民事司法改革シンポジウム
民事司法改革の新たな潮流~実務をどう変えるべきか~③
◇開催日 2019年3月23日(土)午後1時~午後4時
◇会 場 弁護士会館2階講堂クレオ
● 第2部 パネルディスカッション
司会・成瀬 それでは、パネルディスカッションを始めさせていただきます。最初にパネリストの御紹介をさせていただきます。
パネリスト(壇上左から):
元日本経済新聞社論説委員/元法テラス理事 安岡崇志様
慶應義塾大学大学院法務研究科教授 三木浩一様
神戸大学大学院法学研究科教授 窪田充見様
日本経済団体連合会ソーシャル・コミュニケーション本部長 長谷川雅巳様
主婦連合会会長 有田芳子様
日弁連民事司法改革総合推進本部本部長代行/弁護士 小林元治
コーディネーター:
日弁連民事司法改革総合推進本部副本部長/弁護士 出井直樹
パネルディスカッションの進行につきましては、コーディネーターの出井さんにお願いしております。出井さん、どうぞよろしくお願いいたします。
コーディネーター・出井 皆さん、こんにちは。出井でございます。私から、最初に簡単に、パネルディスカッションの趣旨を紹介申し上げます。お配りしておりますパンフレットを御覧いただきたいと思います。
日弁連では、2014年6月に、ここに書いてあります、「今、司法は国民の期待に応えているか。我が国民事司法の現状と課題」というシンポジウムを行いました。本日の民事司法改革シンポジウムは、その続編ということになるかもしれません。しかし、冒頭菊地会長の挨拶にもありましたとおり、新たな動きも出てきております。政府においても、民事司法改革を政府を挙げて推進をするということが閣議決定をされております。さらには、先ほど特別報告にもありましたように、民事司法の重要な分野である知的財産関係訴訟について、証拠収集、それから損害賠償の二つの側面を中心に法改正の動きも出てきているということもございます。
これらを踏まえて、また、菅原教授に基調報告をいただいた利用者の視点での現状分析も踏まえて、パネラーの方々から民事司法改革の方向性と課題について、議論をいただきたいと思います。
民事司法の課題というのは非常に広いわけです。今回は基調報告、それから特別報告を受けて、あえて三つの柱に絞っております。三つといいますのは、民事司法へのアクセスの問題、民事司法手続における情報・証拠の収集の手段の問題、損害賠償額の算定の問題、の三つでございます。
このように三つに絞りましても、まだ広いわけです。三つのそれぞれの柱について、1日かかってシンポジウムをやってもおかしくないテーマでございます。盛りだくさんで、かつ時間が限られておりますので、不安ではございますが、何とかコーディネートを務めさせていただきます。
前置きはこれぐらいにしまして、早速パネルディスカッションに入りたいと思います。初めに各パネリストから、それぞれ自己紹介の補充も兼ねまして、時間を限って恐縮ですけれども、手短に問題意識等を述べていただければと思います。それでは、安岡さんのほうからお願いいたします。
安岡・元日本経済新聞社論説委員/元法テラス理事 御紹介いただきました安岡と申します。この肩書にあるとおり、私、新聞社で司法担当の論説委員を7年ほどした後、法テラスで、これもやはり7年ほど仕事をいたしました。
法テラスは、総合法律支援法によって、こういう仕事をしようということが決められていまして、その一部を読みますと、裁判その他の法による紛争の解決のための制度の利用をより容易にするための中核的な組織であると規定されております。
その司法アクセスの改善を使命とする法テラスで、私が目の当たりにしましたのは、法によって解決可能な紛争の多くが、実は放置されている、言葉を換えますと、民事司法への市民からの潜在ニーズが多いのに、それが一向に顕在化しない、つまり、民事司法制度が容易に利用されない日本の社会の現状でありました。
先ほど基調報告の中で菅原教授から、今、日本の司法に求められているのは、市民にとって民事司法制度の利便性とは何か、そういう視点から新たな改革を図ることではないかとの御指摘がありました。
それから、御講演では触れられなかったのですけれども、菅原教授がお配りになったレジュメには、こういう方向性が示されています。費用対策の促進という項目で、訴訟費用の低額化、特に自然人、一般市民にとっての訴訟費用の低額化、それから法テラスで行っています法律扶助制度の拡充が必要ではないかと御指摘いただいています。このレジュメを拝見して、それから講演をお聞きして、全く我が意を得たという思いでおりました。
コーディネーター・出井 三木さん、お願いします。
三木・慶應義塾大学大学院法務研究科教授 御紹介いただきました三木でございます。私は本日、情報と証拠の収集制度の拡充というテーマを中心に喋れということで登壇しております。情報と証拠といっても、証拠も広い意味では、民事訴訟において必要な情報の一つでありますが、日本の民事訴訟の世界の人々のものの考え方とか、あるいは法律のつくり自体も、情報と証拠という言葉に則して申し上げますと、証拠のほうにだけフォーカスがされております。しかし、大事なのは、証拠を含む情報一般、つまり、より広い枠組みということであろうかと思います。そのようなことから、以下では、証拠も含む意味で情報収集制度と短く言いたいと思います。
そこで、日本の現在の民事訴訟における情報収集制度でありますが、これは一言で申しますとまだまだ不十分です。特に、アメリカのディスカバリー等に比べて不十分であるといえます。あるいは、さっきの知財訴訟とか分野にもよりますけれども、アメリカ以外のかなりの国と比べても不十分なところが多々あるということは、誰しも疑いがないところではないかと思います。
情報収集制度を拡充することによって、事案解明がより進めやすくなる。ひいては、真実に即した裁判ができる。そして、裁判にとって真実に基づいた判決というのは、法の正統性というか、裁判の正統性を担保する最大の根幹であるといえるわけであります。
そこまでは、いわば常識であります。真実発見は大事だ、そのために証拠収集、情報収集は大事だと。しかし、後で時間をいただいたときに敷衍して申し上げますけれども、情報収集制度の拡充というのは、真実発見にだけにとどまりません。裁判の迅速化とも関係してきます。あるいは、争点整理の充実とも関係してきます。さらには、和解の促進、それも訴訟を進めていって費用や手間がかさんだ後での、しかも裁判官に強く促されて、悪い言葉で言うと押し付け型の和解を渋々のむという形をとらずに、訴訟の早い段階で自発的な和解が促進されるという意味でも、情報収集制度の拡充は重要です。
その意味では、政治家がよく使う言葉をお借りすれば、情報収集制度は、民事訴訟にとって、真実発見という一つの村の問題にとどまらず、いわゆる1丁目1番地であるということを冒頭に申し上げておきたいと思います。
コーディネーター・出井 続いて、窪田さん、お願いいたします。
窪田・神戸大学大学院法科研究科教授 神戸大学の窪田でございます。私の専門は民法ですが、最近は、民法の中でも家族法の仕事を引き受けることが多くなっておりました。ただ、私自身は大学を卒業して以来、自分の研究領域としては、不法行為法を専門テーマとして、不法行為法が本籍地だと思っておりましたので、今回こういう形で参加させていただいて大変喜んでおります。
見開きの紹介を兼ねたところにも書いてありますが、私自身は、不法行為法の中でもとりわけ不法行為法の役割、損害賠償制度が一体どういう機能を持っているのかということに関心を持っておりました。
我が国の場合ですと、制裁とか、そういうことは言うなと、基本的な損害の填補であって、それ以上のものではないというのが不法行為法の学説における主流なのだろうと思います。ただ、比較法的な視点からは、パンフレットにも書いてありますが、懲罰的損害賠償を認めているアメリカ等はもちろんのこと、それ以外のドイツにおいても、従来は損害の填補が目的であるとされてきたのですが、最終的には不法行為の抑止ができるかどうかというとこを目安にして損害額を決めるといった、これは1990年代なのですが、我が国の最高裁に当たる連邦通常司法裁判所の判決が出て、それ以降、そうした目的や機能を無視できない流れになっております。
また、フランスは、そもそも我が国と違って、個別的な損害項目を積み上げるという方式をとっていませんので、慰謝料算定と同じような方式で、裁判官が一発で決めるということになります。そのため、実はその中に制裁的な側面、あるいは損害不法行為の抑止といった機能も入っているのではないかということが指摘されております。
そうした観点から日本法も、もう少し柔軟にいろいろなことを見直すことができるのではないのかなと考えておりました。今日の御報告との関係で言いますと、宗像長官の特別報告の中でも、特許法等の改正についてのそうした側面についても触れられておりました。
もちろん、いろいろな側面があるのですが、特に損害賠償に関しては、その点で、大変に大きな意味を持った改正ということになるだろうと思います。というのは、特許法をめぐる状況に関しては、もちろん特許法固有の問題というのもあるわけですが、損害賠償の話に関して言えば、別に特許権の侵害と他の権利の侵害が、本質的に異なるというわけではないからです。
その意味で今回こうした形での改正がなされたということは、単に特許法固有の問題としての一つのステップにとどまるものではなくて、我が国の損害賠償法全体に大きな影響を与えるのではないかと思っております。詳しい点については、また後ほど機会があればお話をさせていただきたいと思いますが、そういう意味でも今回、基調報告、特別報告と関連して、シンポジウムがうまくできればと思っております。
コーディネーター・出井 ありがとうございます。続いて、長谷川さん、お願いいたします。
長谷川・日本経済団体連合会ソーシャル・コミュニケーション本部長 経団連ソーシャル・コミュニケーション本部の長谷川でございます。本日は、よろしくお願いいたします。経団連事務局で司法制度を担当している部署は経済基盤本部というところで、私が現在所属している本部は本来担当ではないのでございますけれども、昨年5月までその経済基盤本部というところにおりまして、司法制度改革を含みます一般法制を担当していた関係から、本日は光栄にも小林先生、光栄というか不運にかもしれないですけれども、小林先生にお声がけいただいて、御登壇させていただくということになった次第でございます。
本日のパネリストのメンバーを見ていますと、おそらく私に期待されているのは、ユーザー側の立場としていろいろ発言させていただくということなのかなと思っておりますので、その立場で発言させていただきたいと思っているところでございます。
言うまでもないことでございますけれども、企業が内外で事業活動を円滑に行っていくというためには、公正かつ効率的な紛争解決システムの存在が重要でございます。加えまして、昨今、技術進展等もあり、専門性も求められているのかと思っているところでございます。
経団連では、司法制度改革につきましては、90年代に積極的に関与してまいりましたが、改革がひとあたり終了した後は、率直に申し上げまして、司法制度改革について、本格的な検討というのを行っていないという状況でございます。
なぜ本格的な検討を行ってきてこなかったかという点については、事務局の不勉強ということもあるのかもしれませんけれども、経済界全体の共通認識として、この点の改善が必要であるとか、変更が必要であるとか、そういったものが大きな声としてあがってきていないというのが、私どもの認識だったということかと思います。
その意味で、本日申し上げる私の発言は、経団連として本格的に司法制度改革について検討を行った上のものではないということについては、御理解いただければと思っております。現在、政府部内で、司法制度改革の本格的検討に向けた準備も進められているということでございますので、その過程で経済界といたしましても、よく勉強して対応していきたいと考えているところでございます。
コーディネーター・出井 ありがとうございます。続いて、有田さんお願いいたします。
有田・主婦連合会会長 主婦連合会の有田と申します。私は、もちろん法律の専門家でもございませんし、資料の中に書かれている経歴の中でも、これまでの司法との関わりは書かれていませんので、少しだけ司法制度改革に関わってきたことを述べさせていただき、後段で本日の意見としてさせていただきたいと思っております。
そもそも私は、2000年6月から全国消費者団体連絡会(以下「全国消団連」と言います。)の事務局として、環境と司法制度担当の事務局として関わることになりました。1999年に司法制度改革審議会が立ち上がり、本格的な議論は2000年から始まったと思うのですが、消費者団体代表として、主婦連合会の事務局長で、後に会長になられた吉岡初子さんが、司法制度改革審議会の委員を委嘱され、吉岡さんを支援するための研究会が全国消団連に作られ、私は研究会の事務局を担い、司法制度改革審議会でADR研究会が行われた際には吉岡さんに随行を依頼され参加いたしました。また、東京弁護士会の司法制度改革勉強会にも参加するなど、全国消団連に関わり始めたその日から非常に忙しい2年間を過ごしました。
私は、それまでは食品衛生法や、環境法など、そういう分野には関わっていたのですが、司法制度は、ほとんど知らない状態の中で関わりましたので、いろいろ本も買いまして勉強しながら事務局として関わりました。
そして、その後、中間報告が出た後に、司法制度改革推進本部ができADRのヒアリング対応などもいたしましたし、東京弁護士会で行われた仲裁の勉強会などにも参加いたしました。
そういう中で多様な問題点に自ら気づくことにもなりました。今日の40/40という青い表紙の資料の一番後に私のレジュメがありますので、レジュメの1番の部分だけ読み上げさせていただいて自己紹介に代えたいと思います。
離婚、相続、借地・借家、消費者被害、雇用、環境、企業間トラブル、倒産、行政との紛争など法的問題が起きたときに、「民事司法」は市民の権利・人権を守って被害を救済し、紛争解決を支援し、また紛争の発生、拡大を防ぐなど極めて重要な役割を果たさなければなりません。
司法制度改革審議会意見書に基づく司法制度改革は、「法の支配」が隅々に行き渡る社会の構造を目標に掲げ、民事司法の分野では「利用しやすくする」「頼りがいのある」「公正な民事司法」を目指しました。
しかし、民事・家事・行政の裁判制度をはじめとする民事司法の分野は多くの手つかずの問題や積み残しの課題が、そのままにされてきました。
市民団体など司法を利用する側から見ると、裁判には時間も費用もかかり、気軽に相談できる法律家が身近にいないなど、「利用者から遠い」状態は、相変わらず解消されていません。
これは、今日も配布されている2013年10月、民事司法懇最終報告書より引用させていただいておりますが、2001年の司法制度改革審議会の中間報告のときにも、私たち消費者・市民団体はそのような認識を持っておりましたし、本日、特に私にテーマとして与えられたと思っております司法アクセスの問題は、一部分は改善されたと思いますが、まだまだ手つかずのところが多いのではないかと思っております。
コーディネーター・出井 最後に小林さん、お願いします。
小林・日弁連民事司法改革総合推進本部本部長代行 日弁連の民事司法改革の総合推進本部で本部長代行をしております小林でございます。
先ほどの基調報告、特別報告がございました。それにコメントさせていただきますと、菅原先生が言っておられましたように、民事訴訟を利用した人が利用しやすい、あるいは満足度がどうなのかということで言いますと、やはり2割程度の人しか肯定的な評価をしていない。これが2001年の制度改革が始まる前、その後も11年、2016年とアンケートを実施したけれども、それが基本的にはあまり変化していない。ただ、大企業等のユーザーの評価は、やや向上しているところはあるけれども、基調として利用しやすさ、満足度、こういった点の評価が上がっていない。そういったことがやはり民事司法が刑事に比べて一周遅れと評価されている所以でもありますし、民事司法改革を、やはり政府を挙げて取り組まなければいけないという理由もそこにあるのだろうと思います。
菅原先生が以前に論文を書かれております。その論文のことは、今、有田会長が触れられました民事司法を利用しやすくする懇談会の最終報告書というのがございまして、そこの11ページから12ページのところの脚注のところにもありますように、日本の裁判というのは、日本人が裁判嫌いというわけではなくて、公正な裁判を求めていると、日本人は白黒をつけて公正な解決を求めるという欲求が強いんだと。
日本人が、それではなぜ訴訟回避をしているかというと、それは制度的な要因にあるんだという御指摘をされています。
日本の諸外国との人口比でいくと、通常事件と言われるものは、アメリカの8分の1、フランスとかイギリスの4分の1、ドイツと韓国と比べると3分の1。なぜこれが増えないのかと。今通常事件数というのは、大体10万件程度でほぼ横ばいなんですね。そういう状況があるという中で、やはり日本の司法制度を改善していかなければいけない。ユーザーのやはり期待に応えられていないという問題もあるのだろうと考えられます。
それからもう一つ、知財改革のことを先ほど宗像長官がお話になりました。昨年の10月に、この知財改革の議論が始まりました。今日、会場にも玉井委員長がお見えでございますけれども、そこで始まって2月の中旬に取りまとめをし、3月の初めには法案の閣議決定までできた。数か月で、やはりこれだけのことを使命感とスピード感をもってやっていただいたと、これは本当に関係者の御努力の成果と思います。
こういう背景には、やはり知財訴訟というのが、先ほど宗像長官が中国や韓国との比較もおっしゃっておられましたけれども、特許件数の出願件数というのは、日本は非常に少なくて、中国は日本の4倍になっているというようなことがありますし、知財訴訟の件数でいきますと、本当に知財訴訟の件数というのは、日本は少ないわけですよね。約700件未満という感じで、中国の受理件数の300分の1と、こんな状況でございまして、やはりこれは、日本が技術立国だとか知財大国という看板を出していますけれども、やはり看板が泣いてしまうと。
やはり優れた特許というのは、国がそれを保護して、そして権利侵害に対してはきちっとそれを守る。そういった制度づくりを目指すという関係者の御努力、これは大変なものがあると思いますし、この民事司法改革においても、そういった考えを維持しながら進んでいかなければいけないのではないかなと思った次第でございます。以上です。
コーディネーター・出井 ありがとうございました。それでは、ここから三つの柱、司法アクセス、証拠・情報収集手段の拡充、損害賠償、これら三つの柱について、順次議論をしていきたいと思います。
④につづく