実学・企業法務(第19回)
第1章 企業の一生
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
2) 資金繰り、キャッシュ・フロー
企業において資金繰りは最も重要な業務の一つである。決算上は黒字でも、在庫の急増・取引先の倒産・代金の回収と支払いの時期ずれ発生・保証金支払い等によって資金繰りが一時的に行き詰まることがある。支払い期限が到来した借入金・買掛金・保証債務、社員給料の支給、満期を迎えた手形・小切手等の支払い等に必要な資金を手当てできず、支払い不能に陥ると、企業は倒産(黒字決算の場合を黒字倒産という)する。
外貨建て取引の場合は、為替差損益が発生することがあるので、資金繰りではこれを考慮しなければならない。
金(カネ)が不足すると事業の円滑な活動が停滞・停止することから、「お金は事業の血液」と言われる。
〔キャッシュ・フロー計算書〕
資金面の健全性は、貸借対照表及び損益計算書だけでは分かり難い。
そこで、1990年前後に米国・英国等で資金の動きを表すキャッシュ・フロー計算書が財務諸表に取り入れられた。これを受けて、日本でもキャッシュ・フローを営業活動[1]、投資活動[2]、財務活動[3]に3区分して表示する連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準[4]が導入され、1999年4月1日以降に開始する決算期から上場会社に対して適用された。
今日の日本の上場会社の財務諸表は、貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書の3本柱で構成されている。
3) 金融資産の保管・管理
① 現金[5]・預金、手形・小切手、有価証券、債権(売掛金、貸付金)の管理
現金・小切手・預金は最も流動性が高く、為替レート以外の評価損は発生しない。
しかし、現金・小切手には盗難や火災の危険があり、銀行預金も預け先の銀行が破綻すると原則として支払いが保障されない[6]。なお、(a)決済債務[7]は全額、(b)一般預金等[8]とその破綻日までの利息は1金融機関ごとに預金者1人あたり1,000万円まで、預金保険機構[9]により保護される[10]。
⑴ 保管・管理
紙幣・貨幣・小切手・手形・有価証券・証書・契約書等の有形物には盗難や火災の危険があるので耐火金庫の中等に厳重に保管し、経理責任者等が管理責任者に任命されて金庫の鍵を保管する。
特に、小切手は一覧払いのため、盗難・紛失すると銀行預金(小切手資金)から引き落とされるリスクが大きい。このため、銀行等の特定の者に対してのみ支払うことにして無権利者への支払いを防ぐ線引小切手(銀行渡小切手という)[11]が利用される。
小切手・手形には不渡り[12]の危険があるので、支払義務者の支払能力に関する情報を収集する等してリスク回避に努める必要がある。
株式(株券)[13]や手形[14]等の有価証券には、社債株式等振替法又は電子記録債権法により電子化されたものと、紙を用いたものがあるので、それぞれの特性を踏まえて管理する。
⑵ 価値の評価
〔評価方法〕
市場で取引される株式や債権等については、基本的に決算期の時価(市場価格がある場合はそれによる)を反映して資産の現在価値を算定する。
金融商品会計基準[15]は、有価証券(売買目的有価証券・満期保有目的の債権・子会社株式及び関連会社株式・その他有価証券)の貸借対照表価額を、それぞれの特性に応じて時価・取得原価・償却原価法に基づく価格等による金額とする旨を定める。
〔貸倒れリスク〕
債務者の信用不安によって貸倒れリスクが生じることがある。全額回収を前提として債権を評価すると回収不能分を過大に評価することになるので、企業の決算では一定の根拠に基づいて貸倒引当金を計上し[16]、資産をその分だけ圧縮して過大評価しないようにする。法人税法[17]では、①金銭債権が法手続き等により切り捨てられた場合、②全額が回収不能となった場合、③一定期間取引停止後に弁済がない場合、に所定の範囲で貸倒処理を行って損金算入することを認める。
⑶ 証憑の管理
売掛金や貸付金を回収するには、債権の存在とその金額を証明する証憑が必要である。通常、売掛金は売買契約書(継続的取引では取引基本契約書及び個別契約書)・物品受領書・請求書、貸付金は契約書(借用書[18]と標記することもある)・銀行振込証明書等で証明するので、これらの証憑を債権回収するまで大切に保管する。
- (注) 会社の文書保存規程では、法人税の時効5年(悪意の場合は7年)を考慮して、金銭授受に関する証憑の保管期限を5年とする例が多い。
経理の決算関係書類として保管される証憑は、外部との取引の事実や内部の経理処理等を証明するものであり、後日、法的問題が生じた場合は、証拠の宝庫になる。
② 販売先・貸付先の破産と債権回収
販売先・貸付先等の債務者が裁判所に破産を申し立て、破産手続開始が決定されたときは、裁判所から債権者に対して「破産手続開始通知書[19]」が送付され(法人では代表取締役宛)、「破産債権届出書」を提出するように求められる。
債権者は、この届出書に売掛金・貸付金・手形金・小切手金・給料・退職金等の内訳を記入して提出期日までに届け出るとともに、各種債権の証拠書類を準備する。この時、特に売掛金については取引基本契約の中に「期限の利益喪失条項」を設けて買掛金と相殺するようにしていることが多いので、相殺権を行使することに留意する。裁判所への提出文書は、企業の経理と法務部門が連携して作成する企業が多いようである。
裁判所に届け出た後は、破産法に従って換価・債権調査等の手続きが進み、破産財団から財団債権総額を差し引き、財産が残れば、債権者に対し配当が行われる。
③ 残高確認
銀行預金や売掛金債権等の残高は、企業内部で不正又は誤謬により虚偽表示されることがある。そこで、重要な虚偽表示のリスクを許容範囲まで除去する目的で、公認会計士等が社外の銀行・取引先に直接確認して残高確認書を受領する方法が採られている。
外部に確認して入手した監査証拠は、一般的に、企業が内部的に作成した証拠よりも証明力が強い。
[1] 仕入(原料・材料・製造関連・完成品)、販売、管理活動に伴う現金の出入
[2] 設備投資、有価証券投資等に伴う現金の出入
[3] 借入れ・返済、社債の発行・償還、増資・減資、配当金支払い等の資金の収支
[4] 平成10年(1998年)3月13日 企業会計審議会「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準の設定に関する意見書」参照。
[5] 財務諸表等規則第15条第1号の現金には、小口現金、手元にある当座小切手、送金小切手、送金為替手形、預金手形、郵便為替証書及び振替貯金払出証書等を含む。ただし、未渡小切手は、預金として処理する。(「財務諸表等規則ガイドライン15-1」平成27年9月 金融庁総務企画局)
[6] 2005年4月のペイオフ本格解禁により、それ以降、保障されないことになった。
[7] 為替取引関係、手形交換所における手形・小切手の提示に基づく取引関係、金融機関の自己宛小切手に係る取引関係等
[8] 預金、定期積金、掛金、元本補てん契約のある金銭信託、金融債(保護預かり専用商品に限る)
[9] 各銀行が、預金保険法に基づき、政府・日本銀行・民間金融機関の出資により設立された預金保険機構に、前年度の預金量等に応じて毎年、保険料を納付している。
[10] 同様の制度として、水産業協同組合貯金保険制度、投資者保護基金、保険契約者保護機構がある。
[11] 小切手法5章
[12] 手形交換所の交換に持ち出された手形・小切手が支払義務者の資金不足等の信用に関する事由で満期に不渡りになると手形交換所に不渡届が提出され、手形交換所は支払義務者を不渡報告に載せて加盟銀行に通知する。6ヶ月以内に2度目の不渡届が提出されると、支払義務者は手形交換所加盟銀行から取引停止処分される。通常は、1度目の不渡届提出によって取引先の信用を失い、倒産状態に追い込まれる。
[13] 社債、株式等の振替に関する法律(社債株式等振替法)が制定され、2009年から、上場会社の株式等に係る株券がすべて廃止され、株主権の管理が、証券保管振替機構(ほふり)及び証券会社等の金融機関に開設した口座でコンピュータ管理されている。これにより、紙に印刷した上場会社の株券は全て無効になった。株式の取引は、株主が証券会社に口座を開設し、特別口座から株式の振替手続をすることによって行う。なお、未公開株式は対象外である。
[14] 電子記録債権法(2007年6月27日制定)により、手形・売掛金債権の電子化が可能になった。電子債権記録機関は、一定の要件を備える申請者について金融庁の主務大臣が指定する(同法51条、52条)。2016年7月7日現在、5業者が指定されている。
[15] 企業会計審議会・企業会計基準委員会2008年3月10日「企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準」
[16] 会社計算規則5条4項、103条2号、財務諸表等規則20条
[17] 法人税法基本通達9-6-1~3
[18] 金額・弁済期日・弁済方法・利率・貸渡日を記載し署名捺印する。
[19] 破産手続き開始日時、破産管財人、破産債権届出期間、破産債権届出書等の提出先、財産状況報告集会・債権調査期日の日時及び場所等が通知され、破産債権届出の要領が示される。