◇SH3559◇eスポーツを巡るリーガル・トピック 第9回 eスポーツにおける契約上の問題点(2)――eスポーツにおける選手契約 長島匡克(2021/04/01)

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eスポーツを巡るリーガル・トピック

第9回 eスポーツにおける契約上の問題点(2)――eスポーツにおける選手契約

TMI総合法律事務所

弁護士 長 島 匡 克

 

  1. 第 1 回 eスポーツを巡るリーガル・トピックの検討の前提として
  2. 第 2 回 eスポーツと著作権(1)――ゲームの著作物性とプレイ動画
  3. 第 3 回 eスポーツと著作権(2)――eスポーツの周辺ビジネスとゲームの著作権
  4. 第 4 回 eスポーツと著作権(3)――eスポーツ選手と著作権
  5. 第 5 回 eスポーツとフェアプレイ(1)――ドーピング等
  6. 第 6 回 eスポーツとフェアプレイ(2)――チート行為と法律――著作権を中心に
  7. 第 7 回 eスポーツとフェアプレイ(3)――チート行為と法律――その他の法令や利用規約を巡る論点
  8. 第 8 回 eスポーツにおける契約上の問題点(1)――大会参加契約・スポンサー契約・未成年との契約
  9. 第 9 回 eスポーツにおける契約上の問題点(2)――eスポーツにおける選手契約
  10. 第10回 eスポーツに係るその他の問題(eスポーツとSDGs等)

 

1 eスポーツの選手契約

 eスポーツの選手契約は、実務上はまだ標準的なひな型はなく、既存の伝統的スポーツの契約書等を参考にしつつ、各チームの実情に合わせて作成されている状況である。eスポーツの選手契約においては、選手としての義務(契約上の業務の内容)、報酬、専属性の範囲、肖像権等の帰属、プレイ動画配信等によりチームと選手に生ずる収益の分配、契約期間等の規定等が定められることになる。チームがリーグに所属している場合は、所属リーグにおける選手肖像の利用や移籍[1]等のルールとの調整が必要であり、リーグ規約で定められているこれらに関する規定を履行できるように、内容を適切に定める必要がある。

 eスポーツの特徴として、未成年を含む若い選手が多いこと、プレイ動画配信に関するチームとしての活動以外による収益が想定されること、ゲーミングハウスでの共同生活が行われる場合もあることなどが挙げられる。これらの点についても契約書に適切に落とし込むことのみならず、その契約内容を選手に説明し(未成年の選手の場合にはその親権者の同意を取得し)、理解してもらうことが、その予防の観点からも重要である。

 

2 eスポーツ選手契約の法的性質

 eスポーツの選手契約の法的性質は、実務上は業務委託契約という整理にて運用されているように思われる。もっともeスポーツ選手の法的地位は労働基準法上の労働者であり、eスポーツの選手契約は労働契約ではないか、という議論がある。

 労働基準法上の労働者とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義され(労働基準法9条。以下「法」という。)、労働者か否かの判断は、使用従属性の有無が主たる判断基準であり、①仕事の依頼、業務の指示等に対する諾否の自由の有無、②業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無、③勤務場所・時間についての指定・管理の有無、④労務提供の代替可能性の有無、⑤報酬の労務対償性、⑥事業者性の有無、⑦特定の企業に対する専属性の程度、⑧その他の事情(源泉徴収、福利厚生の適用の有無等)の諸要素を総合的に考慮して行われる[2]

 従来型スポーツでは、野球やサッカーのプロ選手は、労働基準法上の労働者ではないという整理で実務運用がされていると思われる。しかし、労働者性の判断は個別具体的に行われるため、それが直ちにeスポーツ選手の法的地位の帰趨に影響を与えるものではない。eスポーツ選手の労働者性は、個別のeスポーツ選手に関する具体的な事実関係をもとに、上記判断基準に照らして判断される。仮にeスポーツ選手がeスポーツチームを雇用主とする労働基準法上の労働者であると整理されると、労働時間に関する規制(法32条等)や、年少者に関する規制(同法56条等)、災害補償に関する規定(同法75条等)などが適用されることになり、eスポーツチームの実務に大きな影響を与えるものと思われる。もっとも、eスポーツ選手の法的地位は労働者でなく、労働基準法の諸規定の適用がないと整理するとしても、未成年者保護を含め、eスポーツ選手の福利厚生の観点から様々な配慮が必要なことについては言うまでもない。

 

3 選手の地位を守るための選手会

 プロスポーツ選手の権利利益を保護するための方策として、労働組合としての選手会が存在する。例えば、日本プロ野球選手会は、昭和60年11月5日に東京都地方労働委員会により労働組合法上の労働組合として認定され、プロ野球界の球団合併問題に端を発した選手会と日本野球機構・球団側の労使紛争に関し、裁判所から労働組合法上の労働組合に該当する旨の判示がなされている[3]。労働組合法上の労働組合と認められることにより、待遇の改善を求め選手会は団体交渉を求めることができ、究極的には適法にストライキを行うことができる。

 これを参考に、eスポーツにおいても選手会の役割をもつ一般社団法人設立が検討されているようである[4]。たしかにeスポーツ選手の待遇はプロ野球選手やJリーグの選手と比しても厳しいものであり、未成年を含めた若い選手が多いので、その保護はeスポーツが産業としてより発展するために必要なことであろう。しかしながら、eスポーツとはビデオゲームを用いた競争といういわゆるアンブレラタームであり、個々のゲームタイトル単位でリーグ運営が行われることが一般的であるため、労働組合法上の労働組合を作ろうとすると、現状ゲームタイトル毎に開催されている個々のリーグ毎に労働組合が作成されるべきことになる。しかしながら、このような労働組合が適切に交渉力を持つ組織として機能するのかは疑問である。労働組合法上の労働組合と認められる意義は、究極的にストライキを適法に行える点にあるが、eスポーツには個別のeスポーツのリーグのみに従事しているリーグもチームも限定的であることから、個別のゲームタイトルのリーグにおいてストライキがなされたとしても、リーグやチームにとって与える影響も限定的である。そのため、その影響力はプロ野球やサッカーの場合と比しても限定されてしまうだろう。

 このような問題意識から、北米のLeague of Legendsのプロリーグ(NALCS)では、リーグ主導で選手のための選手会類似の任意団体が作られた。これはいわゆる労働組合(Players Union)ではなく、任意の労働者の団体(Players Association)である。Players Associationは法律上の労働組合ではないため、法律上の団体交渉権やストライキの権利を有さないが、同リーグに所属する選手からの意見を集約し、eスポーツ選手の福利厚生の実現がリーグの価値を最大化させるとの前提の下、リーグ側も真摯に協議に応じ、実質的な団体交渉を実現している。このような取組みは、日本でも参考になるだろう。

 

4 海外での選手契約を巡る紛争

 従来型スポーツにおけるチームは、選手にとって、チームに所属しなければスポーツ活動により収益が得られないという意味において、必要不可欠なものであった。しかし、eスポーツ選手の中には、自らプレイ動画等をアップロードするクリエイターという側面を持っている選手がいるため、プレイ動画の配信等の選手個人の活動やそれに紐づく投げ銭等のチームを介さない資金の流れがある。そのため、eスポーツのチームと選手との関係は、従来型スポーツのそれとは異なり、タレントとそのマネジメント会社との関係に近い場面も存在するように思われる。

 この点、チームと選手間の紛争に関し、2019年に米国で著名なTfue(選手)及び同選手の所属するFaZe Clan(チーム)との間で訴訟にまで発展したケースがチームと選手の関係性の難しさを示している。同訴訟は複雑であるため詳細は割愛するが、大要、Fortniteの有名選手であるTfueが、自身が所属していた著名eスポーツチームのFaZe Clanを、スポンサー契約取得時の分配割合など契約内容の不当性(例えばチーム獲得のスポンサー契約においてチーム側が8割その報酬をとる内容となっていたこと)等を理由としてFaZe Clanを提訴し、一方でFaZe Clanはそのような不当な報酬を得ていないとTfueの主張を否認するとともに、Tfueの営業秘密の侵害等を理由として反訴したという事案である。この裁判は、最終的には両者和解により解決したものの[5]、eスポーツのチームと、配信等で自ら収益活動ができる人気選手の関係について多くの議論がなされる契機となった。

 

5 小括

 日本のeスポーツの選手契約においては、標準的な取扱いというものはまだ確立されておらず、チームの考え方や選手の交渉力により大きく異なっているものと思われる。eスポーツにおける選手契約は、従来型スポーツやタレントのマネジメント契約との類似点と相違点を意識しつつ、また、米国等の海外の動向も参考にしつつ、適切なチームと選手の関係を構築していく必要があろう。

第10回へつづく

 


[1] 公正取引委員会が2018年2月15日に公表した「人材と競争政策に関する検討会報告書」(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/180215jinzai01.pdf)においては、複数のクラブチームからなるプロリーグが、共同して選手の移籍を制限する内容を取り決めることは、提供するサービスの水準を維持・向上させる目的であったとしても場合によっては独占禁止法上の問題が生じ得る旨が記載されている(17頁から20頁)。当該記載はリーグの制度設計が複数のクラブチームが共同してなされることを前提としているように読めるが、現時点におけるeスポーツリーグの制度設計は、ゲーム会社または大会主催者が行うことが多く、チームの関与は限定的であるため、必ずしも同報告書の内容が直ちにeスポーツに適用されるものではないと思われる。もっとも、移籍制限を含め、行き過ぎた選手の自由を制約する行為は、独占禁止法上問題となる可能性はあるため留意する必要がある。

[2] 労働基準法研究会 「労働基準法の『労働者』の判断基準について」 (昭和60年12月19日)(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2021/03/2r9852000000xgi8.pdf

[3] 東京高決平成16年9月8日労判879号90頁。但し、判決理由中の判断のため、判決の拘束力は生じていない。

[4] 堀田裕二「eスポーツ選手の法的地位と選手会の役割」自由と正義71巻6号(2020)21頁

[5] Christina Settimi “Fortnite Star Tfue Settles Dispute With FaZe Clan, Ending Esports’ First Major Employment Lawsuit” (August 26, 2020) (https://www.forbes.com/sites/christinasettimi/2020/08/26/fortnite-star-tfue-settles-dispute-with-faze-clan-ending-esports-first-major-employment-lawsuit/?sh=6eaf492b22d8)

 


(ながしま・まさかつ)

2010年早稲田大学法務研究科修了。2011年に弁護士登録。2012年からTMI総合法律事務所勤務。スポーツ・エンタテインメントを中心に幅広く業務を行う。2018年にUCLA School of Law (LL.M.)を終了。その後、米国・ロサンゼルス所在の日系企業及びスウェーデン・ストックホルム所在の法律事務所での研修を経て帰国。2020年カリフォルニア州弁護士登録。米国Esports Bar Association(EBA)の年次総会でパネリストとして登壇するなど、日米のeスポーツに関する知見を有する。eスポーツに関する執筆は以下のとおり(いずれも英語)。

TMI総合法律事務所 http://www.tmi.gr.jp/

TMI総合法律事務所は、新しい時代が要請する総合的なプロフェッショナルサービスへの需要に応えることを目的として、1990年10月1日に設立されました。設立以来、企業法務、M&A、知的財産、ファイナンス、労務・倒産・紛争処理を中心に、専門化と総合化をさらに進め、2021年1月1日現在、弁護士494名、弁理士85名、外国弁護士37名の規模を有しています。クライアントの皆さまとの信頼関係を重視し、最高レベルのリーガルサービスを提供できるよう努めております。

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