◇SH3080◇事業再生の専門家に聞く(後編) 上田裕康/伊藤眞(聞き手:西田章)(2020/03/31)

法学教育

「事業再生の専門家に聞く(後編)」

 主演:上田裕康(弁護士・アンダーソン・毛利・友常法律事務所)

 共演:伊藤眞(東京大学名誉教授)

 

 前回(前編)では、上田裕康弁護士が、英国留学から帰国後に、村本建設の会社更生事件(1993年)を契機として、次々に事業再生の大型案件に関与されて、2008年のリーマン・ブラザーズの日本法人の民事再生手続の申立代理人を務められて、事業再生の専門家たる地位を確立なされた後に、2017年に、新たな挑戦として、アンダーソン・毛利・友常に籍を移して仕事の幅を広げられて活躍されるようになった経緯をお伺いしました。そして、テーマを、「プロが尊敬できる実務家像」に移した今回(後編)は、伊藤眞教授にもご意見を伺いながら、「弁護士としての案件への取組み姿勢/キャリア選択」に関する話から始まり、「プロが尊敬できる研究者像」について議論を移した後に、最近のトピックとして、「コーポレート・ガバナンス/社外役員論」と「働き方改革/テクノロジー(AIを含む)の進歩」についても、主演・助演の先生方のご経験に基づいたご見解をお伺いします(本インタビューは、2019年12月17日に琥珀宮(パレスホテル東京)にて開催されたものです(聞き手:西田章))。

 

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     (前編において)上田先生が事業再生の専門家としてクライアントから信頼され、かつ、同業者から慕われている理由を理解することができました。ただ、これは、上田先生のお人柄による部分が大きいため、若手弁護士が簡単に真似できるモデルでもないようにも思われます。上田先生とは違ったタイプでも、若手弁護士が目標に置けるようなキャリア・モデルをイメージしてみたいと思うのですが、伊藤先生が「この弁護士の仕事振りはすばらしい」と感じられた方が他にもいらっしゃれば、お教えいただけないでしょうか。
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     事業再生とは別の分野ですが、私が、この2年ほど関与してきた事件に、郵便訴訟というのがあります。これは、愛知県弁護士会が、通信事業者に対して、弁護士法23条の2に基づく弁護士照会を拒絶しないようにしてもらうために行っている訴訟です。損害賠償請求の形での司法判断を求めても、最高裁に認められずに、次に、報告義務の確認訴訟の形での司法判断を求めても、これも不適法とされて、判例法理は確立してしまいました。
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     伊藤先生が、ご論文(「弁護士会照会運用の今後―最二小判平30・12・21が残したもの―」金法2115号(2019)14頁等)を公表されてきた事件ですね。
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     詳しくは、事件を担当された石川恭久先生(愛知県弁護士会)が自由と正義(2019年11月号)に論文(「愛知県弁護士会と日本郵便との訴訟の経緯と意義」)を掲載されているので、内容はそちらをご参照いただければと思いますが、この間の付き合いを通じて、不屈の弁護士魂ともいうべきものを感じさせられました。
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     ビジネスとして弁護士業務をしているだけではできないものを感じられた、ということでしょうか。
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     この訴訟に勝ったからといって、当事者や代理人弁護士が特段の経済的利益を期待できるわけでもないと思われます。弁護士会照会という制度の機能を確保し、国民の司法への期待に応えるため、狭い道でも、ほんの僅かでも隙間があれば諦めずに、膨大な時間と努力を費やされたのだと思います。司法による社会正義の実現(弁護士法1条)を目指す姿勢に非常に感動しました。
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     その姿勢に胸を打たれて、研究者の立場から、意見書を提出して伊藤先生もご協力をなされたのですね。
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     愛知県弁護士会の主張に納得ができたことが、意見書の作成をお受けした最大の理由です。それに加えて、担当する弁護士の先生方の取組み姿勢にも共感してお引き受けしました。
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     だからといって、無報酬で協力をなされた伊藤先生も素晴らしいと思います。意見書の作成には相応の時間も要するのではないでしょうか。
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     意見書を作成するためには、自分の考えを、どうやって裁判所に伝えるか、ということを真剣に考えなければなりません。論文を執筆するのと同じことなので、相当な時間はかかってしまいます。報酬の問題については、以前に「法律意見書雑考」(判例時報2331号(2017)141頁)と題する愚見を公表した折に、英米法専攻の樋口範雄名誉教授(東京大学)より、アメリカで行われているアミカス・キュリエについて御教示をいただきました。これは、当事者代理人の依頼を受けてではなく、研究者が裁判所に判断材料を提供するために自ら提出する意見のようですが(英米法辞典48頁)、ある意見の冒頭に「当事者からいかなる財産的利益の供与も受けていない」旨が誌されておりました。

     わが国には、事件に関わりのない研究者が直接裁判所に法律意見を提出する方法がないものですから、郵便訴訟では、当事者である愛知県弁護士会の代理人の手を経て提出する方法をとりましたが、気持ちとしては、アミカス・キュリエと同様の姿勢で、愚見を述べました。論文冒頭に「弁護士会の求めに応じて……意見書を提出しているが、……依頼者たる弁護士会から一切の財産的利益の供与を受けていない」と付記しているのは、それを表したつもりです。

     千葉勝美弁護士(元最高裁判所判事)が、わが国の「司法部の立ち位置」について、学説と裁判実務の乖離を指摘されていますが(『違憲審査――その焦点の定め方』(有斐閣、2017))、アミカス・キュリエのような制度ができれば、その乖離も多少なりとも縮まるように思います。

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     「弁護士会照会運用の今後」(金法2115号(2019)14頁)の論文では、最高裁の判決に対して「賛同できない」「確認の利益を認めるべきである」という強い表現で批判を述べておられます。このように最高裁判決と異なる意見を公にすることに躊躇はないのでしょうか。
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     研究者ならば、最高裁の判例でも批判の対象にすることは当然のことです。学生のみならず、研究者教員までが「判例・通説依存症候群」(拙著『法律学への誘い〔第2版〕』(有斐閣、2006)3頁)に罹ってはと思うのは、老耄のためでしょうか。
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     この論文では、批判に続いて、「判例法理を前提とした今後の弁護士照会制度」として、「各種団体の社会的責務」「ソフトローとしての報告義務に関する規範形成の必要性」「仲裁の利用可能性」についても論じておられますね。
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     判例を批判するだけで終わっては、研究者としての責務を果たしえないと考えたからです。実務家が判例法理を基準にして行動するのも当然のことですから。批判はもちろん書きますが、判例法理が確立された以上、それを前提として弁護士会照会制度の適正な運用がどうあるべきか? を示さないと、研究者の社会に対する責務を果たしたことにならないと思いました。
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     大変に勉強になります。ところで、郵便訴訟は、具体的案件への取組み姿勢としての学ぶべきものが大きかったのですが、「弁護士の生き様」についても、伊藤先生が一目置かれているようなキャリア選択のあり方があれば、教えていただけないでしょうか。
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     そうですね、先ほど、上田さんがお話しされていたように、大企業や金融機関を代理して、日本経済に関わるような大事件を担当されるのは、弁護士のあり方の目標になると思いますが、それだけでなく、地方の、弁護士過疎と呼ばれる地域で、市民のために活動している法律家の存在も不可欠だと思っています。
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     具体的に頭に描かれている弁護士がいらっしゃるのでしょうか。
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     2018年4月に、商事法務のポータルで私のインタビュー記事を掲載していただいた後に、随分と昔の教え子が、その記事を読んで感想を送ってきてくれました。彼は、法テラスの常設事務所やひまわりの公設事務所が活動するよりも前に、過疎地で活動を始めた弁護士でした。
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     優秀な方が、敢えて過疎地での活動を選ばれたのですね。
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     はい。当時は、漠然と、彼は郷里に対する思いで選択をされたのだろうと考えていました。
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     しかし、理由があったのですね。
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     彼から頂いたお手紙を読んで、彼が子供の頃に、同族会社経営の内紛がきっかけで、尊父が会社から追放され、新婚早々の母堂とともに飲食業を営み、昼夜を通して身を粉にして働かざるを得ない状況に陥り、幼い彼を育てる十分な時間の余裕がなかったところ、隣で青果業を営む方が大変に親切にしてくれたこと、そのことが彼の生き様に影響を与えて、自分はそういう人たちを助けるような仕事をしたいと思った、という動機を知ることができました。
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     伊藤先生が、インタビューの冒頭で、お父様が中小企業の経営者であったことのご苦労を語られていたことを読まれて、お手紙を書かれたのですね。
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     裕福な家庭に育ち、社会的地位が高く、華々しい活動をしていても、周囲に対する配慮を欠いた言動や行動をする方もいますが、経済的には恵まれなくとも、隣人からの心遣いを受けたことが、毎日を懸命に生きる人たちへの心の芽を育てるという、思いやりの連鎖というべきものもあるのだと感動しました。
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     本当に伊藤先生のお言葉には心をうたれます。事業再生に取り組んでいる弁護士の原点は、目の前の苦しんでいる人を助けてあげたいという想いです。企業の事業再生であっても、その根底には、その企業で働いている人達の生活を護ってあげたいという気持ちがあります。今でこそ、「事業再生」というと、社会的に立派な仕事をしているように聞こえますが、昔は、「倒産弁護士をしています」と言うと、「ヤクザ対策ですか? 整理屋対策ですか?」というイメージで受け止められていましたので、若い弁護士から人気がある分野ではありませんでした。人気の有無にかかわらず、事業再生が社会において必要とされる理由、何のための事業再生なのかという原点から事業再生を捉えて頂けたらと思います。
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     「倒産」から「事業再生」へと言葉が変わり、社会的イメージが向上しましたね。
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     経済的に困窮に陥った企業を投資対象として見るプライベート・エクイティ・ファンド等のスポンサー候補が出て来て、色々なプレイヤーが参入してきたことが、マーケットを活性化させたのだと思います。そのことに伴い、事業再生の手法も、自力再建型中心から、スポンサーの資金による再建、弁済も一括弁済という事業再生計画が増えてきたのではないでしょうか。
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     今の若い人たちは、破綻処理という後ろ向きなものとしてではなく、前向きな仕事として事業再生をやりたいと考えていますよね。
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     「何の仕事をしたいか?」というよりも、「自分が今取り組んでいる仕事にはどんな意味があるのか?」を考えるべきだと思います。使命感を持って、困っている人のため、傾きかけた事業を立て直すため、社会に、事件に関係する当事者たちに、自分の仕事がどのようなプラスをもたらすことができるのかを考えながら仕事をすることが大事だと思います。
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     足許の事件に全力を尽くすことは大切ですね。ただ、若い弁護士の中には、日々は忙しくしていても、将来的な不安を抱えている方を多く見かけます。そういった若手に向けて、キャリアを形成していく上でのアドバイスがあれば、お伺いしたいのですが。
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     若い弁護士の先生方が昼夜を問わずに働いているところに、私のような立場の者が注文を付けるのはおこがましいのですが、敢えて言わせてもらえれば、「20年後、30年後に自分がどういう仕事をしたいのか?頭の中に、自分の未来の姿をどう描くか?」を意識して日常を過ごしていただくと、ご自身で納得できる結果にたどり着ける、という気が致します。
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     20年後、30年後を見据える、というのは大事ですね。学生の就職で人気とされる業界も、時代が変われば変わって来ます。昔は、「都市銀行に入れば安泰」と言われていましたが、世の中、どんどん急速に変革していきますからね。若い先生には、社会を見て、あたらしい分野の勉強をして、ご自身で道を切り拓いて行っていただきたいですね。
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     「事業再生が人気だ」と聞いてから参入しても、遅いかもしれませんね。
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     社会にとって意義がある仕事は、一時的な波はあるとしても、その仕事がなくなることはありません。目先の流行りではなく、どんなときでも、自分の仕事が社会に対してどのような貢献をすることができるのか、どのような意義があるのかという大きな視点を自分の中に持っておいて欲しいと思います。事業再生は社会の新陳代謝を進めるために、そして、社会のイノベーションを支えるために必要不可欠です。
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     心構えについて、貴重なアドバイスをありがとうございます。もし、今日からでも開始できるような、日々の行動の中で実践できる具体的な工夫はありますでしょうか。
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     敢えてひとつ挙げるとすれば、「ユックリ話す」ということですね。先日、大阪で事業再生をテーマとする勉強会でお話しする時間をいただきました。その時に、中堅の弁護士の先生から、私の話の中身というよりも、スピードについて、「ゆっくり話されたのでよく理解できた」というお褒めの言葉をいただきました。
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     伊藤先生が意識的にゆっくり話されるようになったきっかけはあるのでしょうか。
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     もう40年近く前になりますが、アメリカで、フランク・チャーチさんという、上院議員でもあった高名な弁護士の方から諭されたことが直接の機縁です。私の英語が下手だったことにも原因があるのですが、チャーチさんから「自分の意見を相手に印象付けたいと思ったら、できるかぎりゆっくり話しなさい」と教えられました。それ以来、日本語でも、ゆっくり話すように意識しています。
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     「早口で話すほうが頭の回転の速さをアピールできる」とか、「相手の批判を封じ込めることができる」と誤解している若手は、一度、考え直す機会を持つべきですね。
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     マシンガン・トークなどと褒めそやす向きもありますから、否定的な評価もされていないのでしょう。でも、枝葉を省き、核心に絞れば、ユックリでも意を尽くせるのではないでしょうか。早口で聴き取りにくい100の情報よりも、聴き手の脳内に自然に溶け込む50の情報の方が有用と思いますが、いかがでしょう。

     発声にも工夫の余地があると感じています。マイクを口元に近づけると、どうしても早口で、しかも口先で発声することになりがちですよね。これに気付かされたのは、ユーチューブで安田姉妹(安田祥子・由紀さおり)の歌唱を見た折、声楽科出身である祥子さんの口元とマイクとの間隔が30センチ近く離れているのを発見したときです。早速、声楽家でもいらっしゃるピアノの先生にお尋ねしたところ、「マイクに向かってではなく、肉声で隣の部屋の人に話しかけるつもりで」との示唆を頂いたので、それ以後、心掛けています。

     もっとも、日本語はともかく、英語となると、サッパリ余裕がなく、「伊藤先生はアメリカにいらしたときに本ばかり読んでいたんでしょう?」などとからかわれる始末です。これではならじと、30年ほど前ですが、英語力の向上を志し、サイマルアカデミーの通訳科(夜間)に通ったことがあります。しかし、クラス分けの際に、創立者であり、同時通訳者としても著名であった村松増美氏の面接を受けたところ、「キミの英語は泥臭い」と評され、めげずに数年間の通学を続けましたが、やはり進歩はせず、還暦を超えてからは、どうせマルドメ(まるでドメスティック)だからと居直りを決め込んでいます。私のピアノが上達しないのと同じで、耳が悪いんでしょうね。

 

<プロフェッショナルから尊敬される研究者像>

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     それでは、次に、優れた研究者像についてテーマを移したいと思います。上田先生は、研究者としての伊藤先生を、どのように評価していらっしゃいますか。
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     伊藤先生が超一流の優れた研究者であることは、みなさんの意見が一致するところなので、私が申し上げることはないのですが、古稀を過ぎても、教科書の改訂もずっと続けていらっしゃる、学問に対するひたむきな情熱、真摯に向き合っていらっしゃる姿勢は本当に尊敬に値するものです。
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     実務家と違って、勤勉さと経済的利益が比例しませんからね。
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     伊藤先生はいつも「清貧」という言葉を口にされますが、その言葉に現われています。教科書を改訂しても、その労力に見合った経済的利益は得られるわけではありません。民事手続法、倒産法を学ぶ人たちに最もあたらしい研究成果を提示したい、という教育に対する強い思いがなければ、できることではありません。そのお気持と現実のご活動を心から尊敬しています。
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     学説の内容については何か感じるところはありますか。
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     バランス感覚、というか、公正・衡平に対する信念を感じますね。
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     清貧というと気取っているようですが、蓄財や華美な消費に走ることなく、人に感謝し、社会に対する責任を果たすべき姿勢をいうのでしょう。上田さんを中心とした中堅・若手弁護士の集いで話題にするのですが、財力に任せて顕示的な消費に走ったり、権力を誇って周囲を睥睨することを戒め、ときには、他人が尻込みする負担を引き受け、報われない任務でも黙々と遂行することに尽きると思います。
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     飾られることを望まずに、研究者としての良心に従って研究活動を続けられて、自説に対する批判も真摯に受け止めておられる生き様に惚れています。
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     研究者としての良心、という点は、法律意見書の作成に関する考え方にも現れています。
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     伊藤先生は、法律意見書を依頼されたら、まず、先に、「自分はこういう考え方です」という自説を依頼者に示さて、それに反するものはお書きにならないとおっしゃっています。それが本来の研究者の姿勢だと思いますが、事件をやっていると、色々な意見書が出て来て驚くことがあります。
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     訴訟では、準備書面みたいな意見書が出てくることもありますよね。
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     事件によっては、複数の学者の先生から意見書が提出されることがあるのですが、「作成をされた先生は、学者としての良心に照らして、これが本当に正しい意見であると思って作成しておられているのか?」と疑問を抱かされることもありました。
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     私も、時々、OBも含めて、裁判所の関係者から、意見書の扱いに困ったという苦言を呈されることがあります。訴訟代理人弁護士としては、意見書を提出することが裁判所を説得するために意味があると思って行っておられるのですよね?
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     法律判断は裁判所の職責ですが、あたらしい法分野、先例がない分野においては、裁判所も参照できる文献が少なくて、判断に迷われることがあるでしょうから、当該分野の専門家の意見書を出すことには意味があると思います。
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     なるほど。
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     それ以外にも、「法律解釈がどちらに転ぶかわからない」という難しい法律問題がある場合には、クライアントや代理人としては、「著名な先生の意見書を出せば、裁判所がこちらに有利な解釈をしてくれるのではないか?」という期待を抱いて提出することもあるのでしょうね。私は、それに大きな意味があるとは思いませんが。
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     意味が少ないという域を超えて、積極的に「不適切」とまで感じるものもあるのでしょうか。
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     意見書の中で事実認定にまで踏み込んだものを見ることがありますが、これは「訴訟代理人に依頼されたままに書いている」のが明らかで、よくないと思います。事実は、裁判所がきめるのであって、意見書の作成者が決めるものではありません。
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     研究者に意見書を依頼する場合には、訴訟代理人が下書きを作成する例もあると聞きます。また、訴訟戦術として、「該当する法分野の専門家には片っ端から連絡して相談してしまう。」「そうすれば、当方の立場からの意見書を書いてもらえなくとも、コンフリクトを生じさせることで、相手方からの意見書の作成依頼を防ぐことができる。」という発想もあると聞いたことがあります。
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     コンフリクトについては、確かにそのようなことが行われているというような話をお聞きしたことはあります。訴訟は戦いですので、そのような戦術をとられる方もいらっしゃるのかも知れませんが、あくまでもルールに則った戦いですから、意見書の依頼にも「品性」を求めたいですね。
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     伊藤先生は、先に言及された論文(「法律意見書雑考」)も公表されていますが、これもそのような思いからなのでしょうか。
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     大学の教員は、研究と教育に自分の時間を費やすのが本来の活動ですから、意見書の作成も差し障りのない範囲と程度で行われるべきだと思います。
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     上田先生からは、伊藤先生を尊敬されていることをお伺いしましたが、他にも尊敬される研究者はいらっしゃいますでしょうか。
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     たとえば、事業再生に関連すれば、東京大学の松下淳一先生や一橋の山本和彦先生には事業再生系の弁護士は大変にお世話になっています。
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     事業再生以外の分野ではどういう風に見られていますか。
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     色々な法分野を専門とする研究者の先生にお会いします。もちろん業績のある優秀な先生なのですが、親しくなって話を聞いたところ、「自分は他に教授ポストを得られそうな分野がなかったから、今の分野を選んだのだよ。」なんて言われてしまうと、ちょっと寂しくなってしまいますね(笑)。
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     若手研究者に対して、伊藤先生から何かアドバイスはありますか。
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     以前に比べて、実務家の方々との交流の機会は増えていると思います。東京でも、大阪でも、それ以外の地域でも。ぜひ、そういう機会を大切にして、実務からの問題提起を受けて、今の実務が直面している問題をどう解決すべきか、あるいは、どう正すべきかという意識を常にもってほしいですね。
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     研究者の中には、実務を知らないほうが純粋に研究できる、という価値観をもたれている方もいるかもしれません。
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     仲間内で同じようなことを繰り返し議論するよりも、少し広い関わりを持つ、そのためにも信頼できる人間関係を広く持つことが大事だと思います。そういうところから刺激を受けられます。
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     先ほどの弁護士会照会制度の訴訟も実務からの指摘でしたね。
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     他にも例はあります。法テラス(日本司法支援センター)は、法律扶助業務を行っていますが、その相当部分が自己破産の申立ての弁護士費用の立て替えだそうです。立て替えた弁護士費用の償還請求権が、財団債権ではなく、破産債権になってしまうかもしれないという問題があるそうです。
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     償還請求権が破産債権として免責されてしまったら、法テラスの事業が成り立たなくなってしまう深刻な問題ですね。
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     私も、最近になって、ある方から「実はこういう問題があって困っている」という相談を受けて、初めて知りました。そこで論文を書いているところですが、近々公表する予定です。これも実務家、現場からの問題提起を受けることができたからです。
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     実務家からの指摘で気付いた論点というのは、他にもあるのでしょうか。
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     先ほど言及した大阪の研究会では、事業譲渡の否認について重要な論点があることを教えていただきました。否認されても事業譲渡自体を破産会社に巻き戻すことはできないので、価格の償還を求めることになりますが、いつの時点を基準に価格を算定すべきかが問題になっています。
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     一般論としては、古くからある議論ですよね。
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     はい。しかし、最近になって、事業譲渡に関して、特に紛争が増えていることは、大阪の弁護士の先生方から教えていただくまで気が付いておりませんでした。若手や中堅の研究者にとっても、実務家との交流を持っていただくことは、研究テーマの発見に役立つと思います。
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     事業譲渡の否認に関する伊藤先生の見解はご公表なされたのでしょうか。
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     今中利昭先生が1965年に設立された関西法律特許事務所の設立55周年記念論文集が、2020年春に公刊される予定ですが、その論文集に寄稿させていただきました。
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     上田先生からも、若手研究者に期待されることがあれば、教えていただけませんか。
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     伊藤先生とまったく同じ意見ですね。私たち実務家は、事件の中で新しい問題に直面したときは、若手研究者の最先端の議論を参考にさせていただきます。倒産又は事業再生の研究は、実務とは切っても切り離せない分野だと思いますから、若手の研究者の先生方には、実務家との間に適切に交わっていただき、実務の問題意識を把握しておいてもらいたいと思います。

 

<コーポレートガバナンス/社外役員の役割論>

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     残った時間で、最近の時事テーマについて先生方のご意見をお伺いしたいと思います。まず、会社法改正で社外取締役の義務化が規定されました。上田先生は、最近、発表されたご論稿(「人生と経営における覚悟と決断 社外取締役にも問われるもの」朝日新聞オンライン「法と経済のジャーナル」)で、安易な社外取締役の選任に警鐘を鳴らしているように感じたのですが。
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     社外役員の候補者を探すために、「女性で、こういう経歴の、何歳ぐらいの候補者に心当たりはないか?」という問合せを行っている企業がいる、という話を聞くことがあります。そういう話を耳にすると、「社外役員って、どんな役割を果たすべきなのだろうか?」「選任を義務付けることが本当に会社のためになるのか?」ということを改めて考えさせられます。
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     「数合わせ」とも疑われるような探し方がなされて、候補者が見付かることもありそうですね。
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     しかし、社外役員になる人っていうのは、それ相応の覚悟を持ってやってもらわないといけないんじゃないかと思います。社外役員の職責は何か?というと、経営者と会社の利害が反する場面で、独立の立場から意見する、というのが重要な仕事ですが、自ら、計画を立案したりするわけじゃない。あくまでも、チェック機能ですよね。田中亘教授の論文にも指摘されているところですが。
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     商事法務2215号(2019年11月25日号)の「コーポレートガバナンス改革の本質を問い直す〔上〕」ですね。
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     この論文で、田中亘教授は、「信頼の原則」や「信頼の権利」と呼ばれる法理の帰結として、「役員は会社業務についてはなるべく知らないほうが、(「疑念を差し挟むべき特段の事情」を知らなかったものとして)責任を免れやすくなる、つまり、知らぬが仏ということになりかねない」と指摘されています(商事法務2215号(2019)12頁)。「数合わせ」のための社外役員が会社に入っても、社外役員の側から、積極的に「会社にどんな問題があるのか?」を探す動機付けは働きにくいですよね。また、社外役員が「ここはどうなっていますか?」と尋ねて、何か回答を受けて「なるほど」「そうですね」という程度のやりとりをしただけで、「社外役員の承認も得た」と言えるということでいいのか。それには疑問があります。

     経営判断に介入するという部分があるので社外役員としてもやりにくい点はあるのだと思いますが、やはり、ESG(環境・社会・企業統治)を意識しながら、その会社の事業価値を上げるために積極的に職務に取り組んで頂きたいと考えています。もちろん、最近大きな問題となっている企業不正の防止のために果たすべき役割も大きいですが、内部統制の体制をいかに充実させても、それを実行するのは人間であることからして、不正防止には限界があることは事実です。社外役員の経験・知識、独立性を基礎として、企業不正の何らかの兆候を早めに見出して、適切な対処をして頂くことを期待しています。

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     事業再生事件で、管財人や申立代理人として、経営にガッツリ入り込むスタイルを貫いてきた上田先生から見れば、表面的にしか関与しない社外役員というポストには違和感があるのでしょうね。
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     社外役員になるのであれば、その会社のことをよくわかって、その会社に本当はどんな問題があるのか? を考えるべきではないでしょうか。社外であったとしても自らが役員になった以上は、「この会社に何らかの内在する問題があるならば、それを正していかなければならない。」という意識を持ってほしいと思います。

     不祥事の原因を究明する第三者委員会の報告書には、「社外役員には情報が上がっていなかった」という理由で責任がないと判断する事例が多いようですが、本気で取り組んでいれば、社外役員でも、不祥事の発生を防止するためにできることはあるのではないでしょうか。

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     上田先生のように、覚悟をもって会社に入れる人材のほうが、本当は社外役員に就任することを期待されているのでしょうね。
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     私みたいにうるさいことを言う弁護士よりも、うるさいことを言わない人を求める企業のほうが多いと思いますよ(笑)。
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     伊藤先生は、社外役員のお務めもなされていますよね。
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     政府が100%の株式を保有する金融機関で社外監査役を3期務めさせていただいております。
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     伊藤先生が、社外監査役として心がけておられることがあれば、教えていただけないでしょうか。
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     先ほどの上田さんのご発言も踏まえると、金融の細部については、知識も、情報も十分ではないため、私がどこまで自分の責任を果たし得たのかは自信があるわけではありません。ただ、自分の心がけとしては、監査役会や取締役会でも、事前の協議の場面でも、自分が少しでも分からないこと、「ちょっとこれはどういう内容の問題なの?」とか「どうしてこんな問題が出てきたのか?」と、少しでも疑問を感じたことは、なんでも聞くようにしています。後で、「あの人は、こんな基本的なことも知らないんだ」と恥ずかしい思いをすることは気にしない、と決めています。これは年齢を重ねたおかげかもしれませんが(笑)。そうした愚問について、私にも理解できる答えを頂ければ、業務の運営が適正に行われていることが納得できますから。
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     質問をすることを躊躇しない、というのも、社内人材には難しいことかもしれませんね。
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     はい。取締役会や監査役会は、社内の方々にとってみれば、社内のキャリアや様々な人間関係の積み重ねの上に成り立っているのでしょうが、社外役員は、人間関係に気を遣う必要はありませんし、しがらみもありません。だから、会議の場でも、遠慮なく発言し、尋ねるということだけは努めて参りました。株主や社会が社外役員に期待する役割もそこにあると信じています。
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     伊藤先生が考える「社外役員としての振る舞い」については、誰かお手本とか、尊敬する具体的な先輩がいらっしゃるのでしょうか。
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     私と異なり、ビジネス畑を歩んで来られた方ですが、同じ政府系金融機関で、社外取締役を務めておられる、三村明夫さんには、先輩として敬意を持って接しています。新日本製鐵の社長・会長を務められた後に、今は、日本商工会議所の会頭を続けておられます。世代が近いこともあり、雑談もさせていただくのですが、メディアでの発言も含めて、三村さんからは学ぶことが多いです。
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     どのような場面でしょうか。
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     企業不祥事が発覚した際に、マスメディアでは、当該企業の社長や経済団体のトップの方がインタビューを受けている時に、「自身の言葉が社会にどのように受け止められるか」をあまり意識しないで発言されているように思えることがあります。
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     三村さんは違うのでしょうか。
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     三村さんは、「自分の言葉が、社会にどういう風に受け止められるか」をきちんと確認しながら発言されているのがよくわかります。その姿には、会社役員が見習うべき点があると思います。

 

<働き方改革とテクノロジー(AIを含む)の進歩>

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     もうひとつの時事テーマは、「働き方改革」と「テクノロジーの進歩(AIを含む)」です。上田先生は、「理論が実務を変える場面」でも、AIの進化についても触れておられましたね。
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     私たちが若い頃は、携帯電話もありませんし、書面作成も、和文タイプで活字を拾いながら打って行っていました。それが、時代は変化して、今では、携帯電話、メールで、24時間、仕事に追い立てられる生活になりました。それが幸せかどうかは別として(笑)、仕事をする上では、テクノロジーの進歩についていかなければならないですよね。
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     AIが進化しても、弁護士の仕事が無くなることはない、というお考えなのですよね。
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     テクノロジー、AIの進歩で、弁護士業務の一部が代替されていくことは当然にあると思います。ただ、機械がチェックしたからといって、弁護士が見ないで済む、ということにはならないと思います。
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     「理論が実務を変える場面」でも述べられていたところですね。
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     法律というのは、最終的には、法律家が解釈して結論を出すのが原則です。機械が一定の見解を出したとしても、契約の目的、客観的状況、当事者の意図等に照らして、その結論を採用することが適切かどうかも確認しなければなりません。そこには、人間として、法律専門家としての価値評価が入ってきます。数字の部分だけでなく、関係当事者の主観的なものも考慮すべき要素に混じってくるので、最終的には、人間である法律家が判断せざるを得ないと思っています。もちろん、テクノロジーが使えるところは、できるだけ使って、若い弁護士の負担は減らしてあげるべきだと思います。
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     ワークライフバランスについては、伝統的には、弁護士業界は、ハードワークを肯定してきた業界だと思います。例えば、日本初の国産渉外事務所である長島・大野法律事務所の創始者である長島安治先生も、商事法務ポータルのインタビューで「『働き方改革』で言われていることは、普通の会社員については言えるかもしれませんが、プロフェッショナルには妥当しない。そこは区別しないと」と語っておられました(SH2269 著者に聞く! 長島安治弁護士「日本のローファームの誕生と発展」(後編))。
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     少なくとも、40年前に弁護士になった自分自身について言えば、仕事中心で生活してきました。会社員という意識ではなく、プロフェッショナルとして、お客さんの要望があれば、いかなる無理でもまずは聞いてみる、という姿勢でした。もちろん、不当な要求、不必要な要求は応じなくてもよいのですが、お客さんにとって必要な仕事があれば、どんな時間帯に依頼があっても、自分の私生活をすべて犠牲にしてでも、それに応じるのがプロだと思って仕事をしてきました。
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     今の若い世代の弁護士をどうご覧になっておられますか。
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     自分が仕事中心で働いてきたことに悔いはありませんが、時代が変わりましたので、そのスタイルを押しつけようとは思いません。若い世代には自分たちで仕事のスタイルを考えて実践していってもらいたいですね。しかし、常に、自分の仕事の社会的意義、そして、プロとしての自覚をもっていって頂きたいと思います。
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     ワークライフバランスについて、伊藤先生からも、ご意見を頂けないでしょうか。
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     私が申し上げられるのは、研究者のワークライフバランスについてだけですが、以前、法律雑誌に随想を掲載した際に、「研究者はヒマでないといけない」ということを書いたことがありました。そうしたら、それを読んでくださった中堅の研究者からお手紙をもらって、「自分も、婚礼の際に、先輩研究者から、同じことを言われました。」と教えていただいたことがありました。
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     それは、休息をしっかりとる、という意味で良いのでしょうか。
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     休息をとるというのと逆に、四六時中、頭の中で考え続けるという意味ですね。話したり、書いたりしている時間と比較すると、外見上は、ヒマそうに見えますから。その方は、先輩から「研究者というのは、机に向かって論文を書いているのも大事だが、一見、ボォっとしているように見えて、頭の中でなんとなく考えている時間を持つことが問題の発見や新しい見方につながり、将来の財産になる。」と言われたそうです。私もその通りだと思います。
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     今は、テクノロジーの進歩によって、暇な時間が奪われてしまっているのかもしれませんね。
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     企業の管理職の方から聞く話では、会社では、上司は週末に部下にメールを送ってはいけない、というルールができている先もあるようです。
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     事業再生を扱う弁護士がそんなルールを作っていたら、再生に失敗していたかもしれませんね。最後に、若手の実務家、研究者に向けて、一言ずつメッセージをいただけないでしょうか。
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     40年近く、弁護士業界で仕事を続けてきた中で、いろいろな人に巡り合い、自分なりに、弁護士として幸せな人生を歩んで来ることができました。もちろん、苦労も大きかったですが、その時々で、苦労を乗り越えながら進んで来ることができました。苦しくても前に向かって進んでいけば、必ず道は拓けてきます。努力を続けていれば、必ず報われると思います。

     あとは、人との巡り合い、ご縁を大事にしてもらいたいですね。あたらしいチャンスは、人とのご縁の中から生まれてくるものですから。

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     伊藤先生からも、一言、若い実務家、研究者へのメッセージをお願いします。
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     今、上田さんがおっしゃったとおり、広い範囲の方々と、心を開いた意見交換を続ける、ということが大事だと思います。研究者の立場から言えば、実務家とも交流を持つべきだと思いますし、研究者同士であっても、自己の専門分野に閉じることなく、隣接する、あるいはまったく違った分野の研究者とも積極的に交流していく姿勢を持っていただきたいと思います。そうすれば、必ず意義のある仕事をすることができる、その可能性は無限であると信じています。
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     どうもありがとうございました。

 

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