コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(27)
―合併組織のコンプライアンス課題の整理―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、組織間関係論に基づき、合併組織の親会社のガバナンスについて、筆者の親会社のコンプライアンス部長、子会社の管理担当役員の経験を踏まえて考察した。
親会社による合併子会社のコンプライアンス管理は、法に基づき様々の仕組みが作られているが、親会社内の連携不足、合併子会社の出身会社主義と利益優先圧力、マンパワーの不足等により、必ずしも有効に機能していない。親会社が合併子会社へのガバナンスを有効に発揮するためには、親会社の関係部署の連携による子会社の課題の把握と迅速な対応、高位の対境担当者・部門による影響力の行使、子会社における研修等が必要である。
今回は、合併組織で発生しやすいコンプライアンス課題を整理する。
【合併組織のコンプライアンス課題の整理】
合併組織のコンプライアンスに関するこれまでの岩倉の考察を整理すると、次の通りである。
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1. 合併組織では出身組織の組織文化の違いによるコンフリクトが発生しやすく、その調整メカニズムがまだ円滑に機能していないことから、コンフリクトが顕在化しやすく、一定の歴史を持つ単一の組織よりもマネジメントの困難度が高い。
具体的には、出身会社主義に傾きがちな人事評価への不満、互いの人間性を理解する期間の不足によるパワーハラスメント、異性に対する認識の違いによるセクシャルハラスメント、短期間に成果を求められる一方で業務管理システムが円滑に機能していないことによる様々な業務上のトラブルやコンプライアンス違反等の発生が考えられる。
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2. 合併組織におけるマネジメントの困難性を減じるためには、第1にコンフリクトの発生そのものを減ずること、第2にコンフリクトが発生したとしても組織の統制力を働かせてコンフリクトの顕在化を防ぐことの2方向が考えられるので、それらのどちらか、あるいは両方を同時に実施する必要がある。
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3. マーチ&サイモン[1]を踏まえ、コンフリクトの発生そのものを減ずる方向としては、⑴ 合併組織の成員の目的の差異と⑵ 知覚の差異を減ずることである。
- ⑴ 目的の差異を減ずるためには、①経営者が、合併組織の設立目的、ビジョン、経営理念と行動規範等を、あらゆる機会をとらえて現場に出向いて繰り返し述べ、組織内に浸透・定着させること。②組織の設立時に特に重要だが、経営計画と実績のモニタリングを徹底して組織内に伝え、かい離があれば直ちに対策を打つことである。
- ⑵ 知覚の差異を減ずるためには、旧組織時代の賃金を合併組織に持ち込まず、公正な人事評価システムを設計し厳格に実行することにより、組織成員に不公平感を感じさせないことである。
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4. コンフリクトが発生したとしても、統制力を働かせてコンフリクトの顕在化を防ぐ方法としては、
- ⑴ 公式権限を明確に設定し成員が納得できる合理的な意思決定プロセスを設計し厳格に運用すること。
- ⑵ アンケート調査や従業員相談窓口等により、組織がコンフリクトの原因となる課題を事前に発見して、深刻化する前に迅速に対応すること。
- ⑶ 上司と部下の適切なコミュニケーションを確保すること。特に、合併組織では、シャインが指摘するように不安を解消するために業務の教育・訓練を行なうだけでは不十分であり、筆者は、コミュニケーションの強化、チーム力強化(チームへの貢献を評価し人事考課に反映する)、職場ルールやコンプライアンス(倫理・法令順守)の徹底、人権への配慮とうつ病の予防等が重要であると考える。
- ⑷ 従業員相談窓口の整備。
- ⑸ 労働組合との良好な関係形成とコンプライアンス徹底に連携すること。即ち、現場で発生したコンフリクトを調整し解決へと導く公式・非公式の調整システムを設計し機能させること。
- ⑹ 親会社やメインバンク等ガバナンスに影響を持つ組織が、合併組織をモニタリングし、必要により介入すること。
等がある。
今回は、今日頻繁に発生している合併組織について、マネジメントの困難性が高いことを踏まえ、コンプライアンス上の課題と対応の方向について、これまでの筆者の経験に基づき組織文化論の視点から整理した。
最近は、海外も含め合弁やM&Aが頻繁に行われているが、それが成功するためには、法的問題や財務上の問題とは異なる組織活性化の問題があることに留意したい。
次回からは、組織の革新と移行過程のマネジメントについて考察する。
[1] J.G.March, & H.A.Simon, Organizations, New York, 1958.(J. G. March, & H. A. Simon(土屋守章訳)『オーガニゼーションズ』(ダイヤモンド社、1977年))