◇SH0615◇ブラジルにおける紛争解決手段 ~ブラジル進出企業が知っておくべき司法制度の概要~ 齋藤 梓(2016/04/04)

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ブラジルにおける紛争解決手段

~ブラジル進出企業が知っておくべき司法制度の概要~

西村あさひ法律事務所

弁護士 齋 藤  梓

 

 「2014年度中南米日系進出企業の経営実態調査」(ジェトロ)によると、ブラジル進出日系企業が投資環境面でリスク(問題点)と感じているのは、「税制・税務手続きの煩雑さ」(回答率86.9%)や「人件費の高騰」(80.6%)の他、「労働争議・訴訟」が59.4%、「法制度の未整備・不透明な運用」が51.3%と高い数値を示した。主要なリスクの一つとして問題視されているブラジルの司法制度について以下概観する。

 

1  ブラジルの裁判制度

 ブラジルの裁判制度は、連邦裁判所と州裁判所及び労働裁判所等の特別裁判所で構成される(下図参照)。連邦裁判所は連邦政府や準政府機関等が当事者となる訴訟について管轄し、州裁判所はそれ以外の行政に関連しない刑事、民事、商事等に関する訴訟を管轄する。なお、ブラジルは一定の刑事事件を除いて陪審員による裁判制度を採用していない。

[ブラジルの裁判制度概要]

*    2011年6月30日から知的財産及び不正競争防止を含めてビジネス法に関する係争について専門的に取り扱うために、サンパウロ州高等裁判所にビジネス法専門高等裁判所と呼ばれる特別な支部が設置されている。

 

2  ブラジルにおける訴訟の問題点

(1)  裁判の長期化

 ブラジル国家司法審議会[1]が公表している資料(Courts In Figures 2015)によると、2014年当初にブラジル国内の裁判所で係属している案件数は約7080万件であったところ、同年度内に新たに約2890万件の訴えが提起され、あわせて約9970万件の訴訟が係属している状況にある[2]。ブラジルの裁判所では事件処理が追いつかず、訴訟手続の慢性的遅延を引き起こしており、第一審が結審するまでに5年程度、終局的な判断を得るまでに10年以上を要する場合も珍しくないと言われている。現地弁護士によると、このような状況を利用して、債務の履行を免れるためにあえて裁判を提起するという訴訟戦術を選択する企業もあるとのことである。

(2)  労働訴訟問題

 ブラジルにおいては、民政化に伴う司法制度見直しと憲法改正の際に、労働者保護や社会保障にかかる事項についてまで憲法で定められるに至ったという歴史的背景がある。憲法により労働者に対して手厚い保護を与えたことも一因となり、ブラジルでは労働訴訟を全く抱えていない企業の方が珍しいと言われるほどに労働訴訟事件が頻発することとなり、ブラジルへ進出する企業を悩ませる大きな種となっている。

 

3  裁判外紛争解決手続

 このような状況を受けて、近時、ブラジルでは、国家裁判所による裁判ではなく、より効率的で柔軟な裁判外での紛争解決が注目を集め、大きな発展を遂げている。

(1)  仲裁(Arbitration)

 ブラジルの仲裁法は、1996年に国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)が採択した国際商事仲裁モデル法を参考にして制定された近代的な仲裁法であり、さらに2002年にはニューヨーク条約を批准していることから、ブラジルにおいても他の先進国並みの近代的な国際商事仲裁手続が機能する法的基盤が構築され、仲裁の利用件数は飛躍的に増大した。2015年7月27日に施行された改正仲裁法はこれをさらに拡充するものであり、仲裁促進のための法整備により、ますます仲裁を利用した紛争解決が活発化するものと期待されている。

(2)  企業調停(Corporate Mediation)

 企業調停は法律上の制度ではないものの、近年、様々な紛争についての裁判外解決制度として広く活用されている。企業調停は、仲裁と違って終局的で拘束力をもつ判断を下す権限がなく、あくまでも当事者間の互譲による和解によって解決するものであるが、当事者がビジネス上の関係を続けている場合等には、対立構造が明確となる仲裁によるよりも適切である場合があり、また、法定の裁判上の調停(Judicial Mediation)と異なって柔軟で、さらに、単なる仲介人を置くあっせん(Conciliation)と異なって当事者の和解を促進すべく、調停人が積極的に技術的・法的論争を主導することを期待できるという特徴を有する。これらの特徴も調停を行うことについての当事者間の合意内容次第であり、調停を行う利点として、①調停により、紛争の全部ではなくともその一部を和解により解決することが可能なケースがあり、②裁判や仲裁手続を開始する前に自己の言い分について第三者(専門家)がどのようなリアクションを示すかテストをすることができ、また、③実際に、これらの正式手続を開始する前に当事者において事案の中身を十分に精査し検討することができること等が挙げられる。

(3)  投資仲裁(Investment Arbitration

 ブラジルは、ICSID条約に加盟しておらず、ICSID仲裁の当事国となったことがない。現在、ブラジルの法曹界では近い将来ICSID条約を批准して外国投資家を保護する法的基盤を整備することが期待されている。

以 上

 


[1]      Conselho Nacional de Justiça(CNJ)は、2004年に創設され、司法全体の運営および財務について管理し、かつ各判事の職務遂行状況の管理・監督を行う独立行政機関である。

[2]      CNJの資料によると、全ての裁判所における裁判官の総数は16,927名であり、国民10万人当たり8人の裁判官が担当しているとのことである。

 

(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

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