父母以外の第三者で事実上子を監護してきたものが子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることの許否
父母以外の第三者は、事実上子を監護してきた者であっても、家庭裁判所に対し、家事事件手続法別表第2の3の項所定の子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできない。
民法766条、家事事件手続法39条、家事事件手続法別表第2の3の項
令和2年(許)第14号 最高裁令和3年3月29日第一小法廷決定 子の監護に関する処分(監護者指定)審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(民集75巻3号952頁) 破棄自判
原 審:令和元年(ラ)第1331号 大阪高裁令和2年1月16日決定
原々審:平成30年(家)第2885号、平成31年(家)第973号 大阪家庭裁判所令和元年9月27日審判
1 事案の概要
本件は、未成年者Aの祖母であるXが、Aの実母であるY1及び養父であるY2を相手方として、家事事件手続法別表第2の3の項所定の子の監護に関する処分としてAの監護をすべき者(以下「監護者」という。)をXと指定する審判を申し立てた事案である。
Y1は、前夫との間にAをもうけたが、その後、Aの親権者をY1と定めて前夫と離婚した。Aは、出生後間もない時期からX宅でX及びY1によって監護されてきたが、Y1がY2との同居を開始した平成29年8月以降は、Xのみによって監護されている。Y1とY2は、平成30年3月に婚姻し、Y2がAと養子縁組をしたため、現在Aは、Y1及びY2の親権に服している。
2 原審の判断
原審は、子の福祉を全うするためには、民法766条1項の法意に照らし、事実上の監護者である祖父母等も、家庭裁判所に対し子の監護者指定の審判を申し立てることができるとし、Xは、事実上Aを監護してきた祖母として、Aの監護者指定の審判を申し立てることができるとした上で、Aの監護者をXと指定すべきものとした。
3 本決定
本決定は、決定要旨のとおり、父母以外の第三者は、事実上子を監護してきた者であっても、家庭裁判所に対し、子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできないと判断し、Xは、事実上Aを監護してきた者であるが、Aの父母ではないから、Aの監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできないとして、原決定を破棄し、Xの本件申立てを不適法として却下する自判をした。
4 説明
⑴ 民法766条1項及び2項の文言によれば、父母が、協議離婚をする場合に、父又は母を子の監護者として指定するよう家庭裁判所に申し立てることができることは明らかであり、この監護者の指定は、家事事件手続法別表第2の3の項の「子の監護に関する処分」に該当し、家事審判事項(同法39条)である。これに対して、本件では、父母以外の第三者(祖母)が自らを子の監護者として指定するよう申し立てている点で文言上民法766条が適用される場合とは異なっている。そこで、父母以外の第三者が、事実上子を監護してきた場合に、同条の類推適用等によって、子の監護者指定の申立てをすることができるか否かが問題となる。
⑵ この問題について、学説は、否定説と肯定説に分かれている。否定説(島津一郎編『注釈民法(21)』(1966、有斐閣)157頁〔神谷笑子〕等)は、監護者指定の申立てをすることができるのは、子の監護に関する事項について協議をする当事者である父母に限られるとする。これに対して、肯定説には様々な見解があるが、主な学説として、①民法766条類推適用説(棚村政行「祖父母の監護権」判タ1100号(2002)148~149頁。子の福祉の実現のため、監護に関わり子との間に実質的な関係を形成してきた者について同条を類推適用して監護者指定の申立権を認める。)、②民法766条、834条類推適用説(田中通裕「判批」判タ1099号(2002)85~87頁等。親権者の意思に反して第三者を監護者と定めることは同法834条の親権喪失と共通し、子の福祉の観点から第三者による監護者指定が必要な場合には、同法766条、834条を類推適用して対応すべきとする。)、③民法819条6項類推適用説(中川善之助編『注釈民法(22)のⅠ』(1971、有斐閣)338頁〔沼辺愛一〕等。同項が子の親権者変更について子の親族に申立権を認めていることとの権衡から子の親族等にも監護者指定の申立権を認める。)がある。
また、下級審裁判例も、第三者による監護者指定の申立てについて、これを肯定するものと否定するものに分かれていた。肯定した主な裁判例である東京高決昭52・12・9家月30巻8号42頁は、親権者がその本来の趣旨に沿って親権を行使するのに著しく欠けるところがあり、親権者に親権を行使させると子の福祉を不当に阻害することになると認められるような特段の事情がある場合に限り、親権者の意思に反して第三者を監護者に指定することができると判断していた(ただし、事案の結論としては祖父母を監護者に指定しなかった。)。他方、仙台高決平12・6・22家月54巻5号125頁は、子の監護者指定の審判を申し立てることができるのは協議の当事者である父母であり、第三者には申立権がないと判断し、また、東京高決平20・1・30家月60巻8号59頁は、未成年の子に父母があり、その一方が親権者に指定されている場合に、父母以外の親族が自らを監護者として指定することを求めることは家事審判事項に当たらないと判断して、第三者による監護者指定の申立てを認めなかった。
⑶ ア 民法766条は、1項において、協議離婚に際し、監護者その他の子の監護について必要な事項は、父母が協議をして定めるものとしており、これを受けて同条2項が、父母の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときに、家庭裁判所が上記事項を定めると規定していることからすれば、同項は、同条1項の協議の主体である法律上の父母の申立てにより、家庭裁判所が子の監護に関する事項を定めることを予定しているものと解される。また、民法その他の法令において、事実上子を監護してきた第三者が、家庭裁判所に上記事項を定めるよう申し立てることができる旨を定めた規定がないことからすれば、民法766条等の直接適用によって上記第三者に上記の申立てを許容することはできないものと解される。
イ 次に、民法766条その他の法条の類推適用について検討すると、第三者が事実上子を監護してきた者であったとしても、その監護の事実のみをもって上記第三者を法律上の父母と同視することはできないものと考えられる。また、子の利益は、協議・審判において子の監護に関する事項を定めるに当たって最も優先して考慮しなければならないものであるが(民法766条1項後段参照)、このことと、誰が家庭裁判所に上記事項を定める申立てをすることができるのか(申立適格)は別の問題であり(子の利益に資するか否かによって申立権の有無が定まるものとはされていない。)、子の利益という概念自体、必ずしも明確なものとはいえないことからしても、子の利益(子の福祉)を実現するという観点から、上記第三者に上記申立てを許容することも困難である。以上によれば、民法766条の類推適用を根拠とすることはできないものと解される(原審のように、同条1項の法意を根拠とすることについても同様である。)。
そして、民法819条6項については、同項が法律上の父母の間で親権者を変更するための規定であり、父母以外の第三者を監護者に指定する場合とは場面を異にするものであるから、同項を類推適用することはできないと解される。
また、民法834条、834条の2については、親権の全部について喪失・停止させるという規定であり、これらの規定を、親権者の親権の一部である監護権のみを制約することにつながる監護者指定に類推適用するというのは、上記各条文の趣旨に反することになるため、相当でない。
そうすると、民法766条その他の法条の類推適用によっても、事実上子を監護してきた第三者に上記申立てを許容することはできないものと解される。
ウ 本決定は、以上のような理解の下に、決定要旨のとおりの判断をしたものと思われる。
⑷ ア 第三者による監護者指定の申立てを肯定する見解においては、父母による親権の行使が不適切な場合には、父母が自ら監護者指定の申立てをすることは期待できず、第三者による申立てを認めないと子の福祉を実現することができないなどといった指摘がされている(二宮周平「父母以外の者を子の監護者に指定することの可否」右近健男ほか編『家事事件の現況と課題』(判例タイムズ社、2006)126~128頁等)。
しかし、そのような場合であれば、少なくとも民法834条の2の親権停止の事由(親権の行使が不適当で子の利益を害するとき)に該当するため、そうであれば、子の親族は、親権停止の審判を申し立てる(児童相談所長も同審判を申し立てることができる〔児童福祉法33条の7〕。)とともに、同審判の効力が生ずるまでの間については、家事事件手続法174条1項の親権者の職務執行停止、職務代行者の選任の保全処分を申し立て(職務執行停止の審判により親権者は親権等の行使ができなくなり、職務代行者は職務執行停止の審判を受けた親権者と同一の地位を有することになる〔金子修編著『逐条解説家事事件手続法』(商事法務、2013)569頁〕。)、親権停止の審判の効力が生じた後には、未成年後見人の選任を申し立てることによって(民法838条1号、840条1項。児童相談所長も同選任を申し立てることができる〔児童福祉法33条の8第1項〕。)、必要な対応をとることができるものと考えられる。そして、父母以外に子の監護に適する者(例えば、現に子を事実上監護している祖父母など。)がいれば、その者が、職務代行者や未成年後見人に選任されることになるものと考えられる。
このように、現行民法の下においては、第三者による監護者指定の申立てを認めなくとも、他の制度によって、父母による親権の行使が不適切な場合に父母から子を保護することは可能であると考えられる。
イ 仮に、原審のように、事実上の監護者である祖父母等の第三者も自らを子の監護者として指定することを申し立てることができるとした場合には、次のような問題が生じ得る。
(ア) 家裁の実務においては、対立する父母が子の監護について協力しあうことは困難であるため、父母の間であっても、親権と監護権の分属を安易に認めるべきではないものとされているところ、父母と第三者が対立しているにもかかわらず、父母の親権を残したまま、第三者が監護者に指定されることになると、親権と監護権が、対立する父母と第三者との間で分属する状態が生ずるため、両者の間で更なる紛争が起こり得ることになり、かえって子の利益を害することになりかねない。
(イ) 第三者が監護者に指定されたとしても、親権停止・喪失の場合に選任される未成年後見人とは異なり、当該第三者には、家庭裁判所の監督(民法863条)が及ばない。当該第三者による監護に問題が生じたとしても、子に関心を持たない父母の場合、同法766条3項による監護者指定の取消しの申立てをしないことも考えられ、当該第三者の監護権の行使に問題がある場合に適切に対応することができない可能性がある。
ウ 以上のとおり、事実上子を監護してきた第三者による監護者指定の申立てについては、現行民法において上記申立てを認める必要性が高いものとはいえず(前記ア)、上記申立てを認めることによって生じ得る問題があること(前記イ)からすれば、実質的にみても、上記第三者が上記申立てをすることができないと解することは、現行法の解釈として相当なものと思われる。
5 本決定の意義
本決定は、学説及び下級審裁判例が分かれていた、父母以外の第三者で事実上子を監護してきたものが監護者指定の審判を申し立てることができるか否かという問題について、最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。