債権法改正後の民法の未来 76
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(2)
関西法律特許事務所
弁護士 赫 高 規
4 立法が見送られた理由
3⑵ウのとおり、法制審部会第82回会議で、事実上の優先弁済を否定する規律を置くことが見送られたが、その理由については、部会資料73A(55頁)に説明があり、次の点があげられている。
- ① 相殺による事実上の債権回収機能を否定すると、実務上相当の手間をかけて行われる詐害行為取消権を行使するインセンティブが失われ、ひいては詐害行為に対する抑止力としての詐害行為取消権の機能をも失わせることになる。
- ② 取消債権者による相殺を禁止し、債務者の取消債権者に対する返還債権を目的とする債権執行を要求したとしても、他の債権者が転付命令前に執行手続に参加することは実際上想定しにくく、取消債権者の手続的な負担が増えるだけとなる可能性もある。
- ③ 債務者は取消債権者からの訴訟告知を受けて被保全債権の存在や債務者の無資力等について争う機会を与えられ、他の債権者も詐害行為取消権を行使する機会が等しく与えられており、受益者にとっても詐害行為取消権の要件が明確にされ適切に限定されるのであれば著しく保護に欠けるとまではいえない。
- ④ 「仮に相殺禁止に関する明文の規律を置かないとしても、相殺権濫用の法理などによって相殺が制限されることも考えられ、とりわけ個別の事案における債権者平等の観点からそのような判断がされることは十分にあり得る(弁済の取消しに関する事案など)。」
5 改正民法下における事実上の優先弁済
改正民法の規定のうち、事実上の優先弁済に関連するものは、424条の9及び425条である。
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このうち424条の9第1項前段及び第2項は、改正によって新設された規定であり、取消債権者が、逸失財産の返還ないし価額償還として、受益者ないし転得者に対し、金銭または動産を、自己に直接引き渡すよう請求できる旨の改正前民法の判例法理(2参照)を明文化する趣旨のものである。
424条の9第1項後段は、改正前民法の判例法理とは異なる425条の規律の存在を前提として、解釈上の疑義を生じさせないようにするために設けられた規律である。
すなわち、改正前民法の判例法理は、相対的取消しの法理(2参照)を採用していたが、逸出財産が不動産である場合の取消後の法律関係を適切に説明し得ないこと等を根拠に、改正民法425条では、取消しの効力を債務者に及ぼすことになったのである。そうすると、取消債権者が、424条の9第1項前段に基づき、受益者等に対し、詐害行為の取消し、及び、金銭の支払または動産の引渡しを請求し、これが認められた場合に、当該取消しの効力が債務者に及ぶ結果として、受益者等に対する、逸出財産の返還請求権(すなわち金銭支払請求権または動産引渡請求権)ないし価額償還請求権は、取消債権者のみならず、債務者もこれを有することとなる。
このことを前提とすると、受益者等が取消債権者に対し金銭の支払等をした場合に、取消債権者の受益者に対する金銭支払請求権等は満足して消滅するとしても、債務者の受益者等に対する金銭支払請求権等の帰趨如何が当然に明らかであるとはいえない。そこで、かかる場合に取消債権者の請求権のみならず債務者の請求権も消滅し、受益者等が債務者との関係で免責されることを明確にするため、424条の9第1項後段が設けられたのである。
そして、この場合には、受益者等への請求権を失った債務者は、債務者に代わって債務者財産である金銭または動産の支払ないし引渡しを受けた取消債権者に対して、その返還請求権を有することになる。
(3)につづく