◇SH0856◇メキシコにおける合弁会社の法人形態の選択:SAとSAPI 清水 恵(2016/10/31)

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メキシコにおける合弁会社の法人形態の選択:SAとSAPI

西村あさひ法律事務所

弁護士 清 水   恵

 

1 はじめに

 日本からのメキシコ投資にあたり、現地に会社を設立する場合には、日本の株式会社に相当するSociedad Anónima(SA)を利用するのが一般的であるものの、他のパートナーと組んで合弁形態でメキシコに進出する場合には、Sociedad Anónima Promotora de Inversión(投資促進会社:SAPI)と呼ばれる会社形態が利用される場合もある。[1]

 SAPIは、メキシコにおけるプライベート・エクイティ投資を促進することを主たる目的として、2006年6月施行のメキシコ証券市場法(Ley del Mercado de Valores)の改正により、新たに導入された会社形態である。SAPIは、改正当時の商事会社一般法下でのSAと比べ、少数株主の権利を強化し、定款自治の認められる範囲を広げ、株主間合意の法的安定性を高めたものであったため、それ以降、合弁事業やプライベイト・エクイティ投資のケースで広く利用されている。

 SAPIは、証券市場法を根拠法としているものの、非公開会社であり、また将来的に株式を上場させる必要もない。また、法的には、SAの一種であるため、証券市場法で特段の定めがない事項については、SAとして、商事会社一般法(Ley General de Sociedades Mercantiles)の適用も受ける。

 もっとも、2014年6月の商事会社一般法の改正により、SAについても、SAPIと類似の規律が適用されるようになった。そのため、現在では、SAとSAPIの違いは、以前と比べると、かなり小さくなったといえる。本稿では、SAPIとSAの相違点を中心に論じつつ、メキシコにおいて合弁会社を設立する場合に押さえておくべきと考えられる主要な会社法関連規制についても触れることとしたい。

 

2 株主間合意

 現行法下(すなわち、商事会社一般法の2014年改正後)においては、SAの場合も、SAPIの場合も、以下の事項に関して株主間で合意することが、法律上、正面から認められている。なお、これらの株主間合意は、会社に対しては強制力を有しないため、例えば、③の議決権行使に関する取り決めに反して議決権が行使されたとしても会社との関係では有効であり、株主間契約の違反の問題を生じるにすぎない。

  1. ① 株式の売買に関する取り決め(例:先買権、コール・オプション、プット・オプション、tag along権、drag along権利)
  2. ② 株主の新株引受権[2]の処分や行使に関する取り決め(例:新株予約権の譲渡や放棄)
  3. ③ 株主総会における議決権行使に関する取り決め(例:議決権拘束合意)
  4. ④ 株式の公募に際して株式を売却することに関する取り決め

 上記に加えて、SAPIの場合は、株主間契約で、株主が会社と競業する事業を行わない義務(但し、禁止される対象事項や地理的範囲が限定されており、かつ、競業禁止期間は3年を超えてはならず、また競争法などの他の法令に基づく規制に服する。)を規定することが法律上認められている。

 

3 株式の種類

 現行法下においては、SAの場合も、SAPIの場合も、普通株式のほか、会社の定款に規定することにより、無議決権株式や議決権制限株式、拒否権付株式などの種類株式の発行が可能である。

 また、SAの場合、普通株式に優先して、一定比率(5%。定款でより高い比率を定めることは可能)の累積的優先配当を受ける権利を有する優先株式を発行することが認められているが、優先株式の議決権は、優先配当を受けるのと引き換えに、一定の事項(会社の存続期間、解散、会社の事業目的の変更、国籍の変更、組織変更及び合併)に関するものに限定されている(なお、SAの優先株主は、清算時の株式の償還に際しても、普通株主に優先した取り扱いを受けることができる)。

 一方、SAPIの場合には、利益分配その他の経済的権利について、拡大した株式(優先株式ではあるが、SAの場合の優先株式に適用される権利内容の制約に服しない。)、反対にこれを制限した株式のいずれの発行も認められている。また、これらの株式について、議決権株式とすることも、無議決権株式ないし議決権制限株式とすることも可能である。

 従って、SAの場合よりも、SAPIの方が、より多様な権利内容を有する種類株式の発行が可能といえる。

 

4 定款自治の拡大

 商事会社一般法の2014年改正後は、SAの場合でも、SAPIの場合でも、下記の規定を定款に定めることが認められている。これらの事項は、通常、株主間契約にも規定されるものだが、前述のとおり、会社との関係でも規定の効力を確保する必要性と、契約内容の守秘性に関する要請とのバランス考慮しつつ、どの範囲で定款の規定に盛り込むかについて、検討を行う必要がある。

  1. ① 株式の譲渡制限に関する規定
  2. ② 会社から株主を排除できる事由、株主の撤退権や株式償還権の行使事由、これらの場合に支払われる対価又はその決定方法に関する規定
  3. ③ 株主間でデッドロックが発生した場合に取られる措置・手続に関する規定
  4. ④ 株主の新株引受権を拡大、制限又は否定する規定
  5. ⑤ 取締役等の責任制限に関する規定[3]

 なお、上記②に関連するが、SAPIとSAとの重要な相違点として、SAの場合、自己株式の取得は原則として禁止されているのに対して、SAPIの場合は、法律上、認められている。従って、SAPIの場合、株主は、その保有する株式を会社に対して売却することも可能であるという点において、より柔軟なexitメカニズムを定めることができるといえる。

 

5 少数株主の権利の強化

 商事会社一般法の2014年改正により、SAについても、少数株主の権利が強化されているものの、SAPIとの間では、以下のように、権利行使要件に相違がある。

 

SAの場合

SAPIの場合

株主総会の招集請求権

資本の33%以上を有する株主

議決権付株式の10%以上を有する株主

 

取締役及び監査役1名の指名権

資本の25%以上を有する株主

 

 

株主総会の延期請求権

(議題につき株主に対する情報提供が不十分である場合)

取締役・監査役の責任追及訴訟の提起

議決権付株式の15%以上を有する株主

株主総会決議に対する異議申立て

議決権付株式の20%以上を有する株主

(注)株主単独に限らず、株主グループで、上記の各比率を満たすことも認められている。

 

以上

 

(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。



[2]  商事会社一般法上、増資の場合、株主は、持分比率に応じてプロラタで新株を引き受ける権利を有する。

[3]  取締役や役員がその行為や決定により会社に与えた損害に対する賠償責任を限定する規定を定款に定めることができる。但し、定款による責任限定は、取締役等に悪意や不誠実性が認められる場合や法令違反の場合は、認められない。

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