日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第37回 国際仲裁手続の中盤における留意点(12)-ディスカバリーその7
11. 米国の裁判所を通じたディスカバリー(合衆国法典28編1782条(a))
(1) 意義
前回(第36回)においては、国際仲裁手続への協力としての、裁判所による証拠収集・証拠調べについて述べた。この裁判所による協力は、全ての国際仲裁手続を対象とするものではなく、仲裁地がその裁判所の所在する国であるものに限定されている。例えば、日本の裁判所による協力の対象となるのは、仲裁地が日本あるいは日本国内の都市等とされた国際仲裁手続に限られる。
これに対し、米国の裁判所は、仲裁地が米国以外であっても、国際仲裁手続のために証拠収集(ディスカバリー)を行うことがある。根拠条文から、「セクション1782ディスカバリー」などと呼ばれる制度である。
合衆国法典28編1782条(a)(28 U.S.C.§1782(a))は、米国の連邦地方裁判所が、海外の又は国際的な法廷(foreign or international tribunal)の手続のために、ディスカバリー手続を行うことができると定めている。対象となるディスカバリー手続は、法文上、証言の録取と、文書の提出が記載されているが、これは例示であり、eディスカバリーを含め、様々なディスカバリー手続が対象となり得る。したがって、この手続を通じて、国際仲裁手続に、米国の民事訴訟的な広範なディスカバリーが取り込まれる可能性がある。
また、対象者には、国際仲裁手続の当事者と第三者のいずれもなり得るが、手続を行う連邦地方裁判所の管轄地内に居住又は所在する者である必要がある。したがって、合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーが意味を持つのは、米国内に居住又は所在する企業又は個人から証拠を入手することが意味を持つ場面である。
(2) 判例・裁判例
合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーは、海外の裁判所における訴訟手続のために利用されるものの、伝統的には、多くの米国の裁判所が、国際仲裁手続のために利用することを認めなかった。
しかしながら、米国連邦最高裁判所が、2004年のいわゆるインテル事件(Intel Corp. v. Advanced Micro Devices, Inc., 542 U.S. 241 (2004))の判決文において、合衆国法典28編1782条(a)の「foreign or international tribunal」の文言に、国際仲裁手続が含まれることを示唆する論考の引用をしたため、その後、合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーを国際仲裁手続のために利用する途が開かれることとなった。
但し、米国連邦最高裁判所の立場が明確ではないため、合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーを国際仲裁手続のために利用できるか否かについて、現在でも裁判例は分かれている状況である。そのため、申立人は、合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーを国際仲裁手続のために利用することを認めた裁判例のある裁判所又は地域において、申し立てることを志向すると思われる(その方が認められる可能性が高いと考えられるためである)。
(3) 手続
米国の連邦地方裁判所への申立てによって手続が開始する。申立権者は、利害関係人(interested person)であり、国際仲裁手続の当事者はこれに該当しうる。
申立に際して、仲裁廷の同意を得ることは、法文上は必須ではない。但し、仲裁廷の意向に反して、当事者が米国の裁判所で合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーを進めることは、仲裁手続の遅延及び混乱に至るため、避けるべきとの見解がある[1]。なお、前回述べた日本の裁判所における証拠収集・証拠調べでは、仲裁廷の同意を得ることが必須である。
裁判所は、申立について、認めるか否かの判断をする。認める場合には、対象者に対して、命令(order)が発せられる。また、仲裁手続の他の当事者にも、通知が行われる。
合衆国法典28編1782条(a)に基づくディスカバリーを実施する場合、その手続は、連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure)に則って行われる。すなわち、米国の民事訴訟におけるディスカバリーと、同様の形式で行われることになる。
対象者は、秘匿特権(privilege)があるものについては、提出、証言等を拒むことができる。この点も、米国の民事訴訟の場合と同様である。
以 上
[1] Gary B. Born, International Arbitration: Law and Practice (Kluwer International, 2012), pp. 199.