メキシコの知的財産権制度の基礎
西村あさひ法律事務所
弁護士 村 田 知 信
1 はじめに
メキシコは、知的財産に関する様々な条約・協定に積極的に加盟しており、国内法もそれらを反映して様々な知的財産の保護を規定している。
具体的には、特許・実用新案、意匠、商標、集積回路配置、営業秘密、著作物等の我が国で保護される知的財産については、メキシコでも概ね保護を規定する法律が存在する。また、その内容についても、我が国の知財実務担当者の目から見て比較的理解し易いものである。
メキシコの知的財産権制度の特徴として、法制度が整備されている反面、その利用・執行等における実効性が課題だとされることが多い。例えば、商標については、メキシコ居住者による出願が一定数を占めるものの、特許については、出願の大半がメキシコ非居住者(外国会社等)によるものであり、メキシコ居住者によって十分に利用されていない等と指摘されている。
以下、メキシコにおける主な知的財産権制度について、概要を説明する。
2 産業財産権
(1) 特許及び実用新案
特許権の存続期間は、出願日から20年間である。
保護対象は発明であり、発見や科学上の理論そのもの、商業的活動計画、コンピュータープログラム自体、治療・診断方法等は特許の対象とはならない。
登録要件としては、日本と同じく、新規性、進歩性、産業上の利用可能性が求められている。複数の者が同一の発明について特許出願をした場合、早く出願した者が優先される。
出願プロセスとしては、出願後、方式審査を経て、出願日から1年6か月の経過により出願が公開される。もっとも、日本と異なり審査請求制度が採用されていないため、出願は自動的に登録要件を満たしているか審査され、特許付与通知又は拒絶理由通知が行われる。拒絶理由通知が行われた場合、出願人は一定期間内に意見書や補正書を提出することができるが、それらによって拒絶理由が解消されない場合、最終的に拒絶査定がなされる。拒絶査定には不服申立てが可能である。
また、実用新案権の存続期間は、出願日から10年である。
保護対象は、物品に関する形態、形状、構造、配列等で有用なもの、製品、装置、器具等に限られており、方法は保護の対象ではない。日本と同じく、特許と比べて対象が限定されている。
登録要件としては、特許と同様に新規性、産業上の利用可能性が求められており、出願プロセスについても、出願公開が行われる点や審査請求制度が存在しない点等で特許権とほぼ同様である。すなわち、日本と異なり、実用新案も出願段階で実体審査が行われる。
なお、第三者が特許権や実用新案権の有効性等を争う手段としては、日本と同じく無効審判制度が存在するが、異議申立制度は採用されていない。
(2) 意匠
意匠権の存続期間は、出願日から15年であり更新はできない。
保護対象となる意匠は、概要、物品の模様・色彩又はそれらの結合により工業製品に特徴的な外観を与える創作だとされる。登録要件として、新規性、独自性(公知の意匠又は公知の意匠特性の組み合わせと独立して創作されそれらと重要な点において異なっていること)及び産業上の利用可能性が求められている。
意匠の出願プロセス及び有効性を争う手段については、出願公開制度が採用されていない以外は、概ね特許及び実用新案と同様である。すなわち、審査請求制度が採用されていないため全件実体審査が行われる。また、無効審判制度が存在するが、異議申立制度は採用されていない。
(3) 商標
商標権の存続期間は、出願日から10年であり、10年毎に更新可能である。
保護対象となる商標は、概要、文字、数字、標識、図形、立体形状又はそれらの組み合わせであって、視認でき識別力を有するもの(使用される商品・サービスにおいて他人の商標と識別できるもの)だとされる。不登録事由として、日本と同じく、普通名称・慣用商標や他人の登録商標又は周知・著名な商標と同一又は類似であること等が規定されている。動く商標も登録不可である。
商標の出願プロセスとして、商標出願は、出願後全件実体審査が行われ、登録前に工業所有権公報に掲載される。拒絶理由通知・補正の機会等については、概ね特許及び実用新案と同様である。
有効性を争う手段については、特許及び実用新案と同じく、無効審判制度が存在する。また、異議申立制度が新たに導入され、2016年8月30日から施行されている。なお、出願時に商標を使用している必要はないが、登録後3年以上不使用の場合は利害関係人によって登録商標が取り消されうる不使用取消制度も存在する。
(4) その他
上記の他に、半導体の集積回路配置や営業秘密に関する保護規定がある。
3 著作権
財産権、著作者人格権、著作隣接権についての保護規定があり、財産権としての保護期間は、著作者個人の生存中及び死後100年間である。これは、ベルヌ条約加盟国の中で最も長期である。
なお、財産権としての著作権の移転又はライセンスは可能であるが、書面により行われる必要がある。また、移転期間に関する規制が存在し、15年以上の期間は、著作権の性質及び投資規模によって正当と認められる例外的場合のみ合意可能だとされている。
4 条約の加入状況
冒頭で述べたとおり、メキシコは、多数の知的財産に関する条約・協定に加盟している。
具体的には、産業財産権関連では、パリ条約、特許協力条約、WIPO設立条約、TRIPS協定、標章の国際登録に関するマドリッド協定、微生物寄託の国際承認に関するブタペスト協定、国際特許分類に関するストラスブール協定、外国公文書領事認証免除に関するへーグ協定、北米自由貿易協定(NAFTA)、著作権関連では、ベルヌ条約、実演家等保護のためのローマ条約、許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約等に加盟している。
5 知的財産権所管官庁
メキシコでは、メキシコ産業財産庁が産業財産権を管轄し、連邦著作権庁が著作権を管轄する。
6 権利侵害及び水際措置
知的財産権の侵害については、権利者が差止め、損害賠償請求等の民事上の救済を求めることができる。産業財産権の侵害については、行政罰の対象としてメキシコ産業財産庁が査察権限を有するため、同庁に対して査察を求めることもできる。
また、明らかな知的財産権侵害(著作権は著作権登録が必要)を示す証拠・商品明細等を管轄当局に提出することで、税関当局の協力を得て一定の水際措置を実施することもできる。職権による税関差止めも可能である。
以上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。