冒頭規定の意義
―典型契約論―
契約法体系化の試み(1)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
2 契約法体系化の試み
周知のように、現行民法典は、各則の中の共通の規律を括り出して総則とする「パンデクテン体系」を採用している。しかしパンデクテン体系は、抽象的な「総則」が前に置かれているために、一般国民にわかりにくく、また、実際の事案に対応する場合に、関係条文が散在してしまう等の不備が指摘される。このため、パンデクテン体系とは異なる、「民法の体系化」の提案として、いくつかの考え方が提示されている。主な考え方として、次の2つが挙げられよう[1]。第1が、北川善太郎博士の「「問題」を中心とする機能的体系としての「開かれた体系」」であり、第2が、広中俊雄博士の「市民社会の基本的諸秩序を踏まえた上での、実質的意義における民法の体系化」(「総論」「人の法」「財産の法」「救済の法」[2])である。
これに加えて、契約法の領域についてみれば、1990年代以降、内田貴教授、大村敦志教授、山本敬三教授、中田裕康教授、平井宜雄教授等の論稿[3]により、現代における契約法の在り方が活発に議論されてきた。これら論稿は、「意思自律」を基本とする古典的契約像を相対化し、現代的な契約法の問題状況に対応することを通じて、契約法という領域における一定の(新たな)体系化を模索してきたともいえるだろう。
ここでは、本稿の視点からみたときに、承継すべきものを多く含んでいると考えられる北川善太郎博士の見解を検討することにしよう。そして、これまでの検討を踏まえた、本稿の視点からの「契約法体系化」を試みることにしたい[4]。
Ⅰ 北川善太郎博士の契約法体系の特徴
まず、北川善太郎博士の契約法体系の特徴を概観しておこう。本稿のこれまでの検討を踏まえると、次の3点が重要であると考えられる。
1. 「問題」を中心とする機能的体系
第1の特徴として、北川博士の体系は、何よりも「問題」を構成要素として体系を構築しようとしたことが挙げられる。北川博士は、「『概念』より『問題』へ[5]」と題する箇所において、次のように述べる。
「(パンデクテン体系では)同一の事実経過が体系的には全く別の法分野に分けて規制されている。そのために、問題によっては体系のあちこちで分断して扱われることになる。[6]」
「――法体系のあり方について発想の転換が必要であろう。そのための方法として、法体系が法概念より構成されていると考えないで、それは、無数の問題(たとえば、商品の安全性、債権担保、取引規制)とその法的解決のための対応からなると解する立場が考えられる。そこでは、問題とその解決のための法的対応(損害賠償、行政処分等)とが体系の構成要素となっている――。法概念は問題と対応との相互関係を知るさいに重要な役割を演ずるが、法概念自体はこの体系ではワキ役である。[7]」(下線は引用者による)
北川博士は「問題」の例として、「商品の安全性」「取引規制」「契約当事者[8]」「生産物責任[9]」等を挙げている。これら「問題」に対応した規律は、(民商法を含む)私法のあちこちに散在している。従って、北川博士の「体系化」とは、「問題」を中心として、「私法のあちこちに偏在している契約法制度を統一的にまとめ顕在化しようとする[10]」試みである。
[1] 中田裕康「民法の体系」内田貴=大村敦志編『民法の争点』(有斐閣、2007)5頁を参照。
[2] 広中俊雄『民法綱要 総論上』(創文社、1989)6頁は、「財産の法」の中の「財貨移転秩序」の担い手として契約を位置付けるが、「契約法の体系化」自体に必ずしも焦点が当てられているわけではない。
[3] 主な文献のみ以下に挙げておく。内田貴『契約の再生』(弘文堂、1990)、大村敦志『典型契約と性質決定』(有斐閣、1997)、山本敬三『公序良俗論の再構成』(有斐閣、2000)、中田裕康『継続的取引の研究』(有斐閣、2000)、平井宜雄「契約法学の再構築(1)(2)(3・完)」ジュリ1158、1159、1160号(1999)。
[4] 「条文の集合体を、一定の原理に従って、整序すること」を、ここでは「体系化」と捉えている。
[5] 北川善太郎『民法の理論と体系』(以下『理論と体系』という)(一粒社、1987)200頁以下を参照。
[6] 北川・前掲注[5] 『理論と体系』200頁を参照。
[7] 北川・前掲注[5] 『理論と体系』201頁を参照。
[8] 北川・前掲注[5] 『理論と体系』213頁を参照。
[9] 北川・前掲注[5] 『理論と体系』264頁を参照。
[10] 北川善太郎『現代契約法Ⅰ』(商事法務研究会、1973)74頁を参照。