ベトナム:【Q&A】新型コロナウイルスに伴う休業時の対応
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
- Q: 新型コロナウイルス感染症が世界的に広がる中、弊社のベトナム工場でも影響が出てくることが懸念されます。以下のような事態が生じた場合、ベトナム労働法の観点からはどのように対応したらいいでしょうか。
- 1. (流行地域への渡航歴や感染者との明確な接触のない)工場の従業員に感染の疑いのある症状が出たが、感染の有無は不明の場合
- 2. 工場の従業員に感染者が出た場合
- 3. 中国の工場が新型コロナウイルス感染症の影響により操業停止となったため、原材料の調達が困難となり、ベトナム工場の操業を止めなければならなくなった場合
- A:
1の場合
使用者は、職場における労働者及び関係者に対して労働安全衛生を確保する職場環境を構築し、運用する義務(「安全配慮義務」)を負うとされており(現行労働法第6条第2項第đ号、労働安全衛生法第7条第2項a号等)、一般に、使用者は、労働者への感染予防の観点から必要な措置を採ることが求められます。したがって、特定の従業員に感染の疑いがある場合、他の従業員に対する安全配慮義務の観点からは、①感染の疑いがある従業員に対し一定期間在宅勤務や出勤停止を命じることや、②在宅勤務や出勤停止が業務上不可能又は困難である場合は、当該従業員に対し、適切な診療所を直ちに受診するよう命じ、その結果によって、当該従業員の休職の要否を判断するなどの対応を行うことが必要と考えられます。
また、労働者を休職させた場合、(ⅰ)使用者の責に帰すべき事由による場合には賃金の全額を(法第98条第1項)、(ⅱ)「危険な疫病」や「他の客観的な原因」等に基づく場合には、地域別最低賃金を下回らない範囲で労働者と合意した水準の賃金を支払う必要があります(同条第3項)。Q1の場合、まずは当該従業員に対し、有給休暇の取得を促すか、合意を得て無給で休業するよう求めるのが適当と考えられますが、従業員がこれらに応じない場合には、会社の判断で休職を命じることになると考えられます。この場合、まだ感染の疑いがある段階に過ぎないため「危険な疫病」による休職には該当せず、貴社の都合による休職であるとして「使用者の責に帰すべき事由」に該当し、賃金の全額を支払う必要があるものと考えられます。
2の場合
現時点までのベトナム政府の対応によれば、従業員に感染者が出た場合、当該従業員は感染者(F0)として、感染症防止法の規定により、医療機関での隔離措置を命じられることになります。また、当該従業員と濃厚接触があった他の従業員もF1として隔離対象となり得る他、当該従業員が勤務していた職場も一時閉鎖が余儀なくされる可能性があります。
新型コロナウイルス感染症は、2020年2月1日付首相決定第173/QÐ-TTg号により、非常に強く死亡率も高い危険な感染病であるAグループの感染病に分類されているため、上記(ⅱ)の「危険な疫病」に該当するものと考えられます。したがって、このような場合の工場閉鎖による従業員の休職については法第98条第3項が適用され、貴社は休職を余儀なくされた従業員に対し、当該休職期間中、地域別最低賃金を下回らない範囲で労働者と合意した水準の賃金(通常の賃金の75%などと労働協約で合意されている例もあるようです)を支払えばよいと考えられます。
3の場合
休職の直接的な原因が原材料不足に基づく操業停止である場合、このような休職は、法第98条第3項の「危険な疫病」や「他の客観的な原因」による休業に該当するとは一概にはいえず、個別具体的事情を考慮して判断する必要があります。労働法及びその他関連法令並びに裁判例でも、どのような場合に「他の客観的な原因」による休業といえるのかは明らかではありませんが、例えば、当該中国の工場以外から原材料を調達する難易度、貴社が原材料の在庫を十分に備蓄しておくことの難易度等、貴社が通常の経営者として最大限の注意を尽くしてもなお避けることができない休業であると判断されるか否かなどが考慮要素になると思われます。