◇SH1102◇実学・企業法務(第38回) 齋藤憲道(2017/04/10)

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実学・企業法務(第38回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

1. 商品企画

a. 市場調査

〔市場ニーズの調査〕
 市場で商品が売れるのは、その商品を通じて買い手が利便性・快適性・値頃感・安心・安全性等の満足を得るからである。そこで、売り手は、市場の志向を分析し、顧客に満足を提供できる商品を開発する。市場調査では、どのような買い手(客層・地域等)が、どのような商品(コンセプト・機能等)を、どこ(販売チャンネル等)で求め、どのように選択するか(競争相手・代替品等)等を調べて分析し、その結果を新たな商品企画に反映する。

 購入者分析[1]・アンケート調査[2]等を行って市場から商品に関する情報を入手する過程では、営業秘密や個人情報の取り扱い方[3]等に注意する必要がある。

 情報通信技術を活用してビッグ・データを市場分析に利活用する時代が到来したのに対応して2015年に個人情報保護法が改正され、個人情報の定義の明確化(身体的特徴・個人に発行される符号等)や配慮を要する機微な個人情報等に関する規定が整備された。

〔競争相手の調査〕
 市場競争では競争相手の商品力を上回ることが重要であり、企業は、競争相手の商品と自社の同等品について、商品力(コンセプト、デザイン、性能等)、コスト力、市場への商品供給力、市場ニーズの変化への対応力等を比較して、競争優位に立つための施策を講じている。

 孫子の兵法の古書に「彼(敵)を知りて己を知れば、百戦しても殆(あやう)からず」と説いているのは今日の企業経営にも通じる教えであり、他者の優れた経営手法や商品を基準として自社のさまざまな改善を行うベンチマーク[4]の手法が、世界の多くの企業で実践されている。

 なお、商品企画の段階では、事業化後のリスクを可能な限り列挙して、その回避措置を講じることが望まれる。設計・デザインを経て、商品を製造し、市場に出荷する段階に近づくと、実施可能な回避策が限られ、対策コストは大幅に大きくなる。

 企業は、商品に係る業法・規格等を遵守したうえで、他者の特許・商標等の知的財産権を侵害することを避けなければならない。他者の特許権を侵害しないようにするためには、技術者が中心になって他者の特許権を調査し、自社がそれを侵害する可能性の有無を分析し、必要に応じて権利使用許諾契約の締結・自社商品の仕様変更・無効審判請求等を行う。また、他者の商標権については、営業部門・知財部門が中心になって他者の登録済商標をチェックし、トラブルが生じない商品を企画・デザインする。

  1. (注) 知的財産権の調査の過程で、他者が自社の権利を侵害している事実が判明した場合は、差止、使用許諾、クロス・ライセンス等の多様な選択肢を考案して、侵害者に警告するとともに契約交渉の開始を求める。

 なお、知的財産権の調査等においては、弁理士を起用する企業が多い。

b. 消費者目線の商品企画

 商品企画では、安全・表示・取引等に関する法令・規格等を遵守するとともに、自社及び他社の過去のトラブルや類似の事故例等を調査・分析して、トラブル発生を回避する。

 カーナビが開発されて自動車への搭載が企画されたとき、「運転者の視線が画面の方に向いてわき見運転事故が誘発され、社会から欠陥商品と見なされて、自動車メーカーが製造物責任法に基づく損害賠償責任を負う可能性がある」ことが懸念された。その後、カーナビのリスクとメリットに関する社会の認識が深まって、運転者に通常運転すべき一定の注意義務[5]があることが常識になり、現在、カーナビは普及して、利用者は利便性を享受している。

 なお、カーナビの取扱説明書には、「運転者は走行中に操作をしない」「運転者は運転中に画像を注視しない」旨が表示されている。

c. 開発成果物の権利化

 商品企画の段階で生まれる技術発明・デザイン・商品名等は、企業の重要な財産になる。

 企業では、特許・意匠・商標等について、特許庁に出願・登録して権利化の手続きを進めるが、その内容は公開されるので、非公開にしておく方が望ましい発明・技術ノウハウ・アイデア等は、不正競争防止法で保護される「営業秘密」として管理することがある。特許権や意匠権には存続期間があるが、「営業秘密」は秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たしている限り、無期限に保護される。

  1. (注) 営業秘密として管理していた技術情報が、自社の社員を通じてライバル企業に流出する事件がしばしば発生している。秘密管理性を確保するには、その時々の高度な管理水準を維持し続けることが必要である。


[1] 過去の購入者データ等を用いて、市場を性・年代・居住地・職業・所得・嗜好等により区分して把握し、狙う市場を定めて商品企画する等。

[2] 住宅販売関連のアンケートでは、所得・家族構成・現住居の間取り等のデータが収集されることもある。特に、インターネットで収集したアンケートに含まれる個人情報に注意する必要がある。

[3] 個人情報の保護に関する法律 平成15年(2003年)5月30日制定

[4] 米国のGEがジャック・ウェルチ会長のもとで、官僚体質から抜け出すことを目的として、他社のベスト・プラクティスを学んで自社の経営目標を設定し、それに向けた改善を進めて経営改革に成功したことが知られている。GEが採り入れたベスト・プラクティスの中でも、米国モトローラが開発したシックスシグマ経営手法は、高収益体質に移行するのに特に有効であったとされる。

[5] (参考)バックカメラ使用については「速度を上げて後退運転しない、画面だけを見ながら後退運転しない」旨を表示している。

 

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