◇SH0239◇最一小判 平成26年7月24日 傷害致死被告事件(白木勇裁判長)

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 本件は、第1審の裁判員判決及びこれを是認した原判決を量刑不当を理由に破棄した最高裁の初めての事例である。事案は、夫婦である被告人両名(夫・当時26歳、妻・当時27歳)が、共謀の上、自宅において、夫が、幼い娘の頭部を平手で1回強打して床に打ち付けさせる暴行を加えて死亡させたという傷害致死事件である。

 

2 審理の経過等

 第1審判決は、犯情及び一般情状に関する指摘などをした上で、児童虐待事犯に対しては、今まで以上に厳しい罰を科すことが社会情勢等に適合すると考えられると述べるなどして、検察官の各懲役10年の求刑を大幅に超える各懲役15年の刑を言い渡した。被告人両名が控訴したところ、原判決は、第1審判決の犯情及び一般情状に関する評価が誤っているとまではいえず、第1審の量刑判断が控訴趣意で主張された量刑検索システムの同種事犯の量刑分布よりも突出して重いものになっていることなどによって直ちに不当であるということはできず、傷害致死罪の法定刑の広い幅の中で、なお選択の余地のある範囲内に収まっているとして量刑不当の主張を排斥して控訴を棄却した。これに対し、被告人両名が上告した。

 

3 本判決

 本判決は、親による幼児に対する傷害致死の事案において、これまでの量刑の傾向から踏み出し、公益の代表者である検察官の懲役10年の求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることにつき、具体的、説得的な根拠を示しているとはいい難い第1審判決及びその量刑を是認した原判決は、量刑不当により破棄を免れない旨判示し、第1審判決及び原判決を破棄し、夫に対し懲役10年、妻に対しては実行行為に及んでいないことを踏まえ、犯罪行為にふさわしい刑を科すという観点から懲役8年とする自判をした。

 

4 本判決の背景

 裁判員制度の導入による裁判員対象事件の量刑傾向の変化については、最高裁判所事務総局「裁判員裁判実施状況の検証報告書」(平成24年12月)23頁において、傷害致死を含む一部の罪名について刑期が重い方向へシフトし、他方で一部の罪名について執行猶予に付される率が上昇していること、執行猶予付き判決のうち保護観察に付される割合が大幅に増加していることが指摘されているほか、裁判員対象事件に関し、求刑どおり及び求刑超え判決は、裁判員法施行の1年前からの裁判官裁判では2.1%であるのに対し、裁判員法施行後3年間の裁判員裁判では求刑どおり及び求刑超え判決は5.9%に増加し、求刑超え判決も少なからず言い渡されていることが指摘されていた。また、同検証報告書登載データ以降も求刑超え判決は言い渡されており、同検証報告書登載の最新のデータから2年余り後の平成26年7月の本判決の時点では合計47件の裁判員裁判の求刑超え判決が言い渡されていた。本件は、その中でも、求刑との対比で見た場合に、1.5倍という割合及び5年という年数において求刑を最も大きく超えていた事案である。
 裁判員制度の導入により、国民の視点、感覚が量刑にも反映される結果、裁判官のいわゆる量刑相場を前提とした量刑とは変化が生じ得ることは当然に想定されていた。他方で、犯罪行為にふさわしい刑を科すという行為責任の観点及び刑事裁判の基本的な要請である処罰の公平性の観点から、これまでの量刑の傾向も一定の意義を有していると考えられる。したがって、裁判員裁判が開始されて数年の時期において、これまでの量刑の傾向と量刑に関する裁判員の視点、感覚をいかに調和させ、制度導入の趣旨を踏まえた量刑をしていくかが大きな課題であった。

 

5 量刑傾向の意義

 我が国の刑法は、一つの構成要件の中に種々の犯罪類型が含まれることを前提に幅広い法定刑を定めている。例えば、殺人、傷害致死などは1か条で種々の犯罪類型をカバーし、具体的な可罰性の段階付けを裁判所の手に委ねていることから、裁判例の集積によって同一構成要件の中でも犯罪類型に応じて量刑傾向が形成されることが予定されているとみることができる。したがって、犯罪類型ごとの量刑傾向の形成は、類型が共通する事案の間における刑の公平の観点はもとより、量刑の本質である行為にふさわしい刑を科すという行為責任の観点からも正当性が導かれるものである。先例の集積による量刑傾向それ自体は、直ちに法規範性を帯びるものでなく、絶対視することができないのはもちろんであるが、行為責任の枠を示すものとして意識されて、量刑を決するに当たって目安とされるべきものといえる(井田良慶應大学教授・大島隆明判事・園原敏彦判事らによる平成21年度司法研究「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」司法研究報告書63輯3号〔平成24年〕24ないし28頁参照)。
 本判決が説示するように、裁判員裁判は、刑事裁判に国民の視点を入れるために導入されたものであり、量刑に関しても、先例の集積結果に相応の変容を与えることがあり得ることは当然に想定されていたということができ、その意味では、裁判員裁判において、それが導入される前の量刑傾向を厳密に調査・分析することは求められていないし、ましてや、これに従うことまで求められているわけではない。しかし、裁判員裁判といえども、他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく、評議に当たっては、これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で、これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められている。そして、本判決が説示するように、傾向を変容させる意図を持って量刑を行うことも裁判員裁判の役割として直ちに否定されるものではないが、傾向から踏み出す量刑をすることにつき、具体的、説得的な根拠が示される必要があるものと考えられる。本判決には、量刑評議の在り方等について、白木勇裁判官の補足意見が付されており、参照されたい。

 

6 最高裁の量刑審査

 上告審における量刑審査については、条文上、上告審の職権破棄事由である刑訴法411条2号の量刑不当は、控訴理由である刑訴法381条の量刑不当と比較すると、量刑不当が「甚しいこと」及び「著しく正義に反すること」が付加されており、上告審の量刑不当による破棄は相当に限定的であることが想定されていると考えられる。これまでの最高裁の量刑審査の運用を見てみると、量刑不当を理由に破棄をした事件は25件あるが、ほとんどが実刑を執行猶予としたもの及び死刑と無期懲役の選択に関するものであって、刑期を変更したものはわずか1件の特殊な事案に関するもののみであった(最高裁昭和51年11月18日第一小法廷判決・裁判集刑事202号399頁)。また、裁判員裁判の開始以前には求刑を超える判決は相当に希であったのに対し、裁判員裁判開始後47件の裁判員裁判の求刑超え判決が言い渡されて上告までされた事件もあるが、本判決までに11件が各小法廷において全て職権判断を示さないで棄却されてきており、本判決の後にも各小法廷で同様に棄却決定がされている。本判決が説示するように、具体的、説得的な根拠がないのに量刑傾向から踏み出した第1審判決の量刑を控訴審判決が合理的理由なく是認している場合には、刑訴法411条2号の量刑不当になり得るものと考えられるが、上記のとおり、求刑超えの裁判員判決の中で、求刑との対比で見た場合に割合でも年数でも求刑を最も大きく上回り、量刑傾向からの踏み出しの程度が最も大きかったとみられる本件のみが破棄されていることをみれば、本判決は、最高裁の量刑審査の運用に何らかの変化が生じたことを示すものではないものと思われる。

 

7 終わりに

 本判決は、上記のとおりの説示をして第1審判決及び原判決を破棄したものであるが、他方で、第1審の裁判員裁判及びその量刑を審査する控訴審が、量刑傾向に過度に依存した量刑判断を行うようになることを避けようとした配慮もうかがわれる。すなわち、本判決において、裁判員量刑検索システムによって示される親の子に対する傷害致死事案の具体的な量刑分布への言及がなかったり、評議の出発点に関し、「おおまかな量刑の傾向」との表現が用いられたりしているのは、上記のような配慮によるものではないかと思われる。また、これまでの量刑傾向と裁判員の視点、感覚とが過度に対立的なものとして理解されるのは相当ではないと考えられるところ、本判決において量刑傾向に関し強い表現が用いられていないのは、裁判員裁判の量刑判断の過程に関し、裁判官の先例と国民の感覚という対立の構図があると安易に受け止められ、裁判員制度の趣旨に反する誤った理解がされることを避けようとしたことによるものでもあると思われる。
 本判決は、裁判員制度が、国民の視点や感覚と法曹の専門性とが常に交流することによって、相互の理解を深め、それぞれの長所が生かされるような刑事裁判の実現を目指すべく導入されたことを踏まえ、量刑に関する裁判員の視点、感覚とこれまでの量刑の傾向をいかに調和させていくかという裁判員裁判の量刑評議の在り方、裁判員判決の量刑理由の在り方、及び控訴審の量刑審査の在り方に関し、その基本となる考え方を示すものとして今後の実務に与える影響は大きいものと思われる。

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