じることができるように、法律でトレーサビリティの確保が義務付けられている。
医薬品・自動車の製品承認・出荷・回収等については別項で紹介しているので、本項では食品関係の法律を取り上げる。
○ 食品安全基本法[1]
農林水産物の生産から食品の販売に至る一連の国内外の食品供給行程におけるあらゆる要素が、食品の安全性に影響を及ぼす可能性がある。このため、食品の安全性の確保は、行程の各段階で行われる。
国・地方公共団体は、それぞれの立場で食品の安全性確保に関する施策を策定・実施する責務を果たすにあたって、関係行政機関と密接に連携することが求められる。
なお、政府は、食品の安全性に関する緊急事態に対処する体制の整備その他の必要な措置を講じるための基本的事項を閣議決定しなければならない。
- 閣議決定「食品安全基本法第21条第1項に規定する基本的事項[2]」の要点
- ― 食品健康影響評価において留意すべき要因を、食品供給行程(次の①②③)毎に示す。①農林水産物の生産段階(肥料、農薬、飼料、カドミウム、放射性物質等の要因)、②食品の製造・加工段階(原料、添加物、器具、容器包装、洗浄剤等の要因)、③食品の流通・販売段階(器具、容器包装、食品等の要因)
- ― 緊急事態への対処は、司令塔としての消費者庁が、食品安全委員会・厚生労働省・農林水産省・環境省他の行政機関と十分な連絡・連携を図りつつ、食品の生産から消費に至るまでのフードチェーンを通じ、重大被害発生の情報収集・状況把握を一元的に行う。リスク管理措置を講ずる行政機関は「緊急時対応マニュアル」を作成・公表[3]して有事に備える。食品安全担当大臣は、緊急事態に際し政府全体の総合的対処が必要と認めるときは、関係大臣と協議して「緊急対策本部」を設置する。
食品関連事業者は、自らが食品の安全性の確保について第一義的責任を有していることを認識し、食品の安全性確保に必要な措置を食品供給行程の各段階において適切に講ずる責務を有するとともに、事業活動に係る食品等に関する正確・適切な情報の提供に努めなければならない。
-
(筆者の見方) 食品の安全は「農場から食卓まで」のフードチェーン全体を通してはじめて確保される。このため国では、農林水産省・消費者庁等の関係省庁が連携して食品の安全性確保と緊急事態対応に取り組んでいる。企業は、事業の当事者として、国と同等以上の管理水準で、川上(土壌・肥料・飼料等)から川下(消費者)までを捕捉するサプライチェーンマネジメントを実践したい。
○ 農薬取締法[4]
農薬の製造・加工・輸入について登録制度(農林水産大臣)を設け、販売・使用を規制する。販売者は都道府県知事への届出を要す。農林水産大臣は法律違反者に対して農薬の回収命令等を行う。製造者・輸入者・販売者は、帳簿を備え付け、これに農薬の種類別に、製造・輸入数量、譲渡先別譲渡数量等を記載して、少なくとも3年間保存しなければならない。
農林水産大臣・環境大臣・都道府県知事は、法律に基づいて、農薬の使用報告を命じ、農薬・帳簿等を検査し、使用を規制する等の権限を持つ。
○ 肥料取締法[5]
農林水産大臣が普通肥料の公定規格を制定し、生産者に普通肥料について農林水産大臣(肥料の種類により都道府県知事)の登録を受けることを義務付ける。生産業者(又は輸入業者)は、普通肥料の容器・包装の外部に生産業者保証票(又は輸入業者保証票)を付し、生産事業場ごとに帳簿を備え、生産した日に、その名称・数量を記載しなければならない。生産業者・輸入業者・販売業者は、その業務を行う事業場ごとに帳簿を備え、肥料を購入・輸入・業者向販売した都度、肥料名・数量・年月日・相手方名を記載して2年間保存する義務を負う。農林水産大臣・都道府県知事は報告徴収・立入検査等の権限を持つ。
○ 米(コメ)トレーサビリティ法[6]
2008 年9月に事故米穀の不正流通事件[7]が発覚し、2009年4月に米トレーサビリティ法が制定された。この法律は、米や米加工飲食料品(料理を含む)に問題が発生したときに、流通ルートを速やかに特定して適切な措置を講じることができるようにするため、①製造・提供・加工・輸入・販売の各段階を通じて事業者に、取引・事業所間の移動・廃棄等の記録(品名、産地、数量、年月日、取引先名、搬出入の場所等)を作成して保存することを義務付けるとともに、②米の産地情報を取引先・消費者にそれぞれ法定の方法によって伝達することを義務付ける。
作成した記録は取引日から3年間保存する。ただし、消費期限が付された商品については取引等の日から3か月、賞味期限が取引日から3年を超える商品については取引等の日から5年間である[8]。
主務大臣[9]は、米穀事業者・運送業者・倉庫業者に報告を求め、立入検査を行うことができる。
○ 飼料安全法[10]
飼料の使用によって有害な畜産物が生産され、又は家畜等が被害を受けて畜産物の生産が阻害されることを防止するために、農林水産大臣は省令で、飼料・飼料添加物の製造・使用・保存の方法若しくは表示の基準を定め、又は、飼料・飼料添加物の成分の規格を定めることができる。
基準・規格が定められた飼料の、①製造業者又は輸入業者は、飼料を製造・輸入したときに遅滞なく、その名称、数量、製造・輸入の年月日他を帳簿に記載し、②その製造業者・輸入業者又は販売業者が飼料を譲り受け、又は譲り渡したときは、その都度その名称、数量、年月日、及び相手方名他を帳簿に記載し、この帳簿を8年間保存しなければならない[11]。
農林水産大臣・都道府県知事等は、製造業者・輸入業者・運送業者・倉庫業者から報告を聴取し、関係ある場所に立入検査を行うことができる[12]。
○ 食品衛生法(2018年6月に大幅な改正が行われ、安全管理が徹底された。)[13]
食品の安全性の確保を目的として、食品等事業者(食品・添加物、器具・容器包装、学校・病院等における食品供与、を取り扱う業者)[14]は、販売食品等に関して、次の①②③の努力義務を負う。
- ① 自己責任で、知識・技術の習得、原材料の安全性の確保、自主検査の実施等を行う。
-
② 販売食品等に起因する食品衛生上の危害発生の防止に必要な範囲で、仕入関係の情報を記録・保存する。
(筆者の見方) 問題食品の特定・回収等に必要な情報(仕入先名、仕入年月日、食品等の名称・ロット確認情報等)が考えられる。 -
③ 上記②の記録を国等の行政に提供すると共に、原因食品の適確・迅速な廃棄等の措置を行って危害発生を防ぐ。
(筆者の見方) 販売関係情報(販売先名、販売等年月日、食品等の名称等)が充実すれば、対策の効果が上がる。
2018年改正法は、原則として全ての食品等事業者に、「一般的衛生管理」に加えて「HACCPに沿った衛生管理[15]」の実施を求めている[16]。
「HACCPに沿った衛生管理」の基準(厚生労働省令で規定)は2種類あり、事業者の規模・業種等に応じて、「HACCPに基づく衛生管理(Codexの HACCP7原則に基づく衛生管理)」又は「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理(各業界団体が作成する手引書に基づき簡略化<HACCPの弾力的な運用>された衛生管理)」が適用される[17]。各地の地方自治体が行う監視指導[18]は、この全国統一の基準によって平準化される。
- (参考) 2017年4月以降、多くの食品等事業者団体が「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」を作成して公表している[19]。(2018年以降、公表件数が顕著に増加した。)
- 例 小規模な一般飲食店向け、食品添加物製造(50名未満)、食品添加物製造(ガス充填)、機械製乾めん・手延べ干しめん製造、納豆製造・手引書、納豆製造・記録等記入例、漬物製造(小規模事業者向け)、豆腐製造(小規模な豆腐製造事業者向け)、生めん類製造(小規模な製造事業者の衛生管理のポイント)、米粉等製造、魚肉ねり製品製造(小規模な魚肉ねり製品事業者向け)、スーパーマーケットにおけるHACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書、清涼飲料水の製造における衛生管理計画手引書、他多数
[1] 食品安全基本法4条、6条~9条、14条、15条、21条1項
[2] 平成24年(2012年)6月29日 閣議決定
[3] 「食品安全委員会緊急時対応基本指針」「厚生労働省健康危機管理基本指針」「農林水産省緊急時対応基本指針」「環境省における食品安全に関する緊急事態発生時の対応について」
[4] 1条(目的)、3条(登録)、17条(販売者の届出)、19条(回収命令等)、20条(帳簿)、24条~26条(使用規制)、29条(報告・検査)、31条(監督処分)。同法施行規則16条2項(3年間保管)
[5] 3条(公定規格)、4条(登録を受ける義務)、7条(登録)、17条(保証票)、27条(帳簿の備置)、29条(報告徴収)、30条(立入検査等)
[6] 「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律(通称、米トレーサビリティ法)」1条(目的)、3条(取引等の記録の作成)、4条(米穀事業者間における産地情報の伝達)、6条(記録の保存)、10条(報告、立入検査)、11条(主務大臣等)
[7] 非食用の米穀(特に、輸入米に残留農薬・毒性カビ等の汚染が多かった。飼料用等の工業用への使用は可。)が、食用として販売されていることが発覚し、農林水産省が商社・販売会社等の流通実態を調査した結果、給食・焼酎・菓子等の製造業者に販売されて食用になっていたことが判明した。同省は、判明した流通先(500社以上)を順次公表したが、その多くが事故米穀と知らずに購入・使用していた。
[8] 「米トレーサビリティ法」6条。「米穀等の取引等に係る情報の記録に関する省令(平成21年(2009年)11月5日 財務省・農林水産省令第1号)」7条
[9] 内閣総理大臣(消費者庁長官に委任。政令の定めによりその一部を都道府県知事が行うことができる。)、農林水産大臣、財務大臣
[10] 「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」の通称。
[11] 飼料安全法3条、52条。同法施行規則72条。飼料・飼料添加物の製造業者は、製造に用いた原料・材料の名称・数量(原料・材料が譲り受けた物の場合は、譲受の年月日、相手方名)を記録する。輸入業者が飼料・飼料添加物を輸入した場合は、輸入先の国名・相手方名、荷姿(その飼料等が製造物の場合は、製造国名・製造業者名・原料又は材料の原産国名等)を記録する。
[12] 飼料安全法55条(報告の聴取)、56条(立入検査等)、57条(独立行政法人農林水産消費安全技術センターによる立入検査等)
[13] 食品衛生法1条、3条1項・2項・3項
[14] 食品衛生法3条1項に「食品等事業者」が詳しく規定されている。その概要は、「食品・添加物」を採取・製造・輸入・加工・調理・貯蔵・運搬・販売する者、「器具・容器包装」を製造・輸入・販売する者、「学校・病院等の施設で継続的に不特定又は多数の者に食品を供与」する者、である。
[15] 2018年の食品衛生法改正において「総合衛生管理製造過程承認制度(13条及び14条)」が削除され、同制度は廃止された。
[16] 食品衛生法51条1項(厚生労働省令で次の1号・2号の基準を定める)1号(一般的な衛生管理)・2号(特に重要な工程を管理するための取組=HACCP)。例えば、「HACCPの考え方に基づく衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)平成29年9月 公益社団法人日本食品衛生協会」は次の管理事項を示し、衛生管理の「見える化」を勧奨する。「一般的衛生管理」の要点:①原材料の受入の確認、②冷蔵・冷凍庫の温度の確認、③-1交差汚染・二次汚染の防止、③-2器具等の洗浄・消毒・殺菌、③-3トイレの洗浄・消毒、④-1従業員の健康管理・衛生的作業着の着用等、④-2衛生的な手洗いの実施。「重点管理」の要点:次の3グループ(以下、Gと略)に分けてチェック方法を決める。第1G(非加熱のもの=冷蔵品を冷たいまま提供<刺身等>)、第2G(加熱するもの=冷蔵品を加熱し熱いまま提供、加熱後高温保管を含む<ハンバーグ、唐揚げ等>)、第3G(加熱後冷却し再加熱するもの、又は、加熱後冷却するもの<カレー、ポテトサラダ等>)
[17] 「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化に伴う食品等事業者への監視指導について(薬生食監発0201第1号 平成31年2月1日)」、及び、これを踏まえた「HACCPに沿った衛生管理の制度化に関するQ&A」
[18] 食品衛生法21条の2~24条
[19] 厚生労働省HP「食品等事業者団体が作成した業種別手引書」より抜粋(2019年5月20日時点)。小規模事業者等が無理なく実施できるよう、国と自治体が連携して普及促進を支援する。