衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りを定める公職選挙法13条1項、別表第1の規定の合憲性
平成29年10月22日施行の衆議院議員総選挙当時において、公職選挙法13条1項、別表第1の定める衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、上記規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない。
(意見及び反対意見がある。)
憲法14条1項、15条1項、3項、43条1項、44条、公職選挙法13条1項、別表第1
平成30年(行ツ)第153号 最高裁平成30年12月19日大法廷判決 選挙無効請求事件 棄却
原 審:平成29年(行ケ)第31号 東京高裁平成30年2月6日判決
1 事案の概要
本件は、平成29年10月22日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について、東京都及び神奈川県内の選挙区の選挙人であるXら(原告ら、上告人ら)が、衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから、これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であるなどと主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 本件の前提となる事実関係等の概要
(1) 昭和25年に制定された公職選挙法は、衆議院議員の選挙制度につき、中選挙区単記投票制を採用していたが、平成6年にその一部が改正され、従来の中選挙区単記投票制に代わって小選挙区比例代表並立制が導入された(以下、上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
本件選挙制度のうち小選挙区選挙については、全国に289の選挙区を設け、各選挙区において1人の議員を選出するものとされていた(同法13条1項、別表第1。以下、後記の改正の前後を通じてこれらの規定を併せて「区割規定」という。)。選挙区の改定については、平成6年に公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下、後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」という。)により、衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)が改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。
平成28年法律第49号(以下「平成28年改正法」という。)による改正後の区画審設置法(以下「新区画審設置法」という。)3条は、①1項において、上記の改定案を作成するに当たっては、各選挙区の人口(同条においては最近の国勢調査の結果による日本国民の人口をいう。)の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることとし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定めるとともに、②2項において、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県の人口を小選挙区基準除数(その除数で各都道府県の人口を除して得た数(1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする。)の合計数が衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数と合致することとなる除数をいう。)で除して得た数(1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする。)とするとし(いわゆるアダムズ方式)、③3項において、同法4条2項の規定による勧告に係る改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は変更しないものとすると定めている。
そして、選挙区の改定に関する区画審の勧告は、10年ごとに行われる国勢調査(以下「大規模国勢調査」という。)の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(新区画審設置法4条1項)、さらに、区画審は、大規模国勢調査が行われた年から5年目に当たる年に行われる各選挙区の国勢調査(以下「簡易国勢調査」という。)の結果による日本国民の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上となったときは、当該国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に、上記の勧告を行うものとされている(同法4条2項)。
なお、平成24年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の区画審設置法(以下「旧区画審設置法」という。)3条は、①1項において、上記の改定案を作成するに当たっては、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定めるとともに、②2項において、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県にあらかじめ1を配当することとし(以下、このことを「1人別枠方式」という。)、この1に、小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下、この区割基準を「旧区割基準」といい、この規定を「旧区割基準規定」ともいう。)。
(2) 平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)の選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差(以下「選挙人比最大較差」という。)は1対2.304であり、選挙人数の較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった(以下、平成24年改正法による改正前の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「旧区割規定」といい、同規定に基づく選挙区割りを「旧選挙区割り」という。)。
最大判平成23・3・23民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は、選挙区間の人口の最大較差(以下「人口比最大較差」という。)が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとする旧区画審設置法3条1項の定めは、投票価値の平等の要請に配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方、平成21年選挙時において、選挙区間の投票価値の較差が拡大していたのは、各都道府県にあらかじめ1の選挙区数を割り当てる同条2項の1人別枠方式がその主要な要因となっていたことが明らかであり、かつ、人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから、旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び旧区割基準に従って改定された旧区割規定の定める旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判示した。そして、同判決は、これらの状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割基準規定及び旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、事柄の性質上できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し、旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど、投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。
(3) 平成23年大法廷判決を受けて、平成24年11月16日、旧区画審設置法3条2項の削除及びいわゆる0増5減(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減ずることをいう。以下同じ。)を内容とする改正法案が平成24年改正法として成立した。そして、同日に衆議院が解散され、同年12月16日に施行された衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不可能であったため、平成21年選挙と同様に旧選挙区割りの下で施行された。
最大判平成25・11・20民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法廷判決」という。)は、旧選挙区割りは平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、国会においては今後も平成24年改正法による改正後の区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると判示した。
平成24年改正法の成立後、平成25年6月24日、上記0増5減を前提に、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とする平成24年改正法の一部を改正する法律案が、平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)として成立した。その結果、平成22年の大規模国勢調査の結果によれば人口比最大較差は1対1.998となるものとされたが、同26年12月14日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成26年選挙」という。)当日においては、選挙人比最大較差は1対2.129であり、選挙人数の較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区であった。
(4) 最大判平成27・11・25日民集69巻7号2035頁(以下「平成27年大法廷判決」という。)は、上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ておらず、上記のような投票価値の較差が生じた主な要因は、いまだ多くの都道府県において1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項が削除された後の区割基準に基づいて定数の再配分が行われた場合とは異なる定数が配分されていることにあり、平成25年改正法による改正後の平成24年改正法により改定された選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないと判示した。そして、同判決は、同条の趣旨に沿った選挙制度の整備については、漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるとし、平成23年大法廷判決の言渡しから平成26年選挙までの国会における是正の実現に向けた取組は、立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえないと判示した。
(5) 平成25年改正法の成立の前後を通じて、国会においては、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とならないようにするための制度の見直しについて、引き続き検討が続けられ、平成26年6月19日の衆議院議院運営委員会における議決により、衆議院に有識者により構成される議長の諮問機関として衆議院選挙制度に関する調査会(以下「選挙制度調査会」という。)が設置された。選挙制度調査会は、同年9月以降、衆議院議員の選挙制度の在り方、議員定数の削減、投票価値の較差の是正等の問題について調査、検討を行い、同28年1月14日、衆議院議長に対し、衆議院選挙制度に関する調査会答申を提出した。
上記答申は、①衆議院議員の選挙制度の在り方については、現行の小選挙区比例代表並立制を維持し、②議員定数の削減については、衆議院議員の定数を10削減して465人(小選挙区選出議員の定数につき6削減して289人、比例代表選出議員の定数につき4削減して176人)とする案が考えられるとした。また、③投票価値の較差の是正については、小選挙区選挙における各都道府県への議席配分方式について満たすべき条件として、比例性のある配分方式に基づいて配分すること、選挙区間の投票価値の較差を小さくするために各都道府県間の投票価値の較差をできるだけ小さくすること、一定程度将来にわたっても有効に機能し得る方式であること等とした上で、この諸条件に照らして検討した結果として、各都道府県への議席配分につきアダムズ方式により行うものとした。そして、各都道府県への議席配分の見直しは、制度の安定性を勘案し、大規模国勢調査の結果による人口に基づき行うものとし、その後の簡易国勢調査の結果、選挙区間の人口の較差が2倍以上の選挙区が生じたときは、各都道府県への議席配分の変更は行わず、区画審において上記の較差が2倍未満となるように関係選挙区の区画の見直しを行うものとした。
(6) 選挙制度調査会の前記答申を受けて、平成28年5月20日、衆議院議員の定数を475人から10削減して465人(小選挙区、比例代表の各選出議員の削減定数は答申と同じ)とするとともに、各都道府県への定数配分の方式としてアダムズ方式を採用すること等を内容とする衆議院議員選挙区画定審議会設置法及び公職選挙法の一部を改正する法律(平成28年改正法)が成立した。平成28年改正法においては、選挙制度の安定性を勘案し、アダムズ方式による各都道府県の選挙区数の変更は平成32年以降の大規模国勢調査の結果に基づき行うこととされ、その5年後の簡易国勢調査の結果、選挙区間の日本国民の人口(以下、単に「人口」ともいう。)の較差が2倍以上の選挙区が生じたときは、各都道府県の選挙区数の変更はせず、同較差が2倍未満となるように選挙区割りの改定を行うこととされた。
他方、平成28年改正法は、それまでの較差是正のための措置として、附則により、小選挙区選出議員の定数を6削減することを前提として、区画審において平成27年に行われた簡易国勢調査(以下「平成27年簡易国勢調査」という。)の結果に基づく選挙区割りの改定案の作成及び勧告を行うこととした。そして、同改定案の作成に当たっては、各都道府県の選挙区数につき、定数の削減による影響を受ける都道府県を極力減らすことによって選挙制度の安定性を確保する観点から、減少の対象となる都道府県は、アダムズ方式により得られる選挙区数が改正前の選挙区数より少ない都道府県のうち、平成27年簡易国勢調査の結果による人口を同方式により得られる選挙区数で除して得た数が少ない順から6都道府県とし、それ以外の都道府県は改正前の選挙区数を維持することとした。また、選挙区割りにつき、平成27年簡易国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口の較差が2倍未満となるようにし、かつ、次回の大規模国勢調査が実施される平成32年見込人口に基づく選挙区間の人口の較差が2倍未満であることを基本とするとともに、各選挙区の平成27年簡易国勢調査の結果による人口及び平成32年見込人口の均衡を図り、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこととした。
平成28年改正法の成立後、区画審による審議が行われ、平成29年4月19日、区画審は、内閣総理大臣に対し、各都道府県の選挙区数の0増6減の措置を採ることを前提に、19都道府県の97選挙区において区割りを改めることを内容とする改定案の勧告を行った。これを受けて、内閣は、同年5月16日、平成28年改正法の一部を改正する法律案を国会に提出し、同年6月9日、この改正法案が平成29年法律第58号(以下「平成29年改正法」という。)として成立した。上記0増6減及び選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規定は平成29年7月16日から施行され、選挙区割りの改定が行われた(以下、上記改正後の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」といい、本件区割規定に基づく上記改定後の選挙区割りを「本件選挙区割り」という。)。
(7) 平成29年9月28日に衆議院が解散され、同年10月22日、本件選挙区割りの下で本件選挙が施行された。本件選挙区割りの下において、平成27年簡易国勢調査の結果によれば人口比最大較差は1対1.956となるものとされ、本件選挙当日における選挙人比最大較差は、選挙人数の最も少ない選挙区(鳥取県第1区)と最も多い選挙区(東京都第13区)との間で1対1.979であり、選挙人数が最も少ない選挙区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は存在しなかった。
3 原審の判断
原判決(東京高判平成30・2・6判例秘書、D-1Law)は、本件選挙区割りは、平成29年改正後の平成28年改正法の附則の規定に基づく経過措置としての選挙区割りにすぎず、1人別枠方式の影響を脱しているものとはいえないが、平成28年改正法の内容はそれ自体合理性を有するものであり、選挙人比最大較差を2倍未満とするという結果が実現されていることなどに照らし、本件選挙当時、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとはいえないと判断した。これに対し、Xらから上告があった。
なお、本件選挙については、争点を共通にする選挙無効訴訟が全国各地で提訴され、本件の原審を含む合計16件の判決がされている。そのうち、15件が本件の原判決と概ね同様の理由とする合憲判決(名古屋高裁以外の各高裁・高裁支部)であり、うち1件(名古屋高裁)はいわゆる違憲状態・合憲判決であった。いずれの判決についても上告がされ、本判決の原判決を含む16件の判決について、最高裁大法廷において同日に本判決と同旨の判決がされている。
4 本判決の概要
本判決は、要旨、以下のとおり判断し、Xらの上告を棄却した。
(1) 衆議院議長の諮問機関である選挙制度調査会において、衆議院選挙制度に関する検討が重ねられ、平成27年大法廷判決後に、小選挙区選出議員の定数を6削減するとともに、投票価値の較差を是正するための新たな議席配分方式として、各都道府県の人口に比例した配分方式の一つであるアダムズ方式を採用すること等を内容とする答申がされ、これを受けて制定された平成28年改正法は、これと同内容の規定を設けた上で、アダムズ方式による各都道府県への定数配分を平成32年以降の大規模国勢調査の結果に基づいて行うこととし、その5年後の簡易国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口の較差が2倍以上となったときは同較差が2倍未満となるように各都道府県内の選挙区割りの改定を行うことを定めたものである。
さらに、平成28年改正法は、それまでの措置として、選挙制度の安定性を確保しつつ較差の是正を図るため、附則において、平成27年簡易国勢調査の結果に基づきアダムズ方式により定数配分を行った場合に選挙区数の削減が見込まれる議員1人当たりの人口の少ない6県の選挙区数を各1減ずる0増6減の措置を採るとともに、新区画審設置法3条1項と同様の区割基準に基づき、次回の大規模国勢調査が行われる平成32年までの5年間を通じて選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように選挙区割りの改定を行うこととしたものである。その上で制定された平成29年改正法において、19都道府県の97選挙区における選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正が行われ、同改正後の本件区割規定の定める本件選挙区割りの下において本件選挙が行われたところである。
そして、本件選挙区割りの下における投票価値の較差は、平成27年簡易国勢調査の結果による人口比最大較差において1対1.956、本件選挙当日の選挙人比最大較差においても1対1.979に縮小され、選挙人数の最も少ない選挙区を基準として較差が2倍以上となっている選挙区は存在しなくなったというのである。
このように、本件区割規定に係る改正を含む平成28年改正法及び平成29年改正法による改正は、平成32年に行われる大規模国勢調査の結果に基づく選挙区割りの改定に当たり、各都道府県への定数配分を人口に比例した方式の一つであるアダムズ方式により行うことによって、選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させ、その状態が安定的に持続するよう立法措置を講じた上で、同方式による定数配分がされるまでの較差是正の措置として、各都道府県の選挙区数の0増6減の措置を採るとともに選挙区割りの改定を行うことにより、上記のように選挙区間の人口等の最大較差を縮小させたものであって、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ、選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価することができる。
もっとも、本件選挙においては、平成24年改正法及び平成28年改正法により選挙区数が減少した県以外の都道府県について、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数に変更はなく、その中には、アダムズ方式による定数配分が行われた場合に異なる定数が配分されることとなる都道府県が含まれている。しかし、平成24年改正法から平成29年改正法までの立法措置によって、旧区画審設置法3条2項が削除されたほか、議員1人当たりの人口の少ない合計11県の定数を各1減ずる定数配分の見直しや選挙区割りの改定が順次行われたことにより、本件選挙当日における選挙人比最大較差が上記のとおり縮小したものである。加えて、本件選挙が施行された時点において、平成32年以降の大規模国勢調査の結果に基づく各都道府県への定数配分をアダムズ方式により行うことによって1人別枠方式の下における定数配分の影響を完全に解消させる立法措置が講じられていたものである。このような立法措置の内容やその結果縮小した較差の状況を考慮すると、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数とアダムズ方式により各都道府県の定数配分をした場合に配分されることとなる定数を異にする都道府県が存在していることをもって、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反するものとなるということはできない。
以上の事情を総合的に考慮すれば、本件区割規定は、平成23年大法廷判決以降の各大法廷判決の趣旨に沿って較差の是正を図ったものであり、投票価値の平等を最も重要かつ基本的な基準としつつ、新たな定数配分の方式をどの時点から議員定数の配分に反映させるかという点も含めて、国会において考慮することができる諸要素を踏まえた上で定められたものということができ、本件選挙当時においては、新区画審設置法3条1項の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたということができる。そうすると、平成28年改正法及び平成29年改正法による選挙区割りの改定等は、国会の裁量権の行使として合理性を有するというべきであり、平成27年大法廷判決が平成26年選挙当時の選挙区割りについて判示した憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は、平成29年改正法による改正後の平成28年改正法によって解消されたものと評価することができる。
(2) したがって、本件選挙当時において、本件区割規定の定める本件選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、本件区割規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない。
5 解説
(1) 憲法判断の基本的枠組み
衆議院議員の選挙に関しては、これまでの最高裁の累次の判例によって、①定数配分又は選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至っているか否か、②上記の状態に至っている場合には、憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か、③当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合には、選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否か、という判断枠組みが示されてきたところである。本判決の多数意見も、同様の判断枠組みを採用したものと考えられる。
(2) 本件区割規定の合憲性
ア 本件選挙は、平成28年改正法により各都道府県の選挙区数の0増6減の措置が採られ、平成29年改正法により19都道府県の97選挙区において区割りの改定がされた本件選挙区割りに基づいて行われたものであり、平成27年簡易国勢調査の結果による人口比最大較差は1.956倍、本件選挙当日の選挙人比最大較差は1.979倍となり、定数訴訟について最初に憲法判断がされた最大判昭和51・4・14民集30巻3号223頁(以下「昭和51年大法廷判決」という。)では、選挙時点における同最大較差が初めて2倍未満となったものである。そこで、本件では、①の本件選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か、が主たる争点となった。
そして、上記の点を検討するに当たっては、選挙制度調査会の答申を踏まえた平成28年改正法及び平成29年改正法による改正を前提として、本件選挙当時における投票価値の較差の状況をどのようにみるか、平成23年大法廷判決が違憲とした1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ていない都道府県が相当数あることをどのように評価するかが問題となると考えられる。本判決の多数意見も、このような観点から、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるか否かの判断をしたものと思われる。
イ 本判決の多数意見は、まず、前記4(1)のとおり、選挙制度調査会の答申並びにこれを踏まえた平成28年改正法及び平成29年改正法による定数配分方式の見直し等や本件区割規定の内容、これによる投票価値の較差の程度を踏まえた上で、本件区割規定を含む平成28年改正法及び平成29年改正法が、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ、選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価することができると判示した。
区割規定の憲法適合性の判断に当たっては、投票価値の平等を最も重要かつ基本的な基準としつつ、国会において考慮することが許容されている諸要素を考慮し、投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められるものであるため、客観的かつ形式的な数値のみで違憲状態にあるか否かを判断することはできず、その背後にある選挙制度の仕組みや投票価値の較差を生じさせる要因等をも考慮する必要があるように思われる(最高裁の判例が、これまで最大較差が違憲状態となる限界的な数値的基準について明示していないのも、このように投票価値の較差に関する合憲性の判断が具体的事情の下での諸要素の総合考慮による以上、数値的基準で一律に画するのは相当でないという考え方によるものと思われる。)。本判決の多数意見が、平成27年大法廷判決後にされた選挙制度調査会の答申やこれを前提とする平成28年改正法及び平成29年改正法の内容に言及するのも、このような本件選挙制度の下における投票価値の較差を生じさせる要因等を前提とした上で、本件選挙当時における投票価値の較差の程度を問題としたものと思われる(なお、本判決の多数意見がアダムズ方式による定数配分等に言及したのは、平成28年改正法の附則の下で設けられた本件区割規定の定める本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるか否かを判断するに当たって、その前提となるアダムズ方式による定数配分等を規定した平成28年改正法の本則の定めが、安定的に選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させることを可能とする立法措置であることを示したものであって、この関係において附則の定めが漸進的であるということを超えて、いまだ本件選挙区割りに反映されていないアダムズ方式を、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるか否かの判断に当たってしん酌したものではないと考えられる。)。その上で、本判決の多数意見が、本件区割規定を含む平成28年改正法及び平成29年改正法が、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ、選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価することができると判示したのも、平成28年改正法の本則を前提としつつ、それまでの較差是正の措置として附則の下で定められ、本件選挙に適用された本件区割規定の上記の改正における位置付けを明らかにするとともに、本件区割規定が、投票価値の較差を生じさせる要因等となる平成28年改正法及び平成29年改正法を前提とした上で、投票価値の平等を確保するという憲法上の要請に応えたものであることを明らかにしたものと考えられる。
なお、本件選挙の時点では、アダムズ方式による定数配分は実施されておらず、本判決もその憲法適合性を判断したものではない。もっとも、アダムズ方式は、各都道府県の人口を一定の数値(基準除数)で除し、その端数を切り上げて得られた数の合計数が小選挙区選挙の定数と一致するよう基準除数を設定するものであるが、端数処理の方法として少数点以下を切り上げるものであり、先に各都道府県にあらかじめ定数1を配分し、残余の定数をヘア式最大剰余法により各都道府県に配分する1人別枠方式を含む旧区割基準とは、その配分方法の枠組みと較差抑制の効果の点において異なる定数配分方式であると考えられる。本判決の多数意見が、アダムズ方式につき、「各都道府県の人口に比例した配分方式の一つ」であり、「選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させ」るものと判示したのも、旧区割基準とは別異のものと位置付けていることの表れであるように思われる。
ウ さらに、本判決の多数意見は、いわゆる1人別枠方式の残存との関係について、前記4(1)のとおり、平成24年改正法から平成29年改正法までの立法措置の内容やその結果縮小した較差の状況を考慮すると、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数とアダムズ方式により各都道府県の定数配分をした場合に配分される定数を異にする都道府県が存在していることをもって、本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反するものとはいえないと判示した。
1人別枠方式を含む旧区割基準が違憲であると判示した平成23年大法廷判決が、投票価値の較差の程度を問わず、1人別枠方式そのものを違憲と判断したものでないことは、その判示に照らして明らかである。本判決の多数意見は、前記2(4)の平成27年大法廷判決を踏まえつつ、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数のうち、アダムズ方式による定数配分が行われた場合に異なる定数となるのは一部の都道府県となることを前提とした上で、本件選挙に至るまでの一連の立法措置の内容や本件選挙当時の較差の状況(選挙人比最大較差1対1.979)を考慮し、1人別枠方式による定数配分の残存があることをもって違憲状態にあるとはいえないと判断したものと考えられる。
エ 本判決の多数意見は、以上を前提として、前記4(1)のとおり、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとはいえず、本件区割規定が憲法14条1項等に違反するものとはいえないと判示した。
本判決の多数意見が、まず、本件区割規定につき、投票価値の平等を最も重要かつ基本的な基準としつつ、新たな定数配分の方式をどの時点から議員定数の配分に反映させるかという点も含めて、国会において考慮することができる諸要素を踏まえた上で定められたものといえると判示したのは、本件区割規定の定める本件選挙区割りが、本判決の多数意見を含めて最高裁の累次の判例が示してきた憲法適合性の判断枠組みの下における投票価値の平等の要請に沿ったものであり、憲法の定める投票価値の平等の要求に反しないものであることを明らかにしたものと考えられる。その上で、本判決の多数意見は、本件選挙当時においては、新区画審設置法3条1項の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたということができると判示したのであり、本件選挙区割りが憲法の定める投票価値の平等の要求に反しないものであると評価できることを前提とすることなく、本件区割規定が同項の趣旨に沿うものであることを理由として、その憲法適合性を導き出したものではないと解される。
6 個別意見
本判決には、林裁判官及び宮崎裁判官の各意見並びに鬼丸裁判官及び山本裁判官の各反対意見が付されている。
(1) 林裁判官の意見は、投票価値の平等に関する合憲性判断に当たって、投票価値の間にほぼ2倍もの格差があってなお不平等でないというのは常識に反すると思われるとし、1人1票の原則による差別の禁止は居住地による差別をも含み、選挙制度の構築に当たって国会が考慮することのある他の諸要素は投票価値の平等原則の下位に立つものであり、よほど合理的な理由がない限り、投票価値の平等が優先的に尊重されなければならないとし、また、本判決の中長期的な影響として、本件選挙につき合憲状態との判定を下すことが、2倍程度の最大較差が恒常化する構造を許容することになりかねず、投票価値の平等を実質的に損なうものであるとして、本件選挙については、較差縮小に向けて相当な改善があったとはいえ、違憲状態を脱して合憲状態にあるとみることはできない旨を述べるものである。
(2) 宮崎裁判官の意見は、憲法の要求する投票価値の平等は、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、人口比例以外の要素は合理性がある限り考慮することを許容するものであるから、合理性のない要素を考慮してされた定数配分が実質的にみて是正されたとは評価できない場合には、最大較差が2倍未満であっても、その定数配分が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態ではないと認めることはできないとし、本件選挙時においては、人口の多い都道府県については合理性のない要素を考慮した定数配分の是正がされておらず、合理性がないと判断された要素によって生じている較差部分が具体的な選挙区割りにおいて考慮された諸要素のそれよりも大きいなど、合理性がないと判断された要素を考慮してされた定数配分の影響は実質的に無視し難い大きさであると評価せざるを得ないなどとして、本件選挙区割りは違憲状態であったとし、その上で、国会における平成26年選挙以降にされた是正のための取組が立法裁量権の行使として相当なものでなかったとまでいえないとし、本件区割規定が違憲ということはできない旨を述べるものである。
(3) 鬼丸裁判官の反対意見は、憲法は、衆議院議員選挙について1対1に近い投票価値の平等を保障しており、これが最も重要かつ基本的な基準となるから、議員の定数配分及び選挙区の区割りを定めるに当たっては、それ以外の要素は上記基準に反しない程度の合理性を有するものに限り考慮することができるとした上で、新区画審設置法3条1項がほぼ2倍の較差のある選挙区が多数生じることを当然に容認するものと解することはできず、実質的に1人別枠方式が廃止された上で定数の再配分が行われた場合とは異なる定数の配分がされていたことなどに照らし、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反するとし、さらに、立法府が真摯に行動していれば、本件選挙実施までに1対1に近い定数配分及び選挙区割りへの是正を行うことは十分可能であったとして、本件区割規定は憲法に違反するとしつつ、今後投票価値の較差の更なる縮小が見込まれることなどに照らして、いわゆる事情判決の法理を適用するのが相当である旨を述べるものである。
(4) 山本裁判官の反対意見は、憲法は、代表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明しているところ、選挙区間の投票価値に較差があったとすると、この原理は画餅に帰するから、「公平な選挙」は憲法上必須の要請であるとし、国政選挙の選挙区や定数の定め方において、投票価値の平等は他に優先する唯一かつ絶対的な基準として真っ先に守られなければならないものであり、選挙区における投票価値の較差は1.0となるのが原則であって、人口の急激な移動や技術的理由などの区割りの都合によって許容される一票の価値の較差は、せいぜい2割程度の較差にとどまるべきであり、これ以上の較差が生ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し、違憲かつ無効であるとし、具体的には一票の価値が0.8を下回る選挙区から選出された議員(本件選挙当日における試算では55人)は、全てその身分を失うものとし、なお、投票所単位など更に細分化するか、全国を単一若しくは大まかなブロックに分けて選挙区及び定数を設定するかしなければ、一票の価値の平等を実現することはできないのではないかと考える旨を述べるものである。
7 本判決の意義
本判決は、1人別枠方式を含む旧区割基準を違憲とした平成23年大法廷判決以降、3回にわたって最高裁において小選挙区選挙の選挙区割りが違憲状態にあると判断された後、国会の立法措置によって改定された本件選挙区割りが違憲状態にあったとはいえないと判示したものであり、昭和51年大法廷判決以降、選挙区間の投票価値の最大較差が2倍を切った初めての衆議院議員総選挙において選挙区割りが違憲状態にあったとはいえないと判断したものとして、重要な意義を有すると考えられる。さらに、本判決は、本件選挙区割りが違憲状態にあったか否かの判断に当たって、その重要な考慮要素となる事情を示しながら、本件区割規定の合憲性についての憲法判断を行ったものであり、今後、現行の選挙制度における区割規定の憲法適合性を判断するに当たっても、先例として参考になるものと考えられる。