ブラジルM&Aの実務 (2)
買収契約
西村あさひ法律事務所
弁護士 清 水 誠
4 買収契約に関する実務上の留意事項
日本企業によるブラジル企業の買収のような、ブラジル企業を当事者とするクロスボーダー取引においては、日本企業が国内外でM&Aを行う場合と同様、表明保証、誓約、クロージングの前提条件及び補償などの状況を含む英米型の買収契約が用いられることが一般的である。ブラジル企業の買収のための買収契約の特徴として、例えば以下の点が挙げられる。
(1) 補償及び支払原資の確保
日本の実務と異なり、買収契約上の補償(Indeminity)条項に基づき、買主が売主に対して補償請求を行うことは、ブラジルでは珍しくない。そのため、補償条項を適切に規定することのみならず、補償の原資を確保するための適切な手段を講じておくことも重要である。支払原資の確保の方法の一つとして、買主が売主に対し、譲渡価格の一部又は全部を一定期間エスクロー口座に預託することを要求することも、極く一般的に行われている。譲渡価格のうちどの程度をエスクロー口座に預託するかやエスクロー口座に預託された金額をどういったスケジュールで売主に対して払い戻していくか等は取引の性質に応じ個別に交渉され決定される。
(2) 紛争解決
ブラジルの裁判手続には、①複雑で長期間を要する(商事訴訟に20年以上を要した例も存在する)、②証拠法が英米法と比較して不明確といった問題が存することから、M&Aにおける紛争解決手段としては仲裁が選択されることが増えてきている。仲裁ルールや仲裁地は案件によって様々であるが、ブラジル国内(サンパウロ市やリオデジャネイロ市等)が仲裁地として選択される例も少なくない。もっとも、ブラジルの近時の政情や経済の不安定さを理由に、近時は仲裁地をブラジル国外とする傾向もあるとの指摘も見られる。仲裁は、専門的な知識を要する商事、会社紛争の解決に有益であるという観点からも注目に値する。
(3) 準拠法
ブラジル企業を対象会社とする買収契約の準拠法については、過去においては、イングランド法やニューヨーク州法が選択される例が多かったと言われているが、近時はブラジル法が選択されることが多い。もっとも、上記のとおり、紛争解決地(仲裁地)をブラジル国外とする傾向もあると指摘されており、この場合、準拠法もブラジル法以外とされる場合もあると言われている。但し、ブラジル法以外を準拠法として選択する場合にはブラジル国内における執行可能性を別途検討する必要がある点は留意を要する。
(4) 贈収賄行為に対する対応
2014年の腐敗防止法の施行により贈収賄行為について法人の厳格責任が導入されたことや、検察当局による贈収賄行為摘発作戦の強化によりブラジル国内における贈収賄行為が現実的に摘発されるリスクが一層顕在化したことに伴い、近時のM&A実務においては、贈収賄行為に関するデューディリジェンスがより重視されつつあることに加え、買収契約上も、ブラジルの国内法たる新腐敗防止法に加え、米国FCPA、英国Bribery Act、日本の不正競争防止法等、ブラジル国内の行為に対して適用され得る海外法も踏まえて表明保証条項の作り込むなどの試みがなされつつある。
(5) ブラジル経済の近時の低迷状況及びレアル安を踏まえた実務上の対応
経済の急速な後退期や為替が大きく変動する時期においては、とりわけ、買収契約の締結からクロージングまでにおける環境の変化のリスクにどう対応するかが問題となる。ブラジルのM&Aにおいては、近時以下のような傾向がみられる。
- ① 買収契約の締結からクロージングまでの期間の短縮化:許認可等の取得や独占禁止法上の手続の履践等のため、買収契約の締結からクロージングまで一定期間をあけることが避けられない案件も存在するが、そうでない限り、極力買収契約の締結からクロージングまでの期間を短縮化する(理想的には買収契約の締結とクロージングを同日に行う)努力が一層なされるようになってきている。
- ② MAC条項の交渉の激化:MAC条項の内容、とりわけ、対象会社自身の事情に関わらない市場環境の変化をMACとするか否かという点が大きな交渉上の論点となるケースが多くなってきている。
- ③ 買収対価を外貨建てとする取引の増加:ブラジルにおいては、過去のハイパーインフレ時代にはクロスボーダーM&Aの買収対価は外貨(特に米ドルや欧州の通貨)が用いられることが多く、その後レアル建の取引が増えてきているという状況にあったが、近時のレアル安等を受け、再びクロスボーダーM&Aの買収対価を米ドルやユーロ等で定める例が増えてきている。
(つづく)
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。