◇SH0953◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第40回 典型契約に対する消極的評価へのコメント(3) 浅場達也(2016/00/00)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

典型契約に対する消極的評価へのコメント(3)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

4. 典型契約思想に関する補足

 ここで、典型契約思想について若干検討を行っておこう。近時、小粥太郎教授の論稿[1]において、「典型契約思想」への言及がなされているため、ここで補足しておくものである。小粥論文は、「典型契約論は、典型契約規定の存在を積極的に評価するものであるが、その内部には、尖鋭な思想の対立がある」(下線は引用者による)としている。次の記述をみてみよう[2]

 

「――一方には、典型契約規定は契約自由を支援するものであるけれども、当事者は、自らが望むなら、典型契約規定に依拠せず、いわばゼロから自由に契約を創造することができる、という考え方(A説)がある。他方には、当事者には、既存の契約類型の中からの類型選択の自由だけがある、という考え方――(B説)がある。」

 

 この記述に関連して、本稿のこれまでの検討からは、次の3つの点を指摘することができるだろう。

 第1に、本稿での検討を踏まえてA説とB説を考えた場合、B説のように「選択の自由」を重視する場合でも、その契約の拘束力の究極の根拠は「合意」であると考えられるため、A説とB説は必ずしも対立的とはいえないのではないかという点である。

 B説についていえば、典型契約の契約書は、外形的に「冒頭規定の要件に則る」との規律に当事者が従っているようにみえるものが多い。しかしながら、それは、「ポイント(12)」に示したように、「冒頭規定の要件に則る」ことで当事者が合意したからである。契約の拘束力の根拠に関する「法規説」と「合意説」の検討で言及したように、契約書作成者は、「法規(=冒頭規定)」の要件に則ることも可能だが、「法規の要件に則らない」(消費貸借の例でいえば、【契約文例3、4、5】という条項を約する)との合意も可能である。換言すれば、一般にリスク増大回避の観点から、「冒頭規定の要件に則る」ことが多いが、他に一定の利益・メリットがある場合には、契約書作成者は、「冒頭規定の要件に則らない」ことも可能だといえよう(「ポイント(6)」)。すなわち、契約書作成者は、「選択の自由」だけでなく、(要件の)「変更の自由」も有していると考えられる。

 他方、A説についていえば、典型契約から遠いところでは、例えば、「株主間契約」「企業提携契約」「境界確定契約」等々の内容について、その名称から推測されるように、当事者は合意により、その内容の多くをゼロから自由に作成することができる。

 このように考えれば、A説・B説いずれも「合意」を拘束力の根拠としている点で、究極的には、共通していると考えられよう。

 第2に、第1で述べたこととの関連でいえば、「思想」といった抽象的なものを検討するに際しても、その対象が「典型契約思想」である場合には、個別の条文や個別の契約文言の検討を土台とすべきではないかという点である。いったん抽象的な「思想」を検討した場合でも、もう一度個別の条文や個別の契約文言に戻った上で、「思想」を再検討することが必要であるといってもよいかもしれない。典型契約の「思想」に関しては、抽象的な言説のみでは、詳細な検討を行うことが難しいといえるだろう。本稿では、上でも言及したように、いわゆる「諾成的消費貸借」の検討において、具体的な【契約文例】を素材とした。上のA説・B説の検討に際しても、こうした【契約文例】に立ち戻ることが、どうしても必要となってくるだろう。

 第3に、仮にB説のような考え方に立つ場合でも、「冒頭規定の要件に則るべし」という規範を民法単独の解釈論として導き出すことは難しいのではないかという点である[3]。本稿では、(B説の考え方に立つわけではないが、)民法以外の法律に含まれる制裁が、「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」を作り出し、冒頭規定の要件のある種の安定性をもたらしていることを示してきた。

ポイント(25) 典型契約思想と素材
典型契約に関する検討は、それが典型契約の「思想」に関する検討であっても、抽象論でなく、個別の条文や個別の契約文言を素材としてなされる必要がある。

 


[1] 小粥・前掲第38回注[3] 49頁を参照。

[2] 小粥・前掲第38回注[3] 49頁を参照。

[3] 民法の解釈論として冒頭規定の強行規定性に言及する論稿として、石川博康「555条・601条・643条・667条、消契法10条(典型契約冒頭規定の存在意義)」法教406号(2014)34頁を参照。

 

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