◇SH0058◇最一小決 平成26年3月17日 死体遺棄、傷害致死、傷害、殺人被告事件(山浦善樹裁判長)

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 事案の概要

 (1) 本件は、殺人、傷害致死、死体遺棄各1件と傷害7件からなる事案であるところ、このうち傷害2件につき、一定の期間内に多数回の暴行を加えたことによる傷害の公訴事実について訴因不特定の主張があり、その前提として包括一罪とみてよいかが問題となったものである。すなわち、それら各傷害事件の訴因(本件決定の職権判断部分1に記載されている。)は、約4か月又は約1か月という一定期間内に被害者に対し繰り返し暴行を加え、傷害を負わせたことが、それぞれ一つの傷害の公訴事実として記載されており、個別機会の暴行の日時等や、それら暴行に対応する傷害結果の発生を個々に特定して記載するものではなかった。これについて、1審では、弁護人から訴因不特定の違法がある旨の主張がなされ、1審判決は、この2件の傷害はいずれも包括一罪を構成するとの判断を前提として、訴因の特定に欠けるところはない旨判断し、原判決もこれを是認した。

 (2) 上告趣意では、大要、「個々の機会の暴行により傷害を負わせた事実ごとに傷害罪が成立し、個々に訴因を特定することを要する。各傷害事件が包括一罪に当たり、本件程度の訴因の特定で足りるとの原判断は、憲法31条等に違反し、判例に違反する」旨の主張があり、本決定は、これら憲法違反、判例違反の主張を実質は罪数判断や訴因の特定に関する単なる法令違反の主張と解した上で、職権による判断を示したものである。

2 罪数

 (1) 本件のような一定の期間内に反復された複数の行為と法益侵害がある場合に包括一罪と認めた判例としては、麻薬施用者免許を受けている医師による同一の麻薬中毒患者に対する多数回の麻薬施用(最二小判昭和31年8月3日刑集63巻4号331頁)や麻薬交付(最三小判昭和32年7月23日刑集11巻7号2018頁)、被害者の子女を一流歌手として世に出すための運動費という名目で、1か月弱の間に5度にわたり金銭を騙取した行為(最一小決昭和35年6月16日裁判集刑事134号87頁)、同一の登録商標の商標権侵害行為を継続した場合(最三小決昭和41年6月10日刑集20巻5号429頁)についてのものがあるほか、約2か月間にわたり多数の通行人から現金を騙しとった街頭募金詐欺を、同詐欺の特徴に鑑みて一体のものと評価し包括一罪と解することができるとしたもの(最二小決平成22年3月17日刑集64巻2号111頁)がある。なお、包括一罪について、多くの論者は、複数の法益侵害事実が存するにもかかわらず一罪として処理する根拠を、法益侵害の一体性と行為(主観面を含む)の一体性に求めているところ、これら諸判例も、そのような観点を踏まえて判断しているものと理解できる。

 (2) ところで、最高裁判例で、ある程度の間隔を置いて暴行を反復し、傷害を負わせた事例について、その罪数につき判示したものは見当たらず、高裁判例としても、1時間弱のうちの2度の機会に同じ建物内で同じ被害者に対し暴行を加え、傷害を負わせた事案で包括一罪と判断したもの(東京高判昭和52年10月24日刑裁月報9巻9~10号636頁)が見られる程度である。ところが、近年、配偶者・同棲相手に対する暴力(いわゆるDV)や児童虐待等の事案で、数日間ないし数か月間にわたり繰り返し暴行を加え、傷害を負わせたことについて、検察官が一罪として起訴する事例が散見されるようになった。そうした事件では、弁護人が訴因不特定を理由に公訴棄却判決を求めることがあり、地裁レベルでは、訴因の特定についての判断の前提として、傷害の包括一罪に当たる旨判示するものが見られたが、高裁レベルの判断は、本件の原判決以外には見当たらない。

 (3) そのような中、本決定は、本件2事件の事実関係を踏まえた上で、学説が包括一罪を認める根拠とし、従来の判例も前提としてきたと考えられる、法益侵害の一体性と主観面を含む行為の一体性に着目して、「全体を一体のものとして評価し、包括して一罪と解することができる」旨を判示したものである。

3 訴因の特定

 (1) 一般に、訴因の機能、目的は、「審判対象の画定」と「被告人に対する防禦範囲の明示」の二つがあるとされており、判例(最大判昭和37年11月28日刑集16巻11号1633頁)も、刑訴法256条3項の規定の所以は、「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解される」と判示している。訴因の特定を要する程度について、学説上は、この両機能のうち前者を重視し、訴因は、他の犯罪事実と識別し得る程度の記載を要し、それで足りる(審判対象が画定されれば、同時に防御範囲も明示されるから、後者の機能も果たされる)という見解(識別説)と、後者を重視し、審判対象の画定に必要な範囲にとどまらず、被告人の防御権の行使に十分な程度の記載を要するとの見解(防御権説)との争いがあったが、実務では、識別説による運用が定着している。

 (2) 訴因の特定やこれと関連する判決書における罪となるべき事実の摘示(刑訴法335条1項)に関し判示した判例は相当数あるが、このうち、多数の行為がある場合についてのものとしては、常習賭博罪の判決書における罪となるべき事実の摘示についてのもの(最三小決昭和61年10月28日刑集40巻6号509頁)、麻薬特例法5条所定の罪(業としての営利目的覚せい剤譲渡等)の訴因の特定についてのもの(最一小決平成17年10月12日刑集59巻8号1425頁)、包括一罪を構成する街頭募金詐欺の判決書における罪となるべき事実の摘示についてのもの(前記最二小決平成22年3月17日)があり、これら判例は、全体として特定することで足りる旨の判断を示している。これは、そのような常習犯、営業犯、包括一罪の事案では、犯罪を構成する個々の行為の個性・独自性は捨象されることから、その個別の特定は不要であり、全体として特定(他の犯罪事実との区別・識別)されていれば足りるとの立場と考えられ、識別説からの当然の帰結ともいえると思われる。

 (3) 本決定は、包括一罪を構成する一連の暴行による傷害について、本件のような訴因、すなわち、個別機会の暴行の日時等が記載されておらず、各機会の暴行と傷害の発生、拡大等との対応関係が個々に特定されていない訴因であっても、共犯者、被害者、期間、場所、暴行の態様及び傷害結果を記載することをもって、訴因の特定に欠けるところはない旨判示したものであり、これまでの判例と同様の立場からの判断と考えられる。

4 最後に

  (1) 以上のとおり、本決定の各判示は、従来の判例の立場から自然な結論と考えられるものの、罪数判断、訴因の特定についての判断の双方ともに、同一の被害者に対し一定の期間内に反復累行された一連の暴行により傷害を負わせたという事案において、最高裁として初めての判断を示したものであり、類似事案、特に、DVや児童虐待等の事案の公訴提起や、1審における手続進行の在り方に影響するため、参照価値は大きいと思われる。

 (2) なお、訴因の特定としては本件程度で足りるとはいえ、被告人の防御の観点では、個々の暴行や受傷についても、できるだけ具体的に示すことが望ましく、本件のように公判前整理手続に付された事件でいえば、当事者及び裁判所は、証明予定事実記載書面の記載、検察官の釈明、証拠開示等を通じて、被告人の防御の観点から不都合が生じないように努めるべきものと思われる。この点、本件では、記録によれば、公判前整理手続の過程において、検察官による証明予定事実の記載や釈明として、各被害者が医療機関を受診した日にちと傷害結果の診断内容を個別具体的に明示し、個別傷害とその原因となった暴行態様との対応関係を特定し、暴行の時期及び場所も相当程度特定している。そのほか、当事者間で行われることであるため詳細は不明であるが、共犯者、目撃者及び被害者(生存している2件目の事件のみ)の各供述調書を含む多数の証拠が開示されていた様子である。

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