コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(159)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉛―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、危機管理に関する筆者の問題認識と考察の視点、リスク管理と危機管理の定義と関係について述べた。
経営者がコンプライアンスの定着を目指して真摯に取り組み、経営戦略上の意思決定を適正に行ったとしても、事件や事故の発生可能性をゼロにすることはできない。
コンプライアンスの研究は、本来そのようなことが、発生しないようにするためにどうするべきかについて研究するものであるが、「万が一に備えて準備しておく」ことも、社会の安定と組織の持続的発展の視点から重要である。
筆者の(全酪連牛乳不正表示事件発生時の)経験では、危機への備えのない組織は、いったん危機が発生すると大混乱に陥り、平時では想像もつかないほどの支障を来し、時にはパニックにさえ陥る。
自然災害や事故等、危機にも様々のケースがあるが、本稿では、組織が自らの責任で法令違反等の不祥事を発生させた場合にどう対応するべきかについて考察の対象とする。
本稿では、「リスク」を「経営にマイナスの結果を引き起こす要因やその影響」とし、危機(クライシス)を「組織の存続を脅かすほど大きな経営上のマイナス要因やその影響」とし、「リスク管理」を「リスクの発生可能性やその影響を一定以下に保ち、場合によってはあえてリスクを保有しつつ、万一それが発生した場合にはただちに対応できるように管理下におくこと」とし、「危機管理」を「危機の発生を予防し、万一危機が発生した場合にはその影響を最小に抑え早期にダメージから回復し、危機の処理過程を通じて学習した内容を以後の経営管理に役立てる一連のプロセス」とする。
今回は、危機の予防について考察する。
【日本ミルクコミュニィティ(株)のコンプライアンス㉛:組織の危機管理③】
1. 予防についての基本認識
危機管理の最上の策は、その発生を予防することである。
危機の発生を予防する上で最も重要なことは、経営者の危機に対するマインドや認識であるといわれている。
これは、ミトロフの玉ねぎモデル[1]と呼ばれているもので、その考え方は、組織を理解する場合に共通する要素として技術、組織構造、人間的要素、組織文化(訳では「企業文化」としている)、トップ経営者の心理を挙げ、表面にあって見えやすい技術や組織構造も人間的要素の上に成り立っており、それらに影響を与えるものとしてその下に組織固有の価値観である組織文化があり、さらに組織のコア部分に組織文化に影響を与えるものとしてトップ経営者の心理があるとする認識である。
表面に見える技術から始まって、たまねぎの皮を剥くようにそれらに影響を与える組織内の要素を追求していくと最後にトップ経営者の心理に行き当たるので、危機管理上最も重要なものはトップ経営者の危機管理に対する認識であるとする考え方である。
ミトロフの見解は、これまで組織行動における組織文化の重要性や、それに影響を与える経営者の役割の重要性を指摘してきた筆者のそれと一致する。
すなわち、経営者がリスク管理や危機に対する備えの重要性を共通認識化し、組織文化にビルトインする努力をしなければ、担当部門がいくらその重要性を叫び、シミュレーションを繰り返しても組織の構成員には伝わらず、危機の芽は見過ごされて成長し、組織は危機に陥るということである。
なお、ミトロフは人間と同様に組織にも効果的な危機管理を行わない言い訳がある[2]として、重大な危機に直面する確率の高い企業の特徴を、以下のとおり挙げて警告している。
- ⑴ 否 定 (危機は他社に起きるがわが社には起きない)
- ⑵ 不承認 (危機は起きてもわが社への影響は少ない)
- ⑶ 理想化 (危機は立派な企業には起きない)
- ⑷ 誇大妄想(わが社は強大なので危機を防げる)
- ⑸ 転 嫁 (危機が起きたら誰か特定の人間が悪い、何者かがわが社を陥れようとしている)
-
⑹ 理 屈 (危機発生の確率は非常に小さいので危機に備える必要はない。
備えるよりむしろその発生確率や帰結を正確に測定するべきだ) - ⑺ 仕切り (各部門が独立しているので危機はわが社全体に影響を与えることはない)など。
これによれば、業界トップクラスの地位にあり、自ら(あるいは自他共に)大丈夫だと考える企業こそ危ない(雪印乳業(株)が食中毒事件と牛肉偽装事件を発生させるまで、同社は自他ともに認める業界No.1であり、同社が不祥事を連続して発生させることを誰も予想していなかったと思われる)と言えるが、このような意識が組織内に発生しないようにすることこそが、経営者の危機管理における第1の役割である。
では、そのために経営者は何を行うべきなのか。以下にこの点を考察する。
2. 予防のための具体的対策
(1) 風通しの良い組織文化を作る
まず第1に、経営者は、現場がマイナス情報をもみ消さないような風通しの良い組織文化を作らなければならない。
それには、トップ自らが率直なコミュニケーションを行って範を示し、従業員との信頼関係を構築し、減点主義の組織文化や専制的マネジメントスタイル等に陥らないよう努力する必要がある。
具体的には、経営者が可能な限り頻繁に製造・販売等の現場に足を運ぶ、もしくはメールなどを用いて直接現場の従業員と意見交換し、現場や市場の実態を把握するほか、組織の階層をできるだけフラットにするなどの工夫も効果があると思われる。
なお、組織コミュニケーションの円滑化の方針を徹底させるためには、(日本ミルクコミュニティ㈱の経営者が構造改革を成功させる際に実施したように)経営者が自ら範を示すとともに、従業員に対しあらゆる機会にコミュニケーションの重要性を訴え、当然中間管理職層に対しても、その役割とパワーに応じて部下との円滑なコミュニケーションを確保し自由に意見の言える職場風土を醸成するよう、求める必要がある。
つづく
[1] アイアン・ミトロフ(上野正安=大貫功雄訳)『危機を避けられない時代のクライシス・マネジメント』(徳間書店、2001年)67~72頁(Ian I. Mitroff, & Gus. Anagnos, MANAGING CRISES BEFORE THEY HAPPEN : What Every Executive and Manager Needs to Know About Crisis Management, AMACOM, 2000.)
[2] ミトロフ・前掲[1] 74~75頁