◇SH0608◇中南米における紛争解決 齋藤 梓(2016/03/28)

未分類

中南米における紛争解決

西村あさひ法律事務所

弁護士 齋 藤  梓

1  はじめに

 中南米諸国に進出している企業にとって避けがたい大きな「リスク」の一つとして、現地で発生する紛争への対応が挙げられる。近時、トランスペアレンシー・インターナショナル[1]が発表した「腐敗認識指数(Corruption Perception Index:CPI[2])」によると、調査対象国168カ国のうち、中南米における最上位はウルグアイで21位、最下位はベネズエラで158位にランク付けされており、その他の主要国は、チリ23位、ブラジル76位、コロンビア83位、ペルー88位、メキシコ95位の順であった[3]

 必ずしも国家裁判所による透明かつ効率的な司法制度が確立していない中南米における紛争リスクにいかに対処していくかを検討するにあたり、まずは基礎知識として、日本企業にとって特に重要視されているブラジル、メキシコ、チリ、コロンビア及びペルーの5カ国に焦点をあわせて、各国の司法制度と利用可能な裁判外紛争解決手続について概観する。

 

2  国際商事紛争の解決手段[4]

 本稿においては、各国別の紹介に入る前のイントロダクションとして、国際的な商事紛争についての各紛争解決制度の概要を以下に纏めておく。

 

訴訟

国際商事調停

国際商事仲裁

国際投資仲裁
(ICSID仲裁の場合[5])

手続概要

国家権力の一翼を担う裁判所が司法権を行使して紛争を解決する手続

調停人の介入・働きかけにより、当事者が和解合意をする等して自律的に紛争を解決する手続

当事者が紛争解決を仲裁人の判断に委ね、仲裁人の終局的な判断により紛争を解決する手続

投資協定に規定された投資家対国家間の紛争解決条項(ISDS条項)に基づき、仲裁により紛争を解決する手続[6]

手続根拠

裁判管轄があれば特別な根拠は不要

当事者間の合意

当事者間の合意(契約上の仲裁条項等)

国家間投資協定(投資受入国による個別同意不要)

対象となる紛争

紛争全般

契約紛争等の商事紛争一般

契約紛争等の商事紛争一般

投資紛争

当事者

あらゆる当事者

あらゆる当事者

あらゆる当事者

投資家・投資受入国

判断権者

(国家の)公務員たる裁判官(当事者による選任権なし)

N/A(当事者間で合意)

当事者が選任した私人たる仲裁人

当事者が選任した私人たる仲裁人

審理手続及び判断の秘密性

公開

非公開

非公開

一部公開

上訴

上訴権が保障される(二審制・三審制)

N/A

一審制(ただし、仲裁地の裁判所に対して仲裁判断の取消しを求めることは可能。)

一審制(ただし、ICSIDの特別委員会に対して仲裁判断の取消しを求めることは可能。)

執行

困難(判決の国際的強制に関する多数国間条約の不存在)

困難(和解合意に判決と同様の効力があるとしても左記と同様。)

容易(ニューヨーク条約[7]により仲裁判断の国際的強制力付与)

容易(仲裁判断は投資受入国を拘束し、執行拒絶事由なし)

 

以 上

 


[1] 汚職・腐敗防止活動を展開する国際NGO。本部ベルリン。

[2] この指数は、腐敗とは「与えられた権限を濫用して私的利益を得ること」を意味するものとの定義に基づき、各国の公務員や政治家などが賄賂などの不正行為に応じるかどうか、つまり公的部門と民間との関係における腐敗度を調査と評価により数値化してランキングしたものと説明される。

[3] 2015年版CPI。2013年12月~2014年9月を調査対象とする。

[4] 表中の説明はあくまでも一般的な特徴・傾向を示すものであり、具体的な事案により異なり得る。

[5] 仲裁機関は適用される投資協定に定められている仲裁機関となるが、ここでは、「国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約(ICSID条約)」に基づき設立された投資紛争解決国際センター(International Centre for Settlement of Investment Disputes:ICSID)による仲裁を想定している。ICSID条約は1966年10月14日に発効し、2016年2月現在で160か国が署名・批准している。日本では1967年9月16日に発効している。チリ・コロンビア・ペルーはICSID条約加盟国。ブラジル・メキシコはICSID条約に非加盟。

[6] 投資仲裁とは、投資受入国による投資協定(BIT)や経済連携協定(EPA)に規定されたISDS条項に基づき、投資家と投資受入国との間の投資紛争を解決するための仲裁手続をいい、BITやEPA上の投資家保護の義務違反等について、投資家自らが、投資受入国との間で、同国政府の介入を極力排除した紛争解決手続を通じて終局的に紛争を解決することができる制度をいう。元来、投資家と投資受入国との間で紛争が起こった場合、投資受入国の裁判所が自国政府等に対して有利な判断を下しはしないか、という中立性に対する不安があり、特に中南米諸国のように公正かつ透明な司法制度が必ずしも整備されていない国家との間の紛争に関して、近年注目を集めている紛争解決制度である。

[7] 「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」。現在ではわが国を含め156カ国もの国が締約国となっている。ブラジル・メキシコ・チリ・コロンビア・ペルーのいずれもニューヨーク条約締結国。
    (http://www.uncitral.org/uncitral/en/uncitral_texts/arbitration/NYConvention_status.html

 

 
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

 

 

タイトルとURLをコピーしました