公取委、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の
一部改正(案)の意見募集
岩田合同法律事務所
弁護士 永 口 学
公正取引委員会(以下「公取委」という。)は、平成27年7月8日、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(平成19年9月28日公表)(以下「知的財産ガイドライン」という。)の改正案を公表し、現在、パブリックコメントの手続に付している。
知的財産ガイドラインとは、知的財産のうち技術に関するものを対象とし、技術の利用に係る制限行為に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)の適用に関する公取委の考え方を包括的に明らかにしたものである。
独禁法は、「この法律の規定は、…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」としており(独禁法21条)、逆に言えば、技術に係る制限行為のうち、権利の行使でない行為はもちろん、外形上は権利の行使と見られるが、実質的に権利の行使とは評価できない行為にも独禁法の規定が適用される(知的財産ガイドライン第2の1)。そして、公取委は従前より、知的財産ガイドラインのほか、「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(平成17年6月29日公表)等を策定し、知的財産の利用に関連して独禁法上の問題が生じ得るケースについて、一定の考え方を示してきた。
このような経緯の中にあって、今回の改正案のポイントは、いわゆる標準化機関(製品の規格などを策定する公的な機関や事業者団体。例えば、携帯電話通信、ブルーレイディスクといったものについて、こうした規格が定められている。)において策定された規格で規定される機能及び効用の実現に必須な特許(いわゆる必須特許)につき、いわゆるFRAND[1]条件(公正、合理的かつ非差別的な条件)でライセンスする旨の宣言(いわゆるFRAND宣言)をした者が、FRAND宣言に沿った条件でライセンスを受ける意思を有する者に対し、ライセンスを拒絶し、又は差止請求訴訟を提起することは、独禁法が禁止する私的独占(独禁法3条)又は不公正な取引方法(独禁法19条、一般指定[2]第2項及び第14項)に該当することを明確化した点にある。
かかる改正案が示された背景には、必須特許を有する者が、当該必須特許を利用する者に対して、特許権に基づく差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟を提起する等の事例が国内外で生じ、実務上の混乱をもたらしていることが挙げられる。裁判例においては、このような場合における差止請求権等の行使が民事法上一定の制限を受け得ることは示されているものの[3]、果たして独禁法上、これらの行為が違法とされるか否かについては判断が示されておらず、公取委の考え方も明らかではなかった。
こうした状況を踏まえ、公取委は、情報通信分野等の事業者、有識者、行政庁及び標準化機関を対象としたヒアリングや国内外における必須特許の権利行使に係る事例等の整理を実施した上で、平成27年7月8日付で必須特許に関する問題に係る調査報告書[4]を取りまとめ、同報告書とともにその内容を踏まえた知的財産ガイドラインの改正案の公表に至ったものである。改正案に示された公取委の考え方によれば、必須特許を有する者によるライセンスの拒絶、差止請求訴訟の提起といった事例につき、今後、公取委が積極的に調査等を行う可能性が高まると考えられ、改正が独禁法実務に与える影響は大きいと思われる。
[1] Fair, Reasonable And Non-Discriminatoryの頭文字を取ったものである。
[2] 公取委告示「不公正な取引方法」のこと。公取委が不公正な取引方法に該当する行為として指定する行為類型のうち、すべての業種に適用されるものであり、現在15項目が指定されている。
[3] 例えば、知財高裁の大合議判決である知財高判平成26年5月16日判例時報2224号146頁〔アップル対サムスン(iphone)事件〕では、必須特許を有する者による差止請求権の行使等は一定の場合には権利の濫用(民法1条3項)に当たるとの判断が示されている。