1
本件は、旅客鉄道事業を営むXが、認知症にり患した当時91歳のAが駅構内の線路に立ち入りXの運行する列車に衝突して死亡した事故(以下「本件事故」という。)により、列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して、Aの妻Y1及び長男Y2に対し、民法709条又は714条に基づき、損害賠償金の連帯支払を求めた事案である。Yらがそれぞれ同条所定の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者に当たるか否か等が争われた。
なお、鉄道営業法37条は、「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」について科料に処する旨を定めており、鉄道地内にみだりに立ち入る行為は刑罰法規違反行為として不法行為法上も違法となり得る。Aの行為が不法行為を構成するものであることは、原々審以来実質的に争われていない。
2
事実関係の概要は、次のとおりである。
AとY1は、昭和20年に婚姻し、以後同居していた。AとY1との間には4人の子がいるが、このうち長男Y2及びその妻Bは昭和57年に愛知県にあるA宅から横浜市に転居し、他の子らもいずれも独立している。Aは、平成12年頃に認知症のり患をうかがわせる症状を示し、平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断され、平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し、平成19年2月には要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けた(要介護状態区分は5段階になっており、要介護5が最も重度のものである。介護保険法7条1項、要介護認定等に係る介護認定審査会による審査及び判定の基準等に関する省令1条1項)。Y2の妻Bは、平成14年から単身でA宅の近隣に転居し、Y1によるAの介護を補助した。Y1は、Y2、Bらの了解を得てAの介護に当たっていたものの、本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、Aの介護もBの補助を受けて行っていた。Y2は、Aが認知症にり患した後も引き続き横浜市に居住し、本件事故の直前の時期において1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねているという状況であった。
Aは、本件事故当日である平成19年12月7日の午後4時30分頃にデイサービス施設から帰宅し、Y1及びBと一緒に過ごしていたが、Bが別室で片付けをし、Y1がまどろんで目を閉じていた僅かな隙に、A宅から1人で外出し、A宅のすぐ近くにある駅から列車に乗り、1駅先の駅で列車から降り、ホーム下に下りた。そして、午後5時47分頃本件事故が発生した。Aは、本件事故当時、認知症が進行しており、責任を弁識する能力がなかった。
3
以上の事実関係を前提に、原判決は、一方の配偶者が精神上の障害により精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)5条に規定する精神障害者となった場合には、同法上の保護者制度(同法20条〔平成25年法律第47号による改正前のもの〕参照)の趣旨に照らしても、その者と現に同居して生活している他方の配偶者は、夫婦の協力及び扶助の義務(民法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り、夫婦の同居、協力及び扶助の義務に基づき、精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負うのであって、民法714条1項所定の法定の監督義務者に該当するなどとして、XのY1に対する損害賠償請求を一部認容し、Y2に対する損害賠償請求を棄却した。
これに対し、本判決は、Aの妻Y1及び長男Y2は、法定の監督義務者に当たらず、かつ、準監督義務者にも当たらないとして、Xの上告を棄却し、原判決のうちY1敗訴部分については、これを破棄した上、同部分につき、原々審判決を取り消し、Xの請求を棄却した。
4
本件は、主に民法714条1項の要件、具体的には、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」という要件(以下「主体要件」という。)、「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」でないことという要件に関する解釈適用が問題となったものである。そして、本判決は、このうち主体要件について解釈を示した上で、これを本件事案に適用したものである。
主体要件の関係では、第1に、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」すなわち法定の監督義務者の意義が問題となり、第2に、法定の監督義務者に当たらないもののこれに準ずべき者(以下「準監督義務者」ともいう。)についても民法714条の責任を負うか否かが問題となる。
5
まず、法定の監督義務者の意義についてみると、「法定」の義務は、民法親族編や特別法で定められることになる。具体的には、親権者や未成年後見人等が「法定」の監督義務者に当たることについては、異論がない。これに対し、保護者(精神保健福祉法22条1項〔平成25年法律第47号による改正前のもの〕)や成年後見人(民法858条)については、議論があるが、保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が平成11年の法律改正により廃止されたこと、成年後見人の禁治産者に対する療養看護義務が平成11年の法律改正によりいわゆる身上配慮義務に改められたこと(なお、立案担当者は、身上配慮義務の対象は、成年後見人の法律行為に関する権限の行使に当たっての注意義務という規定の性質上、契約等の法律行為に限られるものであり、現実の介護行為のような事実行為は含まれない旨説明している。小林昭彦ほか編『一問一答 新しい成年後見制度〔新版〕』(商事法務、2006)122頁等)等に照らせば、本件事故のあった平成19年当時において、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできないと解される。
また、原審は、民法752条等を根拠にして同居する妻の法定の監督義務者該当性を肯定しているところ、親族間の扶養義務を同法714条所定の法定の監督義務と結び付けた議論は従来ほとんどされていない上、夫婦の同居、協力及び扶助の義務の内容に照らしても、同法752条の規定をもって法定の監督義務を定めたものということはできないと解される。なお、扶養の程度については、相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務を意味する生活保持義務と、自分の生存に余裕がある場合にだけ相手方の困窮を援助する義務を意味する生活扶助義務とに2分する見解が通説である(中川善之助「親族的扶養義務の本質(1)(2・完)」新報38巻(1928)6号1頁・7号48頁等)。
このような点を踏まえ、本判決は、精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないと判断したものと解される(なお、木内道祥裁判官の補足意見も参照)。その上で、本判決は、Aの妻Y1及び長男Y2は、法定の監督義務者に当たらないとした。
上記の判断において示された考え方は、その判文に照らし、精神障害者と同居する配偶者の民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」該当性が問題となる場合一般に広く妥当するものと解される。他方で、本件が精神障害者(認知症の者)の親族の責任の有無が争われた事案であることに鑑み、本判決は、精神障害者(認知症の者)の介護等を行う施設等の責任の有無の問題について判断しておらず、この点は残された問題である。
6
次に、準監督義務者の責任についてみると、最一小判昭和58・2・24集民138号217頁(以下「昭和58年判決」という。)は、原審認定の事実関係の下で、成年に達した精神障害者の両親に対し民法714条の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者としての責任を問うことができない旨判示している。また、精神障害者(特に統合失調症の者)の監督者の責任の有無が問題となった裁判例としては、高知地判昭和47・10・13下民23巻9~12号551頁(責任肯定)、福岡地判昭和57・3・12判タ471号163頁(責任肯定)、東京地判昭和61・9・10判時1242号63頁(責任否定)、鹿児島地判昭和63・8・12判タ682号177頁(責任否定)、仙台地判平成10・11・30判タ998号211頁(責任肯定)、東京高判平成15・10・29判時1844号66頁(責任否定)、福岡高判平成18・10・19判タ1241号131頁(責任肯定)、名古屋地判平成23・2・8判時2109号93頁(責任否定)、福岡高判平成24・3・6LLI(責任否定)、名古屋地岡崎支判平成27・4・8判時2270号87頁(責任否定)等がある。
昭和58年判決は、監督義務者に準ずべき者について民法714条の責任を問い得ることを前提にしているものと解される。もっとも、昭和58年判決は、事例判例である上、結論的には監督義務者に準ずべき者に当たらないとされたものであったため、昭和58年判決によって精神障害者の準監督義務者の責任に関する判例法理が明確に示されたとはいい難い状況であった。また、学説上も、法定の監督義務者以外の者(学説・裁判例上「事実上の監督者」として議論されることもある。)も同条の責任主体となり得るとする見解が通説であったものの(もっとも、同条の責任を負う「事実上の監督者」という概念を否定し、同法709条の責任の成否だけを問題とする見解もある。飯塚和之「精神障害者の加害行為に対する監督義務者の責任に関する一考察」小林三衛先生退官記念『現代財産権論の課題』(敬文堂、1988)163頁等)、その要件や法律構成については固まっていない状況であったといえる。すなわち、法律構成としては、同法714条2項を適用ないし準用する見解(我妻栄『事務管理・不当利得・不法行為』(コンメンタール刊行会、1963)160頁、加藤一郎『不法行為〔増補版〕』(有斐閣、1986)162頁等)、同条1項を類推適用する見解(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』(信山社出版、2009)422頁等)等がある。また、昭和58年判決以降、精神障害者の準監督義務者については一種の被害者とも考えられること等を理由に責任を肯定するのに慎重さが求められるとする見解が有力であるものの(四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為(下)』(青林書院、1985)679頁等)、そのような見解を前提としてもどのような場合に責任が肯定されるかについて一致した見解は見いだし難い状況であった。
ところで、準監督義務者の責任に関する要件を考える際には、なぜ精神障害者がした不法行為につき他人である監督義務者が責任を負うのかという帰責根拠に遡って責任の要件を考察することが必要であると思われる。また、主体要件としての性質上、準監督義務者の概念は、一般的・類型的に定められるべきであるということもいえると思われる。それと同時に、これまでの同種裁判例からも明らかなとおり精神障害者の不法行為といっても多種多様であり、一般論として、個別事案において柔軟に対応可能な判断枠組みが望ましいといえる。
このような点を踏まえ、本判決は、(i)法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである旨判示し、準監督義務者として同条の責任主体となるための要件と法律構成を明らかにした上で、(ii)ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、①その者自身の生活状況や心身の状況など(監督者の状況)とともに、②精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情(精神障害者と監督者との関係)、③精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容(精神障害者の状況)、④これらに対応して行われている監護や介護の実態(監護や介護の実態)など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである旨判示し、精神障害者に関して準監督義務者該当性の判断の際の考慮事情と判断の観点を明らかにしたものと解される。
その上で、本判決は、認知症により責任を弁識する能力のない者Aが線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた場合において、①Aの妻Y1が、長年Aと同居しており長男Y2らの了解を得てAの介護に当たっていたものの、当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、Aの介護につきY2の妻Bの補助を受けていたなど判示の事情の下では、Y1は、民法714条1項所定の法定の監督義務者に準ずべき者に当たらず、また、②Y2がAの介護に関する話合いに加わり、BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながらY1によるAの介護を補助していたものの、Y2自身は、当時20年以上もAと同居しておらず、本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないなど判示の事情の下では、Y2は、同項所定の法定の監督義務者に準ずべき者に当たらないとしたものである。
上記(i)で示された考え方は、民法714条1項の類推適用という法律構成の下で、準監督義務者の帰責根拠(事実状態が法的義務に昇華するのはなぜかという点も含む。)等も踏まえて、一般的・類型的な要件を設定して一定の限定を図っていく(「第三者に対する加害行為の防止に向けて」、「特段の事情が認められる場合」等の判文にその趣旨が表現されているといえる。)とともに、一定の枠内で個別事案における衡平の原則に従った柔軟な解決を可能とする判断枠組みを示したものと理解することができるように思われる。本判決で示された「その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情」の具体的内容については、今後の裁判例・学説の蓄積に委ねられる面もあるが、判文全体の趣旨に照らせば、監督者の引受意思のみならず、広く監督可能性等も含むものと解される。また、「その者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなど」という判文からは、監督という事実状態に基礎を置きつつも、単なる事実状態のみから準監督義務者該当性が肯定されるわけではないという趣旨が含意されているものと推察される。
また、機能的にみれば、成年の精神障害者に関する民法714条の適用に関しては、大枠の方向性として、(A)親権者に匹敵する同条所定の法定の監督義務者は存在しないとして同条の責任の成立を一切否定し、同法709条の責任のみを肯定する方向、(B)精神障害者の監護等につき一定の役割を担う地位にある者を全て同法714条所定の法定の監督義務者として扱いつつ、免責事由の認定を実質化し、各義務者が負担する義務内容に照らし十分な対応がされていれば免責を緩やかに肯定する方向(別途、同法709条の責任の追及は可能とする。)の二つが考えられるところ(米村滋人「判批」判評677号(2015)7頁)、上記のとおり主体要件(類推適用がされる場合も含む。)について一定の限定を図りつつ別途同法714条1項ただし書の適用の可能性を排除していないことからすれば、本判決は、(A)と(B)の中間的な立場をとったものと解される。
本件が精神障害者(認知症の者)の親族の責任の有無が争われた事案であることや判文全体の趣旨に照らせば、上記(i)及び(ii)で示された考え方の直接の射程は家族等の自然人の責任が問題とされる場合に限定され、介護等を行う施設等の責任が問題とされる場合は直接の射程に含まれないものと解される。
本判決は、精神障害者の準監督義務者に当たる場合に民法714条1項ただし書がどのように機能するかについて判断しておらず、この点は残された問題である(岡部喜代子裁判官、大谷剛彦裁判官の各意見においては、同項ただし書該当性について判断がされている。)。また、精神障害者の監督者の民法709条に基づく責任がいかなる場合に認められるかについても、今後に残された問題である。
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もとより、認知症の者を含めた精神障害者の不法行為に対する民事責任の在り方については、解釈論・立法論上様々な見解があり得るところであり、上記各問題以外にも、今後に残された問題は少なくないように思われる(立法論については、星野英一「責任能力」ジュリ893号(1987)82頁、同「責任無能力者・監督義務者の責任」ジュリ918号(1988)86頁、同「民法典における不法行為法の体系」『民法論集 第10巻』(有斐閣、2015)149頁、潮見佳男「責任主体への帰責の正当化」NBL1056号(2015)10頁、窪田充見「責任能力と監督義務者の責任」『別冊NBLNo.155 不法行為法の立法的課題』(商事法務、2015)71頁等参照)。
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本判決は、精神障害者(具体的には認知症の者)の親族の民法714条に基づく責任について、最高裁が初めて明示的な判断を示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。なお、本判決には、前出の木内裁判官の補足意見、岡部裁判官、大谷裁判官の各意見が付されている。