◇SH1075◇日本企業のための国際仲裁対策(第30回) 関戸 麦(2017/03/23)

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日本企業のための国際仲裁対策(第30回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第30回 国際仲裁手続の中盤における留意点(5)-専門家の意見書の提出その2

3. 専門家の資格要件

 専門家の資格要件について、日本の仲裁法にも、また仲裁機関の規則においても、具体的な規定は特に見当たらない。米国の民事訴訟の場合、証拠能力(証拠に供する資格)に関する厳格な定めがあり、専門家証人についても証人適格に関する具体的な規定が設けられているが(連邦証拠規則702条)、国際仲裁に関してはそのような規定は見当たらない。

 日本の仲裁法で専門家について定められていることは、仲裁廷が鑑定人(専門家が就任することが予定されている)を選任できるといった程度である(34条1項)。また、ICC(国際商業会議所)の規則[1]においても、仲裁廷が、専門家の尋問の実施を決定する権限を有することと、仲裁廷が自ら専門家を選任できるといったことが定められている程度である(25.3項、25.4項)。

 もっとも、前回(第28回)において言及したIBA(国際法曹協会)証拠規則は、仲裁廷が選任する専門家(tribunal-appointed expert)について、当事者が、専門家の適性(qualifications)又は独立性(independence)を理由に、選任に異議を申し立てられると定めている(第6章2項)。当事者が選任する専門家(party-appointed expert)については、このような異議の手続は定められていないものの、専門家が作成する意見書(expert report)には、当該専門家の経歴、適性等に関する記載と、各当事者、その代理人弁護士及び仲裁廷からの独立しているとの表明が記載事項として求められている(第5章2項)。これらの定めからして、専門家の適性及び独立性は、専門家の資格要件と解される。

 但し、その具体的内容は明確ではなく、基本的には仲裁廷がその裁量により判断する事項と解される。

 

4. 専門家の選任手続

 当事者が選任する専門家(party-appointed expert)は、各当事者又はその代理人弁護士が、その人的ネットワークを通じて候補者を見つけ、選任するというのが通常である。

 一方、仲裁廷が選任する専門家(tribunal-appointed expert)の場合、仲裁人がその人的ネットワークを通じて候補者を見つける場合と、各当事者に候補者の提示を求める場合とがある。なお、仲裁人が自ら候補者を見つける場合であっても、各当事者に対して、候補者につき意見を述べる機会が与えられる(ICC規則25.4項、IBA 証拠規則第6章1項参照)。仲裁廷による専門家の選任は、仲裁の結論に関わる重要な事項であるため、各当事者にこのような手続の機会が与えられている。

 仲裁廷が専門家を選任することは、当事者から求められて行うこともあれば、仲裁廷が自らの判断で行うこともある。仲裁廷が自発的に、いわば職権で専門家を選任できることは、前記3のとおり、日本の仲裁法においても、また、ICCの仲裁規則においても定められている。

 なお、ICCでは、様々な国及び分野における専門家の情報を蓄積しており、専門家候補者を紹介するサービスを提供している。

 

5. 専門家との協議

 当事者が選任する専門家(party-appointed expert)については、選任した当事者との間で適宜協議が行われる。

 また、申立人と被申立人がそれぞれ別の専門家を選任している場合には、仲裁廷がその裁量により、両者の専門家間で協議を行い、意見が一致する部分と相違する部分を整理するよう求めることができる(IBA証拠規則第5章4項)。

 一方、仲裁廷が選任する専門家(tribunal-appointed expert)については、その意見を求める事項が書面によって特定される(IBA証拠規則第6章1項)。この書面作成に際して、各当事者が意見を述べることができる。

 

6. 専門家の意見書の記載事項

 IBA証拠規則によれば、専門家の意見書(expert report)の記載事項は、以下のとおりである(第5章2項、第6章4項)。

  1.  •  専門家の氏名及び住所
  2.  •  専門家といずれかの当事者、その代理人弁護士、仲裁廷との間に現在又は過去において関係がある場合には、その内容[2]
  3.  •  専門家の経歴、資格、受けたトレーニング、経験
  4.  •  意見を述べるあたり受けた指示(instructions)[3]
  5.  •  各当事者、その代理人弁護士及び仲裁廷から独立しているとの表明[4]
  6.  •  意見の前提とした事実関係
  7.  •  専門家としての意見及び結論。結論に至るために用いた手法、証拠及び情報の記載を含み、専門家が依拠する文書で未提出のものがあれば、これを提出しなければならない
  8.  •  意見書が翻訳されているときは、原文で用いられた言語及び専門家がヒアリングにおいて証言する際に使用する予定の言語
  9.  •  意見書で表明した意見が、自らの真摯な意見であることの確認(affirmation)
  10.  •  署名並びにその日時及び場所
  11.  •  意見書に複数の署名がなされているときは、意見書の全部又は一部についての各作成者の担当部分の特定

 

7. 専門家の意見書の数及び提出のタイミング

 専門家の意見書の数及び提出のタイミングについては、第28回において陳述書について述べたのと同様に、以下の考慮事項がある。

  1.  •  一人の専門家あたり一通の意見書とするのか、複数の意見書とするのか
  2.  •  意見書の提出時期を、主張書面の提出と同時にするか、あるいは主張書面の提出が終わった後とするか
  3.  •  申立人と被申立人がそれぞれ別の専門家を選任している場合には、同時に意見書を提出するのか、あるいはそれぞれ別の時期に意見書を提出するのか

 考慮要素は、基本的には陳述書に関する考慮要素と共通であるため、第28回の記載を参照されたい。

 

8. 専門家の報酬の扱い

 仲裁廷が選任する専門家の報酬は、通常は、各当事者が折半して予納し、最終的な負担割合は仲裁判断で示されることになる。基本的には、仲裁人の報酬や、仲裁機関の管理費用と同様、敗訴当事者が負担することになる。

 当事者が選任する専門家の報酬は、選任した各当事者が支払う。但し、弁護士報酬と同様に、仲裁判断において、勝訴当事者の分を、敗訴当事者が支払うように命じられることもある。

以 上



[1] ICCの規則が改正され、2017年3月1日から改正後の規則が効力を有している。同日以降、本連載においては、改正後の規則を引用する。

[2] 仲裁廷が選任する専門家(tribunal-appointed expert)の意見書では、記載事項とはされていない。仲裁廷が選任する専門家は、選任を受諾する際に、各当事者、その代理人弁護士及び仲裁廷から独立しているとの表明を記載した書面を提出するため(IBA証拠規則第6章2項)、後に提出する意見書で、各当事者、その代理人弁護士及び仲裁廷との関係の有無を記載することは求められていない。

[3] 仲裁廷が選任する専門家の意見書では、記載事項とはされていない。前記5のとおり、意見を求める事項が、別途書面によって特定されるためと解される。

[4] 仲裁廷が選任する専門家の意見書では、記載事項とはされていない。脚注2で述べた理由によるものと考えられる。

 

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