◇SH0170◇最一小決 平成26年9月25日 移送決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(横田尤孝裁判長)

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第1 事案の概要

 1 本件の本案訴訟は、厚生労働大臣が徳島県内に居住するX(抗告人)に対して国民年金法による障害基礎年金の裁定請求(以下「本件裁定請求」という。)を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたため、XがYを相手にその取消しを求めて徳島地方裁判所に提起したものであり、本件は、Y(国。相手方)が、本案訴訟につき、管轄違いを理由に、行政事件訴訟法12条4項により、Xの普通裁判籍の所在地を管轄する高松高等裁判所の所在地を管轄する高松地方裁判所に移送することを申し立てた事案である。

 2 本件の事実関係等の概要は、次のとおりである。

 従前、厚生労働省には、国民年金事業等を所掌事務とする社会保険庁が置かれ、その地方支分部局として、地方社会保険事務局及び社会保険事務所が置かれていたが、平成22年1月、日本年金機構法の施行により、社会保険庁に代わる年金運営の組織として特殊法人である日本年金機構が設立され、同庁及びその地方支分部局が廃止された。

 日本年金機構は、その主たる事務所として東京都内に本部を、従たる事務所として全国9箇所にブロック本部を、同本部の部局として各都道府県に事務センター及び全国300箇所以上に年金事務所をそれぞれ置いており、徳島県内には、四国ブロック本部の事務センターの一つである徳島事務センター及び徳島北年金事務所等が置かれている。

 国民年金法上の年金の給付を受ける権利の裁定については、原則として、請求者が所轄の年金事務所に裁定請求書を提出して裁定請求をし、当該年金事務所から回付を受けた事務センターにおける裁定請求に係る審査を経て、日本年金機構の本部を経由してその結果の報告を受けた厚生労働大臣が上記裁定請求に対する判断をすることとされている。本件でも、Xは、左下肢の疾病を理由として、障害基礎年金の裁定請求書を日本年金機構の徳島北年金事務所に提出して本件裁定請求をしたところ、同年金事務所から上記請求書の回付を受けた徳島事務センターにおける本件裁定請求に係る審査を経て、日本年金機構の本部を経由してその結果の報告を受けた厚生労働大臣は、Xに対して本件処分をした。

 3 原々審、原審(いずれも公刊物不登載)ともに、要旨、Xの本件裁定請求に係る審査をした徳島事務センターは行政機関に当たらないから行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当せず、本案訴訟は徳島地方裁判所の管轄に属しない旨を判示し、Yの移送の申立てを容れて、本案訴訟を高松地方裁判所に移送すべきものと判断した。

 Xがこれを不服として許可抗告を申し立てたところ、第一小法廷は、処分に関わる事務を行った組織が行政組織法上の行政機関ではなく、特殊法人等又はその下部組織であっても行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当する場合があるとした上で、これと異なる見解を採用した原決定を破棄し、徳島事務センターが本件処分につき事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるか否かに関し更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

 

第2 説明

 1 行政事件訴訟法12条3項は、「取消訴訟は、当該処分又は裁決に関し事案の処理に当たった下級行政機関の所在地の裁判所にも、提起することができる。」と定めているところ、本件においては、同項にいう「下級行政機関」とは、行政組織法上の行政機関に限られるのか、それとも、行政組織法上の行政機関ではない特殊法人等又はその下部組織をも含むのか、という点が問題となる。この点につき、下級審裁判例においては、日本年金機構又はその下部組織の「下級行政機関」該当性につき、本件の原決定と同様に消極に解するもの(神戸地決平成24年9月20日及び新潟地決平成25年6月10日、いずれも公刊物未登載)と、これを積極に解するもの(高知地決平成24年6月26日判タ1376号215頁)とに分かれている状況にあり、学説上も必ずしも明らかではなかった(もっとも、行政事件訴訟法の立案担当者の1人であった杉本良吉は、『行政事件訴訟法の解説(一)』曹時15巻3号49頁において、「下級行政機関」の意義につき「…内部的組織法の機関であるとを問わない」とし、特殊法人である日本専売公社(当時)の地方局長も「下級行政機関」に該当し得る旨の見解を示していた。)。

 2 そもそも行政事件訴訟法12条3項が「事案の処理に当たった下級行政機関」の所在地に取消訴訟の管轄を認めた趣旨は、本決定が説示するとおり、「当該下級行政機関の所在地の裁判所に管轄を認めることにつき、被告の訴訟追行上の対応に支障が生ずることはないと考えられ、他方で原告の出訴及び訴訟追行上の便宜は大きく、また、当該裁判所の管轄区域内に証拠資料や関係者も多く存在するのが通常であると考えられるから証拠調べの便宜にも資し、審理の円滑な遂行を期待することができることにある」ものと解される。このような同項の趣旨に鑑みると、処分行政庁を補助して処分に関わる事務を行った組織は、それが行政組織法上の行政機関ではなく、法令に基づき処分行政庁の監督の下で所定の事務を行う特殊法人等又はその下部組織であっても、法令に基づき当該特殊法人等が委任又は委託を受けた当該処分に関わる事務につき処分行政庁を補助してこれを行う機関であるといえる場合において、当該処分に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるときは、同項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当するものとして、その所在地に管轄を認めるのが同項の趣旨に合致するものと考えられる。

 なお、本決定が引用する平成13年の最高裁決定は、下級行政機関が「事案の処理に当たった」といえるか否かにつき、組織法上の権限や法令上の事務分担の観点から決するのではなく、当該下級行政機関が当該処分等に関し事案の処理そのものに実質的に関与したかどうかという事務処理の実態面から決すべきとする見解を採用したものであり、また、本決定が引用する平成15年の最高裁決定は、「下級行政機関」に当たるものは、当該処分等を行った行政庁の指揮監督下にある行政機関(すなわち、行政組織法上の下級行政機関)に限られないとの見解を採用したものである。これらの最高裁決定は、行政事件訴訟法12条3項の「事案の処理に当たった下級行政機関」の解釈に当たり、行政組織法上の権限等から形式的に判断するのではなく、同項の趣旨に照らして実質的な観点から判断すべきことを明らかにしたものであって、本決定は、これらの最高裁決定の趣旨にも合致するものであると考えられる。

 3 本件においても、日本年金機構の下部組織である事務センターは、日本年金機構法等の定めに従って厚生労働大臣による年金の給付を受ける権利の裁定に係る処分に関わる事務を行った場合において、当該処分に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるのであれば、行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当するものと解される。もっとも、原審は、徳島事務センターが本件処分に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるか否かについて何ら判断していないことから、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、本決定は、このような観点から、上記の点について更に審理を尽くさせるべく原審に差し戻したものと考えられる。今後、仮に本件と同様の事案で管轄が争われた場合には、事務センターの裁定請求の審査に関する内部規程(日本年金機構組織規程など)のほか、事務センターが審査のために作成した報告書などの資料に基づき、「事案の処理に当たった下級行政機関」性について判断することが想定されよう。

 4 本決定は、下級審において判断が分かれていた行政事件訴訟法12条3項の「下級行政機関」の意義に関し、同項の趣旨に沿った実質的な観点から、特殊法人又はその下部組織であっても同項の「下級行政機関」に該当し得ることを明らかにしたものであって、実務上重要な意義を有するものと考えられる。

 
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