フィリピン:PPP実現の障害? 政府保証の有効性
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
フィリピンにおけるPPPへの期待と課題については、以前この「商事法務タイムライン」に掲載した記事において紹介した。本稿では、そこでは紹介しなかった、法制面での課題のひとつとして、ある最高裁判所の裁判例(Francisco v. TRB (GR 166910. October 19, 2010))を紹介したい。この判決は、フィリピンにおける政府保証の限界を示しているようにも思える。
この判決では、権限のある政府機関と民間事業者の間で締結された高速道路の建設、運営に関する事業契約における政府機関による民間事業者への保証条項が無効と判断された。その理由は、この保証条項が、憲法上立法者である国会に対して排他的に与えられた、政府の一般会計から公共目的の資金を配分する権限を奪うものであるというものである。
この判決を前提とすれば、PPP等における契約において公共側が一定のリスクを負担したり保証を得たりする場合、それが政府の一般会計から支出されるものである場合には必ず国会による承認を得ておかなければならないということになってしまう。この点はフィリピンにおいてPPP案件を含め政府と契約をする場合には留意する必要があろう。
なお、本判決の対象、論点は多岐にわたっているが、以下では上記の政府保証が無効と判断された点についてのみ整理している。
1. 背景:
1977年3月31日、大統領令(P.D.)1112号により、フィリピン建設公社(Philippines National Construction Corporation)が設立され、同日、P.D.1113号により、フィリピン建設公社に対して、北ルソン及び南ルソン高速道路の建設、維持及び料金所施設の運営権が与えられた。フィリピン建設公社には、通行料規制委員会(Toll Regulatory Board)(「規制委員会」)が決める金額での通行料を徴収する権利が与えられた。規制委員会とフィリピン建設公社は、1977年10月に、詳細な条件を定める通行料運営契約(Toll Operation Agreement)を締結した。
その後フィリピン建設公社には他の高速道路についての権限も与えられ、資金需要を賄うために民間企業と合弁契約を締結することも認められた。これを受け、1998年4月30日に、マニラ北有料道路会社(The Manila North Tollways Corporation)、規制委員会及びフィリピン建設公社との間で北ルソン有料道路プロジェクトに関する通行料運営追補契約(Supplemental Toll Operation Agreement)が締結された。
通行料運営追補契約には、通行料について様々な要素を考慮して改定する計算式が定められていた。その上で、当該計算式による通行料の変更が行われない場合には、事業者であるマニラ北有料道路会社は、規制委員会から、通行料が変更されていれば得られるべきであった利益と実際の利益との差額の補償を受けることができる、という保証条項があった。
2. 訴訟:
原告は、納税者及び高速道路の利用者として、通行料運営追補契約及びそれに関連する規制委員会の決定の無効を主張して訴訟を提起した。
3. 判決:
最高裁判所は、上記通行料運営追補契約における保証条項について、憲法上政府の一般会計から公共目的の資金を配分する権能は立法者に排他的に与えられており、規制委員会が通行料運営追補契約の11.7条で収益への損害の填補を保証していることは、国会に与えられたこの権限を奪うものである、とし、同条項が憲法(Article VI, Section 29)及び法律(Section 3(e)(5) of P.D.1112)違反であって無効であると判断した。