◇SH1898◇弁護士の就職と転職Q&A Q44「独立志願者は就職先に大手を避けるべきか?」 西田 章(2018/06/11)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q44「独立志願者は就職先に大手を避けるべきか?

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 大手事務所の「凄さ」は、創業世代よりも下の、第二、第三世代において、「独立しても食っていけるスター弁護士」が事務所に留まって、パートナーとして事務所の発展を支えてきたところにあります。そのため、キャリアパスの理想形は「独立せずに、所内でパートナーに昇進すること」に置かれています。それでは、「将来は独立したい」という思いを心に秘めながらも、「でも、大手で修行を積んでおきたい」と希望するのは不自然なのでしょうか。

 

1 問題の所在

 20年前の採用活動においては、渉外事務所(当時は「大手事務所」という言葉はありませんでした)のリクルート会食では、次のような質疑が交わされていました。

 修習生「先生は、渉外事務所に入ることに不安はなかったのですか」

 採用担当弁護士「渉外・企業法務がモノにならなかったら、地方にいってマチ弁としてやり直そうと思っていたよ」

 この会話の背景には、「地方で一般民事をすれば、食っていくことはできる」という司法制度改革前の楽観的観測が存在しますが、当時は「事務所を辞める≒一般民事に転向する」という発想がありました(当時は、インハウスへの転向は、まだ一般的な選択肢とはなっていませんでした)。そして、企業も依頼者として抱える形での独立を実現するためには、「イソ弁時代に、個人事件を増やしていくこと」が最大の準備行為であり、その個人事件の収入が「事務所からの給与を超えるぐらい」とか「独立後の固定費(家賃と事務員の給与)を賄えるぐらい」になることが独立可能な時期のメルクマールとされていました。

 そういう解釈の下では、大手事務所のように、「シニア・アソシエイトになっても、事務所事件に忙殺されており、個人事件をできる時間的余裕はない」とか「付き合いのあるクライアントは、すべて事務所の看板を頼ってくる人たちばかりである(=自分個人に事件を依頼してくれる客は増えない)」という状況は、「独立には不向き」と考えられてきました。そして、企業における弁護士資格者の採用枠が広がるにつれて、「大手事務所からの転職は、ポータブルなクライアントがいないから、年次が上がるほどにインハウスしかなくなってくる」と言われる状況が創出されるようになりました。

 しかし、実際には、大手事務所からも、着実に独立する弁護士は出て来ています。そして、その独立組も(仕事がなくて干上がるわけでもなく)むしろ忙しくて人手不足に悩まされているぐらいです。それでは、大手事務所を就職先に選びながらも、将来の独立も視野に入れるためには、どのような工夫の余地があるのでしょうか。

 

2 対応指針

 大手事務所で働くことの魅力は、パートナーとして成功するシナリオだけでなく、一定期間、そこで経験を積み、人脈を築くことにも存在します。ただ、「所外に出て食って行く」ためには、「所内でパートナー昇進を目指す」場合とは異なる配慮も求められます。

 一般論としては、トランザクションに比べて、訴訟・紛争解決業務においては、事務所の規模よりも、担当弁護士個人の力量でクライアントの信頼を得られやすい傾向があります。また、大規模事務所では、紛争案件の受任への利益相反も生じやすいので、友好的な独立を実現できれば、出身事務所から案件紹介も期待できます。

 トランザクションの中では、ファイナンス分野(キャピタルマーケットや金融機関を依頼者とする案件)は「新規参入の壁が高くて独立は困難」とみなされており、コーポレート・M&A分野のほうが、依頼者の裾野が広く、小規模案件も豊富であるために、独立しても食っていける可能性がある分野と考えられています。

 なお、採用面接において「独立志向」を示す際には、「独立とは、自分を信頼してくれるお客さんのために裁量を持って働くことだと思っている」「自分の名前の付いた事務所を設立すること自体にこだわりはない」として、「パートナー昇進も独立の一種」と位置付けているかのような解釈を示すのが無難だと言われています。

 

3 解説

(1) ジェネラル・コーポレート

 伝統的には、「独立のタイミングは、顧問契約だけで事務所の固定費(家賃と事務員の人件費)を賄えるようになったとき」と言われてきましたが、その目安は、実際には成り立ちにくくなって来ています。大企業は、顧問弁護士に依存するのではなく、日常業務は社内弁護士に任せて、特別な知見を要する問題については、当該分野の外部専門弁護士を使い分ける傾向を強めています。また、新興企業も、成長を求めて、新規事業を立ち上げたり、大企業との提携や上場を目的に掲げることが増えており、中小事務所で訴訟案件や不動産売買だけを扱ってきた経験では対応し切れなくなっています。

 その点、大手事務所で、大企業の契約交渉における意思決定の仕組みや新規ビジネスモデルの実現に伴う当局対応等を学ぶことは、経験面において、独立後にも役立つものとなります。また、人脈面においても、ビジネスサイドで大企業の社員による起業やベンチャーへの転職者も出てくることから、大手事務所での業務でコミュニケーションを取って来た相手方が、独立後の潜在的顧客になってくれる可能性もあります。

(2) 訴訟・紛争解決業務

 訴訟と倒産業務は、「独立しやすい分野」だと考えられています。訴訟は、スケジュール的にひとりでも担当することが可能ですし(多人数で受けたからといって、準備書面や証人尋問の質が上がるとも限りません)、案件の存在もオープンになるので、複数の弁護士で担当する場合でも、事務所をまたいだ共同受任で対応する余地もあります。また、破産事件の管財人は、裁判所によって選任されますが、裁判所の候補者弁護士リストにおいて、管財人業務経験は、弁護士個人単位でカウントされているので、所属事務所が変わっても、経験値にポータビリティがあります(実務的には、管財業務に慣れた事務員の存在が重要ではありますが)。

 また、トランザクションでは利益相反に寛容な企業も、紛争案件の依頼先には利益相反を厳しくチェックする傾向がありますので、大手事務所が、自分たちでは受けることができない紛争案件を、素性の知れた他事務所の弁護士に紹介したいというニーズもあります。

(2) トランザクション

 キャピタルマーケットの案件受任は、新規に参入する障壁が高いですが、それ以外でも、金融機関は「自行が依頼できる法律事務所名」が予めリスト化されていることが多いため、従前のお客さんにとっても独立先事務所に依頼するのは難しい傾向があります(担当者が付き合いの長い弁護士の独立先を利用したくとも、まずは、独立先事務所をリストに載せる行内調整から始めなければなりません)。

 それに比べれば、M&A案件のほうが、新興事務所にも受任できる機会が多くあります。依頼者となる事業会社の裾野は広く、大型案件を大手事務所に依頼する大企業でも、小型案件では中小事務所に依頼して使い分けるニーズがあるからです。また、M&Aに慣れていない企業は、フィナンシャル・アドバイザーが推薦する法律事務所を利用することも頻繁に行われていますので、大手事務所時代の案件で一緒になった証券会社の投資銀行部門の担当者との間で信頼関係を築けていれば、独立後にも案件の紹介を受けることが可能です。また、友好的なM&Aであれば、買い手企業のリーガルアドバイザーが、売り手企業のリーガルアドバイザーとなる法律事務所を推薦することも行われています。そのため、出身事務所が買い手側のリーガルアドバイザーを担当した案件で、売り手側のアドバイザーに推薦してもらえることもあります。このように考えてみても、古巣の事務所との喧嘩別れはできるだけ避けるべきであり、温かく送り出してもらえるように礼を尽くすことが、実務的にきわめて重要であると言えます。

以上

 

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