◇SH0683◇最一小判 平成28年3月31日 供託金払渡認可義務付等請求事件(大谷直人裁判長)

未分類

1  事案の概要

 (1) 本件は、平成10年3月31日をもって宅地建物取引業(以下「宅建業」という。)の免許の有効期間が満了したXが、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)25条1項に基づき供託した営業保証金(以下「本件保証金」という。)につき、同25年9月20日、同法30条1項に基づき取戻請求をしたところ、東京法務局供託官から、本件保証金の取戻請求権(以下「本件取戻請求権」という。)の消滅時効が完成しているとして、上記取戻請求を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)を受けたため、Yを相手に、本件却下決定の取消し及び上記取戻請求に対する払渡認可決定の義務付けを求める事案である。
 宅建業法30条2項本文は、同条1項の営業保証金の取戻しは、当該営業保証金につき還付請求権を有する者に対し、6か月を下らない一定期間内に申し出るべき旨を公告(以下「取戻公告」という。)し、その期間(以下「公告期間」という。)内にその申出がなかった場合でなければ、これをすることができない旨規定し、同条2項ただし書は、営業保証金を取り戻すことができる事由が発生した時から10年を経過したときは、この限りでない旨規定している。

 (2) 本件の事実関係等の概要は、次のとおりである。
 Xは、平成元年3月31日付けで、東京都知事から、宅建業法3条1項に基づき宅建業の免許を受け、同年6月13日付けで、東京法務局において、同法25条1項に基づき1000万円の本件保証金を供託した。
 Xの宅建業の免許の有効期間は、平成10年3月31日をもって満了した。その後、Xは本件保証金につき取戻公告をせず、また、本件保証金に対して還付請求権が行使されることもなかった。
 Xは、平成25年9月20日、東京法務局供託官に対し、本件保証金につき、供託原因消滅を理由として取戻請求を行ったが、同供託官は、同年10月1日付けで、Xに対し、(本件取戻請求権の消滅時効の起算点は平成10年4月1日から6か月を経過した日であり、取戻請求の時点でその日から既に10年以上が経過しているとして、)本件取戻請求権の消滅時効が完成していることを理由に、本件却下決定をした。

 

2 原審の判断の概要

 原審は、要旨次のとおり判断し、Xの本件却下決定の取消請求を棄却し、本件保証金の払渡認可決定の義務付けの訴えを却下すべきものとした。
 宅建業者であった者等は、取戻公告をし、その公告期間が経過したことに加え、公告期間内の申出に係る還付請求権が不存在であるか又は消滅したことにより、営業保証金の取戻請求権を法律上行使することができる。そして、取戻事由が発生した時点では、宅建業者としての取引は行われており、還付請求権の存否は既に法律上確定しているものというべきであるから、上記申出に係る還付請求権が存在しない場合には、取戻事由が発生し、最短の公告期間である6か月が満了した時点で、営業保証金の取戻請求権の行使は法律上可能になると解されるのであり、その時から同請求権の消滅時効は進行するものと解される。なお、宅建業法30条2項は、宅建業者であった者等に取戻公告をすることを義務付けるものではないが、このことは上記判断を左右するものではない。
 したがって、本件取戻請求権の消滅時効の起算点は、本件保証金の取戻事由が発生した平成10年4月1日から6か月が経過した時であり、上告人が本件保証金の取戻請求をした時点では、上記起算点から既に10年が経過しているから、本件取戻請求権の消滅時効が完成している。

 

3 本判決の概要

 Xが原判決を不服として上告受理申立てをしたところ、第一小法廷は、本件を上告審として受理した上、判決要旨のとおり、宅建業法30条1項前段所定の取戻事由が発生した場合において、取戻公告がされなかったときは、営業保証金の取戻請求権の消滅時効は、当該取戻事由が発生した時から10年を経過した時から進行するものと解するのが相当であるとし、その上で、本件の事実関係等によれば、本件取戻請求権の消滅時効が完成していないことは明らかであるとして、原判決を破棄し、原々審判決を取り消した上、Xの請求をいずれも認容した。

 

4 消滅時効の起算点等について

 (1) 宅建業法に基づく営業保証金の供託は、民法上の寄託契約の性質を有するものであることから、その取戻請求権の消滅時効は、同法166条1項により「権利を行使することができる時」から進行し、同法167条1項により10年をもって完成するものと解される(最大判昭和45・7・15民集24巻7号771頁参照。なお、上記最判により、供託金取戻請求が供託官により却下された場合にこれを争う方法は、供託金の支払を求める民事訴訟ではなく、当該却下処分の取消訴訟の方法によるものと解されている。)。

 (2) 一般に、消滅時効の起算点を定める民法166条1項の「権利を行使することができる時」とは、権利の行使に法律上の障害(履行期限、停止条件等)がなくなったときを意味すると解されている(我妻など通説)。しかし、法律上の障害であっても、債権者の意思により除去可能なものであれば、消滅時効の進行を妨げるものではないと解されており(例えば、同時履行の抗弁権が付着している債権等)、また、法律上の障害の除去につき債権者の行為と一定期間の経過が必要な場合(例えば、返済期を定めない消費貸借契約の貸主の返還請求権〔民法591条1項〕等)には、当該債権者の行為が可能となった時点からさらに上記一定期間が経過した時から消滅時効が進行すると解されている(大審判大正3・3・12民録20輯152頁参照)。ただし、債権者の意思により除去可能な法律上の障害であっても、債権者に法律上の障害を除去する行為を要求することが契約等の趣旨に反する場合には、当該法律上の障害がなくなるまで消滅時効は進行しないと解されている(最三小判平成19・4・24民集61巻3号1073頁、最一小判平成21・1・22民集63巻1号247頁等参照)。

 

5 営業保証金制度の趣旨等について

 営業保証金制度は、事業者が不特定多数の者を相手に営業活動を行う取引において相手方に損害を与えた場合に備えて、事業者に対し、供託所に一定の金銭又は有価証券を供託することを義務付け、これを損害補填の引き当てとする制度をいう(岡本正治=宇仁美咲『改訂版 [逐条解説]宅地建物取引業法』(大成出版社、2012)227頁等)。すなわち、営業保証金は、営業上の取引による債務の支払を担保するための保証金であり、宅建業者の営業活動の社会的安全を確保するために、営業の開始に当たって供託所に供託される金銭である(最大判昭和37・10・24民集16巻10号2143頁、宅地建物取引業法令研究会『宅地建物取引業法の解説〔5訂版〕』(住宅新報社、2010)126頁参照)。
 そして、宅建業を廃業する等の理由により、営業保証金を供託しておく必要がなくなることがあるが、この場合には、供託してある営業保証金を払い戻してもらう必要があり、これを営業保証金の取戻しという。そして、宅建業法30条2項本文の取戻公告及び同項ただし書の趣旨については、「(営業保証金の取戻公告は、)供託されている営業保証金について還付請求権を有している者がいる場合に、その者の知らない間に営業保証金の取戻しが行われてしまうことは、その者が営業保証金から損害を賠償してもらう機会を失わせることになるので、還付請求権を持っている者に対しては、その権利を実行する機会を与えておいて、その機会に権利を行使しない場合にのみ取戻しを認めるのが合理的であると考えられるため設けられている制度である。公告制度は、このような趣旨から認められているのであるが、営業保証金を取り戻す事由が発生してから10年を経過したときは、取引の相手方の有していた債権はほとんど時効となり消滅するので、公告を要しないで取り戻すことができることになって(いる)」(前掲宅地建物取引業法の解説〔5訂版〕142頁)と説明されている。

 

6 判決要旨について

 本判決は、営業保証金及び取戻公告の制度趣旨等に照らすと、宅建業法30条2項の規定は、取戻請求をするに当たり、取戻公告をして取戻請求をするか、取戻公告をすることなく同項ただし書所定の期間の経過後に取戻請求をするかの選択を、宅建業者であった者等の自由な判断に委ねる趣旨であると解するのが相当であるとした。
 敷衍するに、営業保証金の制度趣旨に照らすと、本来、営業保証金は、取戻事由が発生した後も、取引の相手方に生じた損害を担保するものとして長期間供託され続けることが望ましい性質のものであり(例えば、宅地の購入者において、当該宅地に存在する瑕疵やこれに基づく損害を了知するまでに数年を要することは必ずしも珍しいことではない。)、このような営業保証金の性質からすれば、同項本文の規定は、宅建業者であった者等が義務的に又は原則的になすべき行為を定めたものではなく、むしろ、宅建業者であった者等が早期に営業保証金の取戻請求を行う場合において、還付請求権者の権利行使の機会を確保するために履践すべき手続ないし要件を定めたものにすぎないと解するのが相当であり、同項本文所定の手続に基づく取戻請求の方法と、同項ただし書所定の期間経過による取戻請求の方法との間に優先関係はなく、宅建業者であった者等が自由な判断により選択することが可能なものとして予定されているものとみるのが相当であると考えられる。本判決は、このような観点から、宅建業法30条2項の規定の趣旨を、上記のとおり解したものといえよう。
 その上で、本判決は、取戻公告をすることなく取戻請求をする場合に、宅建業者であった者等は取戻事由が発生すれば直ちに公告期間を最短の6か月と定めて取戻公告をすることができることを理由として、取戻事由の発生時から6か月を経過した時から取戻請求権の消滅時効が進行すると解することは、上記の選択を宅建業者であった者等の自由な判断に委ねた宅建業法30条2項の趣旨に反すると解したものである。そして、このように解さなければ、同項ただし書所定の期間経過による取戻請求の方法が制度上予定されていることは同項の規定の文理に照らし明らかであるにもかかわらず、本判決も説示しているとおり、当該取戻請求をなし得る期間が僅か6か月間に限定され得ることになり、不合理といわざるを得ないことも、本判決の上記解釈の正当性を裏付けるものと解される(なお、国会に提出されている民法改正法案においては、民法166条1項の消滅時効期間は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間(1号)、又は、権利を行使することができる時から10年間(2号)とされているため、同法案が成立し施行されれば、原審やYが前提とする解釈の下では、消滅時効の中断等がない限り、同項ただし書に基づく取戻請求は事実上不可能になってしまいかねない。)。
 本判決は、以上のような観点から、判決要旨のとおり、宅建業法30条1項前段所定の取戻事由が発生した場合において、取戻公告がされなかったときは、営業保証金の取戻請求権の消滅時効は、当該取戻事由が発生した時から10年を経過した時から進行するものと解するのが相当である旨判断したものである。

 

7 本判決の射程範囲等について

 本判決は、その説示に照らすと、宅建業法30条2項は、取戻公告を実施するかどうかの選択ではなく、同項本文所定の手続(公告期間内に申出があった場合の当該申出者との訴訟手続等を含む。)に基づく取戻請求の方法と、同条ただし書所定の期間の経過による取戻請求の方法との選択につき、宅建業者であった者等の自由な判断にゆだねられている旨をいうものであると解される。したがって、宅建業者であった者等が、同項ただし書所定の期間経過による取戻請求の方法を選択したといえる以上、その方法における取戻請求権の行使に係る法律上の障害は、同項ただし書所定の期間の経過(取戻事由の発生から10年の経過)のみであり、同項本文所定の手続に基づく取戻請求の方法における法律上の障害の内容等(還付請求権者からの申出がないこと等の要件は取戻請求権の行使に係る法律上の障害であるか、これが法律上の障害であるとすればそれは自らの意思により除去し得る性質のものであるか否か等)については、そもそも検討することを要しないという立場に立っているものと考えられる。すなわち、本判決は、同項本文所定の手続に基づく取戻請求の方法における法律上の障害の内容をどのように理解し、また、その法律上の障害が権利者の意思により除去可能なものであるか(あるいは、どのような事情があれば除去可能なものとみるか)などといった点については、判断の対象とはしておらず、また、特定の考え方を前提にするものでも示唆するものでもないというべきである。
 そして、このような本判決の立場からすると、宅建業法以外の法令に係る営業保証金(これに類するものを含む。)の取戻請求権の消滅時効の起算点については、①同法30条2項と同様の規定が設けられているもの(旅行業法9条8項、家畜商法10条の7第4項、割賦販売法18条の2第2項、同法29条2項等)に関しては、基本的に本判決の論理及び結論が妥当するものと考えられるが、②営業保証金の取戻請求に要する手続等に関しこれとは異なる内容の規定が設けられているものについては、本判決から直ちに何らかの結論が導かれるものではなく、どの時点において民法166条1項にいう「権利を行使することができる時」に該当するといえるかにつき、それぞれの規定の文言、内容、趣旨、目的等に照らして、個別に検討する必要があると考えられる。

 

8 本判決の意義等

 本判決は、営業保証金の取戻請求権に係る消滅時効の起算点に関し当審が初めて判断を示したものであり、また、宅建業法30条2項の趣旨等に鑑み、時効処理等取扱要領(平成25年1月11日法務省民商第7号法務省民事局長通達)第4の2(1)イに示された解釈及び運用を否定したものでもあることから、実務上重要な意義を有すると考えられるため、紹介する次第である。

タイトルとURLをコピーしました