会社法・金商法と会計・監査のクロスオーバー(6)
事業報告等と有価証券報告書の一体開示
筑波大学ビジネスサイエンス系(ビジネス科学研究科)教授
弥 永 真 生
1 一体開示の合理性と経済産業省などの取組み
日本において、有価証券報告書提出会社である株式会社には金融商品取引法上の開示と会社法上の開示とが求められている[1]。このような法制は、海外ではあまり見られないものであり、会社にとっては不必要な負担となっている可能性があるし、とりわけ、公認会計士または監査法人による監査に係る監査報告書が、事実上、二重に作成されることにもつながっている。さらに、平成31年内閣府令第3号による企業内容開示府令の改正により、金融商品取引法の下での記述情報(とりわけ、コーポレートガバナンス情報)が拡張され[2]、かつ、令和2年法務省令第52号による会社法施行規則の改正により、公開会社の事業報告の内容とすべきコーポレートガバナンス情報の充実が図られ、両者でかなり詳細な開示がなされることとなった。『監査基準』の改正[3]、会社計算規則[4]及び監査証明府令[5]の改正により、その他の記載内容について、監査報告書(会社法上は、会計監査報告)に記載がなされることとなるため、さらに、重複感が増すことが予想される。
このため、事業報告等と有価証券報告書の一体開示[6]の合理性はさらに高まるものと予想される。また、令和元年会社法改正により電子提供制度が定められたが(未施行)、有価証券報告書提出会社が電子提供措置開始日までに一体書類(「有価証券報告書兼事業報告書」)をEDINET で提出すれば、事業報告等の電子提供措置事項について、別途、電子提供措置をとることを要しないこととされたため(会社法325条の3第3項)、会社にとって、費用の節減やシステムダウンなどによるリスクの回避といった観点から、一体開示のメリットは高まるものと期待される。
このような中で、経済産業省は、1月18日に、「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示FAQ(制度編)」[7]を公表した。また、同日、日本公認会計士協会も監査・保証実務委員会研究報告「事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対する監査報告書に関する研究報告」(公開草案)を公表し、意見募集を開始した[8]。
2 事業報告等と有価証券報告書の一体的開示FAQ(制度編)
「一体的開示」とは、 会社法に基づく事業報告及び計算書類(以下「事業報告等)と金融商品取引法に基づく有価証券報告書という二つの開示書類を、
・ 一体の書類として、又は
・ 別個の書類として、段階的に、もしくは、同時に
開示を行うことをいうとされており、一体の書類として作成すること(一体開示)よりも広い概念として、「一体的開示」を定義している(3~4頁)。
その上で、現行法制下でも、「会社法と金商法の両方の要請を満たす書類(以下「一体書類」という)を作成して、事業報告等として株主総会に報告するとともに、有価証券報告書として提出する一体開示を行うことができます。その場合、開示書類は『有価証券報告書兼事業報告書』という書類名にすることが考えられます。」[9]としている(5頁)。そして、「一体書類は事業報告等でもあるため、定時株主総会招集通知と一緒に株主総会の2週間前までに株主に対して発送する必要」があり、「一体書類の一部(有価証券報告書特有の開示項目)については、開示書類の作成期限が現行実務より早くなるため、会社法の招集通知の発送期限に間に合わない、もしくは、一体書類の監査に必要十分な日程が確保できないケースが想定されます。招集通知の発送期限を遅らせるには、基準日の変更を含め、株主総会の日程を現状より後ろ倒しにすることが必要になります。」と指摘している(13頁)。
また、監査役等の監査報告との関係では、「一体開示により、監査の方法や内容に変更があった場合、株主が監査の信頼性を正確に判断できるようにするためにも、当該部分について実施した監査の内容を踏まえた記載となるように、監査報告の記載の見直しの要否について監査役等において検討が必要と考えられます。」としている(16頁)。
3 「事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対する監査報告書に関する研究報告」(公開草案)
一体開示を行う場合には、会計監査人の監査意見は一体書類に対して表明されることになることから、日本公認会計士協会は「事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対する監査報告書に関する研究報告」を策定しようとしている(研究報告なので、日本公認会計士協会の会員(=公認会計士及び監査法人)を拘束するものではない)。
その公開草案では、「『金融商品取引法の監査対象外』、『会社法の監査対象外』等を個々に明記することにより区分することは煩雑であり、監査の範囲の表示のみならず財務諸表の表示全体の明瞭性を妨げるおそれが生じる」こと、及び、「『その他の記載内容』に対する監査手続についても、一体書類の下では、一方の開示規則では要求されていない事項であっても他方の開示規則の開示内容に対して監査手続を行う必要が生じることが多いと想定される」ことに鑑み、「一体書類において作成される財務諸表に記載される情報は、それぞれの開示規則ごとに区分せず、不可分な情報として取り扱うことが合理的であると判断される」と指摘されている。そして、その「文例に示した一体監査報告書においては、監基報700の補足的な情報の規定……の趣旨に照らして、会社が作成した一体書類に含まれる財務諸表を不可分なものとして取り扱い、それぞれの監査においても財務諸表全体に対して監査意見を述べることと」されている。
この結果、「一体書類に含まれる財務諸表に対して会社法に基づく監査を行い、一体監査報告書において無限定適正意見を表明している場合に、当該財務諸表において会社計算規則の個別の要求事項以外の事項に関する記載に関して除外事項とすべき事項が生じているときにも、会社法の……規定に従って監査人の責任が取り扱われるものと考えられる」とされ、一体開示の場合には、会計監査人の責任が若干加重されることがあり得ることが示唆されている。
以 上
[1] もっとも、計算書類の公告等(会社法440条4項)や募集事項の通知・公告(会社法201条5項、206条の2第3項、240条4項、244条の2第4項)は、金融商品取引法上の開示がなされている場合には、要求されないものとされている。
[2] 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告 -資本市場における好循環の実現に向けて-」(2018年6月28 日)では、「有価証券報告書における情報の充実・整理については、ガバナンス情報の総覧性を高める必要」が指摘され(15頁)、この観点からは、会社法上の開示との重複が生じても、有価証券報告書における開示を求めることにつながることになる。
[6] 一体的開示は、株主総会における議決権行使のための情報提供の観点からも好ましいし、計算書類・連結計算書類について、諸外国では見られない後発事象の取扱い(会計監査報告日から金融商品取引法上の監査報告書日までの間の修正後発事象を開示後発事象として取り扱うというもの)が日本公認会計士協会によって示されている(監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」(最終改正 平成21年7月8日) 4.(2)①b.(a)及び②b.(a)2))という問題を解消することにもつながると期待される。
[9] 内閣官房・金融庁・法務省・経済産業省「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組について」(2018年12月28日)別紙1-2