銀行が、輸入業者の輸入する商品に関して信用状を発行し、当該商品につき譲渡担保権の設定を受けた場合において、上記輸入業者が当該商品を直接占有したことがなくても、上記輸入業者から占有改定の方法によりその引渡しを受けたものとされた事例
銀行であるXが、輸入業者であるYの輸入する商品に関して信用状を発行し、これによってYが負担する償還債務等に係る債権の担保として当該商品につき譲渡担保権の設定を受けた場合において、次の(1)及び(2)の事情の下では、Yが当該商品を直接占有したことがなくても、Xは、Yから占有改定の方法により当該商品の引渡しを受けたものといえる。
(1) XとYとの間においては、輸入業者から委託を受けた海運貨物取扱業者によって輸入商品の受領等が行われ、輸入業者が目的物を直接占有することなく転売を行うことが一般的であったという輸入取引の実情の下、上記譲渡担保権の設定に当たり、XがYに対し輸入商品の貸渡しを行ってその受領等の権限を与える旨の合意がされていた。
(2) 海運貨物取扱業者は、金融機関が譲渡担保権者として当該商品の引渡しを占有改定の方法により受けることとされていることを当然の前提として、Yから当該商品の受領等の委託を受け、当該商品を受領するなどした。
民法183条、304条、369条(譲渡担保)、民事再生法45条、53条1項、2項
平成28年(許)第26号 債権差押命令取消及び申立て却下決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件 最高裁平成29年5月10日第二小法廷決定 棄却(民集71巻5号登載予定)
原 審:平成27年(ラ)第862号 大阪高裁平成28年3月30日決定
原々審:平成27年(ナ)第14号 大阪地裁平成27年7月9日決定
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本件は、輸入業者であるYから依頼を受けてその輸入商品に関する信用状を発行し、同輸入商品につき譲渡担保権の設定を受けた銀行であるXが、Yにつき再生手続開始の決定がされた後、上記譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として、Yが第三者に転売した同輸入商品の売買代金債権の差押えを申し立てた事案である。Yが、Xは上記譲渡担保権について対抗要件を具備していないから、物上代位権の行使は許されないと主張したことから、Xが、上記輸入商品につき占有改定の方法による引渡しを受けたか否かが争われた。
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事実関係等の概要は、以下のとおりである。
XとYは、平成24年9月、銀行取引約定、信用状取引に係る基本約定及び輸入担保物保管に関する約定を締結し、その中で、①YがXから信用状の発行を受けて輸入する商品につき、Xが輸出先の取引銀行等に対して補償債務を負い、YがXに対して償還債務等を負うこと、②Yは、この償還債務等を担保するため、Xに対して輸入商品に譲渡担保権を設定すること、③Xは、Yに対して輸入商品の貸渡しを行い、その受領、通関手続、運搬及び処分等を行う権限を与えることを、包括的に合意した(なお、貸渡しとは、信用状発行銀行が、譲渡担保権を引き続き保持したまま、輸入業者に対して輸入商品の処分権限を付与することをいい、信用状取引の実務においては一般的に行われるものである。)。
Xは、平成26年12月から平成27年1月までの間に、Yが特定の商品(以下「本件商品」という。)を輸入するについて信用状3通を発行し、その後、これらの信用状に基づく補償債務を弁済して、Yに対する償還債務履行請求権等を取得した。
Yが輸入した本件商品は、船舶により中国から日本へ輸送され、Yの委託を受けた海運貨物取扱業者(以下「海貨業者」という。)が受領した(海貨業者とは、荷送人・荷受人に代わり、輸出入の際の商品の搬入、通関業務を専門的に引き受ける業者である。)。Yは、本件商品の一部(以下「本件転売商品」という。)を転売し、本件転売商品は、上記海貨業者又はその委託を受けた運送業者によって、直接買主の指定先まで運搬された。この間、Yが本件商品を直接占有したことはなかった。
Yは、平成27年2月、再生手続開始の申立てをし、上記各信用状に係る償還債務について期限の利益を失ったため、Xは、同年3月、本件転売商品の売買代金債権の差押えを求めて、本件申立てをした。
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原々審は、Yは、海貨業者を占有代理人として本件商品を間接占有したものであるところ、間接占有者からは占有改定による引渡しはできないなどとして、Xが本件譲渡担保権につき対抗要件を具備したことを認めず、本件申立てを却下した。
これに対してXが抗告したところ、原審は、Xは、占有改定による引渡しを受けたものと認められるとして、原々決定を取り消して、債権差押命令を発付すべきものとした。
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原決定を不服としてYが抗告したところ、本決定は、決定要旨のとおり判断して、原審の判断を是認し、Yの抗告を棄却した。
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(1) 動産譲渡担保権に基づく物上代位権の行使の可否については、最二小決平成11・5・17民集53巻5号863頁が、一定の事実関係の下においてこれを肯定することを明らかにしている。同決定は、輸入業者が破産宣告を受けた後、その信用状発行銀行が、信用状の発行に係る輸入商品に対する譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として輸入商品の転売代金債権を差し押さえることを認めたものであり、本件は、同決定において物上代位権行使が肯定される上で特徴とされた事実関係と、基本的事実関係を同じくしている。しかし、同決定の事案では、譲渡担保権者による対抗要件の具備の要否ないし有無は、争点とされておらず、判断の対象とされなかった。
この点、最二小判平成22・6・4民集64巻4号1107頁は、再生債務者財産についての所有権留保権者による別除権の行使が問題となった事案において、別除権の行使のためには、一般債権者との衡平を図るなどの趣旨から、原則として再生手続開始時点で当該特定の担保権につき登記、登録等を具備している必要があるとしている。同判決の判文の趣旨からすれば、動産譲渡担保権者についても、別除権者として権利を行使するためには譲渡担保物につき引渡しを受けている必要があると解するのが相当である。本件の原々審、原審も同様の判断をしており、本決定もこれを前提として、本件商品の引渡しの有無を問題としたものと考えられる。
(2) 占有改定の意思表示は、占有代理関係を発生させる法律関係があれば黙示的に表示されたものといえ(大判大正4・9・29民録21輯1532頁参照)、動産譲渡担保権設定契約後、債務者が引き続き目的物を占有するときは、債権者は、契約成立と同時に占有の改定により引渡しを受けたものとして、その物の占有権を取得する(最一小判昭和30・6・2民集9巻7号855頁等)。しかし、譲渡担保権設定者(債務者)が目的物を直接占有しておらず、代理人による間接占有しか有していない場合には、占有改定の合意がされても、譲渡担保権者(債権者)が引渡しを受けたといえるのか否かに関しては、これまでに判断を示した最高裁判例は見当たらない。
占有改定に関する一般的な判示としては、前掲大正4年判決が、「占有改定とは、甲権利に基づき物を占有する改定者が、その権利を本人に譲渡すると同時にその譲渡したる権利に伝来する乙権利を本人より取得し、その権利のためにする直接占有者となり、本人は同一物につき返還請求権に基づき甲権利のためにする間接占有権を取得する場合を指すもの」である旨を述べ、改定者につき「直接占有者」という表現を用いていた。しかし、同判決の事案は、改定者が直接占有をしている事案であって、間接占有者が占有改定をなし得るかが問題となったものではなかった。
学説としては、最二小判昭和34・8・28民集13巻10号1336頁(執行吏の差押えに係る動産について債務者が行った占有改定の効力を肯定した判例)の評釈において、間接占有者からの占有改定による引渡しの可否という問題が触れられており、①民法183条に相当するドイツ民法の規定の解釈を参照しつつ、占有権の譲渡人が間接占有者である場合の占有改定も可能であるとの見解(井口牧郎「判解」最判解民事編昭和34年度211頁(1966))と、②これを否定する見解(小山昇「執行処分として執行吏が有体動産の占有を取得した場合に執行債務者の当該動産に対する占有関係はどんな影響を受けるか」判評24号(1960)13頁等)があったが、後者は「占有改定は直接占有者が占有を本人に移転する方法である」という以外には特に理由は示していなかった。
(3) 検討するに、占有改定の方法を定めた民法183条は、「代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したとき」は、本人はこれによって占有権を取得する旨を定めているところ、占有権は代理占有によっても取得できることからすれば(民法181条)、同条がいう「占有物」が直接占有物に限定されているとは当然には解されない。
一方、民法184条は、本人が代理人によって目的物を占有する場合に、代理人に対する指図によって第三者に引渡しをすることができる旨を定めているが、指図による占有移転は、本人と代理人との間の返還請求権(代理占有関係)を第三者と代理人との間に移転させ、これによって本人が間接占有を失い、代わりに第三者が間接占有を取得するものである(最二小判昭和34・8・28日民集13巻10号1311頁、我妻榮=有泉亨補訂『新訂物権法』(岩波書店、1983)483頁等参照)。本件のような場合に、同条の方法によって占有を引き渡すことができることは当然であるとしても、本人である譲渡担保権設定者が占有代理関係から抜けることが想定されておらず、本人と代理人(直接占有者)との間の占有代理関係を維持したまま、本人と譲渡担保権者との間に重畳的に新たな占有代理関係を生じさせ、譲渡担保権者に間接占有を取得させようとする場合も、同条によらなければならないと解する必要はないと思われる。
また、一般的に、AからB、BからCへと占有物の現実の引渡しがされ、各当事者間に重畳的占有代理関係が成立した場合には、Cが所持していても、Aは間接占有を保持すると解されている(末川博『占有と所有』(法律文化社、1962)81頁、舟橋諄一『物権法 法律学全集(18)』(有斐閣、1960)294頁、川島武宜=川井健編「新版注釈民法(7)」(有斐閣、2007)27頁〔稻本洋之助〕等参照)。Bの代理人であるCが現実の所持を取得し、BとAとの間で占有改定の合意が成立した場合であっても、上記現実の引渡しがされた場合と同様の重畳的な代理占有関係が成立したと評価することができるのであれば、その成立過程の違いをもってAによる占有の取得を否定すべき理由はなく、占有改定の合意により、間接占有者Bからの占有移転を許容することは可能であるように思われる。
本決定は、①譲渡担保権設定者(占有改定者)と譲渡担保権者(占有譲受人)、②譲渡担保権設定者とその委託を受けた海貨業者(直接占有者)それぞれの間の法律関係等を具体的に摘示し、そのような事実関係の下で、譲渡担保権者が、直接占有を有しない譲渡担保権設定者から、占有改定による引渡しを受けたことを肯定した。本決定が摘示した事実関係は、信用状による輸入取引実務において一般的にみられるものであると思われるが、他にどのような事実関係の下において間接占有者からの占有改定による引渡しが認められ得るかは、今後事例を積み重ねる中で検討されていくことになろう。
(4) なお、本決定は、原決定の当事者の表示及び主文を更正している。原決定は、理由中で債権差押命令を発付すべき旨の判断をしたにもかかわらず、主文では原々決定を取り消しただけで、債権差押命令の申立てについて自判しなかったためである。1審は当初、債権差押命令を発付した後、いわゆる再度の考案により同命令を取り消して、本件申立ての却下決定をしているが、再度の考案による決定の性質・効力は変更判決のそれと同じであり(秋山幹男ほか著『コンメンタール民事訴訟法Ⅵ』(日本評論社、2014)443頁等)、抗告審が同決定を取り消しても、当初の決定(本件においては上記債権差押命令)が復活して有効となるものではないとの考え方が多数である。本決定もこのような考え方を前提としているものと思われる。
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本決定は、事例決定であり、一般的な法理は示していないが、間接占有者からの占有改定の方法による占有の引渡しが認められ得るかという点に関して、最高裁が初めてこれを肯定する判断を示したものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられるので、紹介する次第である。