1 事案の内容
(1) 本件は、夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称すると定める民法750条の規定(以下「本件規定」という。)の憲法適合性が問題とされ、「夫婦別姓訴訟」等として広く報道された事件である。
(2) 原告ら5名は、婚姻前の氏を通称として使用している者又は氏の選択をせずに提出した婚姻届が不受理となった者である。原告らは、本件規定が憲法13条、14条1項、24条又は「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女子差別撤廃条約」という。)に反するものであって、夫婦同氏制度に加えて夫婦別氏制度という選択肢を新たに設けない立法不作為(以下「本件立法不作為」という。)が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると主張して、被告国に対し、それぞれ精神的損害の賠償金150万円又は100万円の支払を求めた。
(3) 原々審、原審とも、本件規定が憲法13条や24条、女子差別撤廃条約に反するものとは認めず、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとは解されないとして、原告らの請求を棄却すべきものとした(原審までにおいては、明示的には憲法14条1項違反の主張はされなかった。)。原告らが上告したところ、最高裁大法廷は、要旨のとおり述べて、上告を棄却した。
最高裁で主に問題となったのは、①憲法13条に関連して、婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が人格権の一内容であるといえるか、②憲法14条1項に関連して、本件規定がほとんど女性のみに不利益を負わせる差別的な効果を有する規定であるといえるか、③憲法24条に関連して、本件規定が同条1項の趣旨に沿わない制約を課したものか、本件規定が同条の定める立法上の要請、指針に照らして合理性を欠くものかという点である。なお、上告人らの論旨においては、原判決が女子差別撤廃条約に関する解釈を誤っており、憲法98条2項に違反する旨の主張もあるが、この点については単なる法令違反の主張であり、適法な上告理由には当たらないものとされた。
2 憲法13条関係
(1) 「人格権」の位置付け
我が国においては、生命、身体、健康のほか、名誉、氏名、肖像、プライバシー、自由及び生活等に関する諸利益が、各人の人格に本質的なものとして、広く「人格権」と称されている。
しかし、「人格権」の概念は、多義的であって、検討に当たっては、その内容や位置付けに十分に留意する必要があり、これまでの最高裁の判例において「人格権」が検討された場合でも、①公権力との関係で憲法13条により保障された権利として認められたもの(例えば「みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由」)、②憲法13条を根拠とする権利として触れられたもの(例えば「人格権としての個人の名誉の保護」)、③私法上の権利として認められたもの(例えば「肖像等が有する商品の販売等を促進する顧客吸引力を排他的に利用する権利(パブリシティ権)」)、④権利には至らない法的保護に値する人格的利益として認められたもの(例えば「他人からその氏名を正確に呼称されること」)、⑤法的利益であることが否定されたもの(例えば「宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益」)などがあり、「人格権」の内容や位置付けは様々である。
したがって、氏名は「人格権の一内容を構成するもの」(最三小判昭和63・2・16民集42巻2号27頁参照)であるとしても、具体的な検討は、氏名に関するいかなる内容の利益が問題となっているのか、それが憲法上の権利として保障される性格のものであるのかといった点を念頭に置いた上で行う必要がある。
(2) 従前の学説等の状況
氏名に関する人格権の捉え方については、①氏を保持する権利(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社、2005)55頁)、氏名保持権(五十嵐清『人格権法概説』(有斐閣、2003)158頁、高井裕之「結婚の自由――非嫡出子の差別、別姓、待婚期間の問題を中心に」ジュリ1037号(1994)179頁)等と構成する立場、②氏の変更を強制されない自由(二宮周平『家族法 第4版』(新世社、2013)49頁、武田万里子「夫婦別氏論の意義と限界」時岡弘先生古稀記念『人権と憲法裁判』(成文堂、1992)511頁)等と構成する立場、③憲法上の権利と構成することに消極の立場(米沢広一「家族の変容と憲法」ジュリ884号(1987)202頁)等がある。
(3) 本判決
ア 本判決がまず指摘したのは、「氏」を含む婚姻及び家族に関する法制度は、その在り方が憲法上一義的には定められておらず、具体的な内容は法律により規律されるため、「氏に関する上記人格権の内容も、憲法上一義的に捉えられるべきものではなく、憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられる」ということである。これは、一定の法制度を前提とする人格権や人格的利益は、いわゆる生来的な権利とは異なり、具体的な法制度の構築とともに形成されていくものであって、当該法制度において認められた権利や利益を把握した上で憲法上の権利であるかを検討することが重要となるほか、法律による制度の構築に当たって憲法の趣旨が反映されることを指摘したものと思われる。このような、法律による制度の構築と憲法上の人権の関係については、近時盛んに議論がされているところである(例えば山本敬三「憲法・民法関係論の展開とその意義――民法学の視角から」新世代法政策学研究5号(2010)1頁、山元一ほか「憲法と民法――対立か協働か 両者の関係を問い直す」法セ646号(2008)11頁等)。
イ 本判決は、上記の観点から、現行の民法における氏に関する規定を通覧した上で、氏の性質について、名と同様に「個人の呼称としての意義」があるものの、名とは切り離された存在として「社会の構成要素である家族の呼称としての意義」があるとしている。
その上で、氏について、社会的に個人を他人から識別し特定する個人の呼称としての意義があることから、自らの意思のみによって自由に定めたり改めたりすることを認めることは本来の性質に沿わないものであること(呼称の在り方は社会における第三者にとっても利害関係を生ずるものである。)、氏が一定の身分関係を反映し、その変動に伴って改められることがあり得ることがその性質上予定されていることを指摘している。
ウ 以上の点を踏まえ、本判決は、婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が人格権の一内容を構成するものではなく、本件規定が憲法13条に違反するものではないと判断した。
(4) 人格的利益として機能する場面
本判決は、さらに広く人格権や人格的利益の観点から検討し、氏を改めることにより、①いわゆるアイデンティティの喪失感を抱くこと、②従前の氏を使用する中で形成されてきた他人から識別し特定される機能が阻害されること、③個人の信用、評価、名誉感情等に影響が及ぶことといった不利益が生ずることは否定できず、近年の晩婚化が進んだ状況の中では、これらの不利益を被る者が増加してきていることがうかがわれるとしている。その上で、これらの点についての利益は、憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえないものの、後記の憲法24条に関連し、氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であるとした。
3 憲法14条1項関係
(1) 従前の学説等の状況
本件規定の憲法14条1項適合性に関しては、①本件規定に形式的な不平等が存するわけではないことや氏の選択が夫婦となろうとする者の間の協議に委ねられていること等から憲法に違反しないとする立場(伊藤正巳『憲法〔第3版〕』(弘文堂、1995)254頁、芦部信喜「法的平等の具体的内容」法教140号(1992)81頁、野中俊彦ほか『憲法Ⅰ 第5版』(有斐閣、2012)303頁等)、②本件規定は夫婦が事実上夫の氏を選択することを強制するものである等として憲法14条1項に違反するものとする立場(松井茂記『日本国憲法 第3版』(有斐閣、2007)385頁等)がある。
なお、憲法14条1項の「平等」の意義に関連しては、間接差別、差別的効果の法理(例えば、「それ自体は差別を含まない中立的な制度や基準であっても、特定の人種や性別に属する人に不利な効果・影響をもたらすならば違法な差別になる」といった説明がされる(浅倉むつ子「間接差別」法学教室315号(2006)2頁)。)の観点からの議論もされるところである。
(2) 本判決
ア 本判決は、従前の最高裁判例を引用し、その上で、本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではないとしている。また、夫婦の氏の選択が夫婦となろうとする者の間の協議に委ねられている以上、夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占める事実が本件規定の在り方自体から生じた結果であるといえないともしている。
これは、憲法14条1項の「平等」が、少なくとも裁判規範としては基本的に形式的な平等をいうものであることを示した上で本件規定を当てはめ、さらに、間接差別、差別的効果の法理の考え方を念頭に置いて、文言上の当てはめにとどまらない検討をしたものと思われる。
イ 本判決は、このような検討を踏まえて、本件規定が、憲法14条1項に違反するものではないと判断した。
(3) 実質的平等の機能する場面
本判決は、さらに、広く平等の観点から検討し、氏の選択に関し、これまでは夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている状況にあることからすれば、この現状が、夫婦となろうとする者双方の真に自由な選択の結果によるものかについて留意が求められるとした上で、「仮に、社会に存する差別的な意識や慣習による影響があるのであれば、その影響を排除して夫婦間に実質的な平等が保たれるように図ることは、憲法14条1項の趣旨に沿うものである」とした。そして、上記のような実質的平等を図ることは、直ちに裁判規範となるものではないものの、後記の憲法24条に関連し、氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき事項の一つとしたものである。
4 憲法24条関係
(1) 憲法24条1項
ア 従前の学説の状況
憲法24条1項との関係では、①本件規定が婚姻の成立のために不必要に加重された要件となっており違憲であるとする立場(辻村みよ子『ジェンダーと人権 歴史と理論から学ぶ〔女性と人権/改訂版〕』(日本評論社、2008)246頁等)や、②夫婦の氏は婚姻の合意事項の一つに含まれるものであり違憲ではないとする立場(山崎将文「夫婦同姓・夫婦別姓の憲法学的一考察」西日本短期大学大憲論叢38巻1号(2000)82頁等)等がある。
イ 本判決
本判決は、憲法24条1項について、「婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」であるとした。
そして、①本件規定が婚姻の効力の一つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものであり、婚姻をすることについての直接の制約を定めたものではないこと、②婚姻及び家族に関する法制度の内容に意に沿わないところがあることを理由として婚姻をしないことを選択した者がいるとしても、これをもって上記法制度を定めた法律が婚姻をすることについて憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできないことを指摘している。
これは、現在の法律婚の内容に意に沿わないところがあることを理由として婚姻をしないことを選択した者がいるとしても、それは、むしろ法制度の内容をどのように定めるべきかという制度の構築の問題として考慮すべきであるとしたものと思われる。
(2) 憲法24条(2項)
ア 従前の学説や判例の状況
憲法24条の法意については、最大判昭和36・9・6民集15巻8号2047頁が「継続的な夫婦関係を全体として観察した上で、婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待した趣旨」としているものの、その法的な位置付けは必ずしも明らかではない。また、憲法24条については、従来、憲法13条及び14条を家族生活の諸関係に対して及ぼしたものであり、憲法24条について具体的権利内容を理論構成する実益はないとする立場(有倉遼吉=小林孝輔編『別冊法学セミナーno.78 基本法コンメンタール 憲法 第3版』(日本評論社、1986)105頁〔戸松秀典〕等)が一般的であり、同条についての固有の議論はそれほど盛んではなかった。
しかし、近時は、例えば、「家族のあり方が急激に多様化しつつある現在において、改めてこの規定[憲法24条]を家族を形成する権利の一般法的規定と読み直す必要がある」(渋谷秀樹『憲法 第2版』(有斐閣、2013)466頁)、「憲法24条……は見方によっては、家族関係における自由と平等を実質的に確保すべき立法の要請、社会的保障規定と見ることができるし、またそう解さねば、24条は現代的意味や効果をもちえぬと思われる」(小林孝輔『戦後憲法政治の軌跡』(勁草書房、1995)123頁)とする見解も現れるなど、憲法24条には固有の意義があることが注目され、検討されるようになってきている。憲法24条の法的性質についても、上記の見解の他、制度的保障とする立場(野中俊彦ほか『憲法Ⅰ 第5版』(有斐閣、2012)212頁)、自由権的人権とする立場、国務請求権とする立場(佐々木惣一『改訂 日本国憲法論』(有斐閣、1952)434頁)、社会権的把握をする立場(利谷信義「日本の家族――日本における家族と国家のかかわり」法学セミナー増刊 総合特集シリーズ10 日本の家族(1979)10頁、辻村みよ子『ジェンダーと人権 歴史と理論から学ぶ〔女性と人権/改訂版〕』(日本評論社、2008)245頁)、制度設営義務を遂行するよう請求する権利とする立場(長谷部恭男『憲法の理性』(東京大学出版会、2006)133頁)など、種々の分析がされている。
イ 本判決
本判決は、まず、婚姻及び家族に関する事項については、関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものであることから、当該法制度の制度設計が重要な意味を持つものであることを指摘した。その上で、「憲法24条2項は、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに、その立法に当たっては、同条1項も前提としつつ、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示すことによって、その裁量の限界を画したものといえる」とする解釈を示した。これは、憲法13条に関連して説示されているように、婚姻及び家族に関する事項のような一定の法制度を前提とする権利や利益は、憲法の趣旨を踏まえつつ定められる具体的な法制度の構築とともに形成されるものであるから、憲法24条にはそのような法律による制度の構築の場面で立法裁量の限界を画するものとしての意義があることを示したものと思われる。
本判決は、さらに、「憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと、両性の実質的な平等が保たれるように図ること、婚姻制度の内容により婚姻をすることが事実上不当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮した法律の制定を求めるものであり、この点でも立法裁量に限定的な指針を与えるもの」として、憲法24条には憲法13条や14条1項の範囲にとどまらない固有の意義があることを認めたものであると思われる。
ウ 本判決の憲法24条の解釈からすれば、婚姻及び家族に関する法制度を定めた規定が憲法13条や14条1項に違反する場合には、同時に憲法24条にも違反することになるが(例えば民法733条1項の憲法適合性が問題となった再婚禁止期間違憲訴訟においては、同項のうち100日超過部分が憲法14条1項に違反するとともに憲法24条2項にも違反するものとされた。)、憲法13条や14条1項に違反しない場合であっても、上記の観点から更に憲法24条にも適合するものかについて検討すべき場合があることになろう(なお、再婚禁止期間違憲訴訟のように、男女の性別による区別がされた規定について憲法14条1項適合性が実質的に検討される場合においては、憲法24条の以上のような趣旨及び意義は、その検討において併せて検討されることになると思われる。)。
(3) 憲法24条の合憲性審査基準
本判決は、次に、合憲性審査基準について、「婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条、14条1項に違反しない場合に、更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは、当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し、当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である」との説示をしている。
本判決の合憲性審査基準は、合理性の基準に分類することが可能であろう。そして、この場合の憲法適合性の検討が、憲法24条の定めた立法上の指針、要請に適合するものかという観点から行われるものであって、典型的な意味での基本的人権を直接制約する規定の合憲性審査基準が問題となっているものではないことや、検討すべき対象が人格的利益や実質的平等といった内容及び実現の在り方が多様な利益であることといった事情が反映されて、上記のような合憲性審査基準が採用されたものと思われる。
(4) 本件規定の検討
本判決は、以上の観点から憲法24条適合性について検討し、①夫婦同氏制が我が国の社会に定着してきたものであること、②社会の自然かつ基礎的な集団単位である家族の呼称を一つに定めることに合理性が認められること、③夫婦が同一の氏を称することは、家族を構成する一員であることを対外的に公示し、識別する機能を有しており、夫婦間の子が嫡出子であることを示す仕組みを確保することにも一定の意義があること、④家族を構成する個人が夫婦同氏制によりその一員であることを実感することに意義を見いだす考え方もあること、⑤夫婦同氏制の下においては、子がいずれの親とも氏を同じくすることによる利益を享受しやすいこと、⑥夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられていること、⑦夫婦同氏制の下においては氏を改める者に一定の不利益が生じ得ることは認められるものの、婚姻前の氏の通称使用が広まることにより一定程度緩和され得ること等を指摘した上で、本件規定が直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできないとし、本件規定が憲法24条に違反するものではないと判断した。
(5) 選択的夫婦別氏制
本件は、夫婦同氏制を定める民法750条の憲法適合性が問題となったものであり、選択的夫婦別氏制についての憲法適合性が問題となったものではないが、上告人らの論旨において、夫婦同氏制を規制と捉えた上、これよりも規制の程度の小さい氏に係る制度として選択的夫婦別氏制を採る余地がある点を指摘する部分があることから、本判決においては、「そのような制度に合理性がないと断ずるものではない」として選択的夫婦別氏制についても言及がされた。その上で、「夫婦同氏制の採用については、嫡出子の仕組みなどの婚姻制度や氏の在り方に対する社会の受け止め方に依拠するところが少なくなく、この点の状況に関する判断を含め、この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである」とされている。前記のような憲法24条の理解からすると自然な指摘であると思われる。
5 個別意見の概要
本判決の多数意見は本件規定を合憲とするものであって10名の裁判官によるものであり(寺田逸郎裁判官(裁判長)による補足意見がある。)、意見は本件規定を違憲(憲法24条違反)とするものの国家賠償法上の違法性を認めないとするものであって4名の裁判官(櫻井龍子裁判官、岡部喜代子裁判官、鬼丸かおる裁判官、木内道祥裁判官)によるものであり、反対意見は本件規定を違憲(憲法24条違反)として国家賠償法上の違法性を認めるとするものであって1名の裁判官(山浦善樹裁判官)によるものである。各裁判官の個別意見は次のとおりである。
(1) 寺田裁判官(裁判長)の補足意見
寺田裁判官(裁判長)は、①法律上の仕組みとしての家族関係が、広く社会に効果を及ぼすことがあるという性格などから規格化された形で作られており、どこまで柔軟化することが相当かは社会の受け止め方の評価に関わるところが大きいこと、②夫婦の氏に関する規定は嫡出子の仕組みとの整合性を追求しつつ構成されており、その仕組みを社会の多数が受け入れるときに、その原則としての位置付けの合理性を疑う余地がそれほどないこと、③選択肢を設けないことが不合理かどうかについては制度全体との整合性や現実的妥当性を考慮した上で選択肢が定まることなしには的確な判断をすることが望めないところ、氏を異にする夫婦関係をどのように構成するかには議論の幅が残ること、④氏の合理的な在り方については社会生活上の意義を勘案して広く検討を行っていくこととなるが、社会生活に係る諸事情の見方を問う政策的な性格を強めたものとなること等を挙げて、法律関係のメニューに望ましい選択肢が用意されていないことが不当であるという主張について憲法適合性審査の中で裁判所が積極的な評価を与えることには本質的な難しさがあり、むしろ、民主主義的なプロセスに委ねることによって合理的な仕組みの在り方を幅広く検討して決めるようにすることこそ事の性格にふさわしい解決であるとする補足意見を付した。
(2) 岡部裁判官の意見(櫻井裁判官及び鬼丸裁判官が同調)
岡部裁判官は、憲法24条の趣旨については前記の多数意見と同じ見解に立ちつつ、まず、本件規定が制定された昭和22年から長期間が経過し、社会の変化として、女性の社会進出が進んで婚姻前から継続する社会生活を送る女性が増加したほか、氏名自体が世界的な広がりを有するようになり、氏による個人識別性の重要性がより大きいものとなったこと、女子差別撤廃委員会からも本件規定についての懸念が表明されていること等を指摘し、本件規定の合理性は徐々に揺らいできたとした。その上で、夫婦の氏の意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのに、その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは、多くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ、また、自己喪失感といった負担を負うことになり、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえず、現在では夫婦が称する氏を選択しなければならないことは婚姻成立に不合理な要件を課したものとして婚姻の自由を制約するものであるとして、本件規定は、少なくとも現時点においては、憲法24条に違反するものであるとした。もっとも、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとする意見を付した。
なお、岡部裁判官の意見に櫻井裁判官及び鬼丸裁判官が同調した。
(3) 木内裁判官の意見
木内裁判官は、①職業ないし所属と氏、居住地と氏により個人が識別されるため、氏の変更により社会的な認識が失われる点で重大な利益侵害が生ずること、②身分関係の変動によって氏が変わるという原則には民法上も婚氏続称等の例外があること、③夫婦同氏の利益が、第三者に夫婦親子ではないかとの印象を与え、夫婦親子との実感に資する可能性があるというにとどまり、同氏でない婚姻をした夫婦が破綻しやすくなったり、夫婦間の子の生育がうまくいかなくなったりするという根拠はなく、同氏に例外を許さないことに合理性があるとはいえないこと、④不利益を緩和する選択肢として挙げられる通称は法制化がされていないこと等を挙げて、本件規定が憲法24条に違反するものであるとした上で、本件立法不作為に国家賠償法上の違法性があるとはいえないとする意見を付した。
(4) 山浦裁判官の反対意見
山浦裁判官は、憲法適合性の問題については岡部裁判官の意見に同調しつつ、①氏を改めることにより生ずる不利益は社会構造の変化により極めて大きなものとなってきたこと、②この点は我が国政府内においても認識された上で平成8年に法制審議会が「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申し、選択的夫婦別氏制という改正案が示されたこと、③諸外国においても夫婦同氏の他に夫婦別氏が認められるようになり、女子差別撤廃委員会からも本件規定の廃止が要請されていること等を挙げて、平成8年以降相当期間を経過した時点において本件規定が違憲であることが明白になっており、本件規定の改廃等の立法措置を怠ることが国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものとする反対意見を付した。
6 憲法適合性に係る判断について
本判決は、国家賠償請求については棄却すべきものとしつつ、あえて本件規定の憲法適合性について判断をしている。これは、国家賠償責任が否定される場合に前提問題として憲法判断を行うか回避するかについて、論理的には、憲法適合性に関する判断が違法性の有無の判断に先行すると考えられるところ、合憲又は違憲の判断を明示的に示す必要性が当該憲法問題の重要性・社会的影響等を考慮した個々の事案ごとの裁判所の裁量に委ねられているという立場に立ったものと解されよう。特に、憲法判断を責務とする最高裁の判決においては、憲法適合性につき各裁判官に多様な意見があり得る事件について、仮に国家賠償請求を棄却すべきものとする場合であっても、憲法判断についての各裁判官の意見を明示的に示すために上記の必要性が認められることがあると考えられる。
7 本判決の意義
本判決は、民法750条の憲法適合性について、最高裁大法廷として初めて判断を示したものであり、また、憲法13条、14条1項及び24条についての判断の枠組みやそれぞれの趣旨を明らかにしたものであって、理論上及び実務上極めて重要な意義を有すると思われるので紹介する。