◇SH1090◇実学・企業法務(第36回) 齋藤憲道(2017/04/03)

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実学・企業法務(第36回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

Ⅰ 事業運営に必要な基本機能

(4) 事業を統括する「事業責任者」の役割

 企業内で特定の事業を担当する責任者[1](以下、本項で「事業責任者」という。)は、担当事業について(1)直接業務、(2)間接業務、(3)リスク・マネジメントの機能を統括する立場にあり、決裁規程等の所定の権限の範囲内で、経営資源(人・金・物・情報)を効果的に配分・配置し、個々の案件について経営判断を行う。

 事業責任者の最も重要な仕事は、担当事業において、a.経営理念・経営方針を周知・徹底し、b.進むべき方向(経営計画を含む)を示すことである。

 事業責任者は、内部統制の仕組みを整備・運用(モニタリングを含む)して、このa.及びb.を実践する。

 次に、事業責任者が果たすべき役割の具体例を挙げる。

(例1) コンプライアンスの実践
 企業がコンプライアンスを確保するには、事業責任者が自ら、社会に順応しつつ厳格に遵法を求める姿を社員たちに示すことが必要である。部下たちは上司の発言や行動を常に見ている。上司が部下の人柄を把握するのには1ヵ月かかるが、部下は1日で上司の本性を見抜く、と言われる。上司の順応・遵法の姿勢が少しでも緩めば、部下たちの弛緩は一段と大きくなる。職位の高い者は、その位にふさわしいコンプライアンスの実践者でなければならない。

(例2) 重要な経営判断
 (1) 人事異動・処分
 昇進・降格・転勤等の人事異動は、企業が特定の職位に求める資質を社内外に示すことになるので、慎重に行なう必要がある。不祥事に関与した者の人事異動・処分にあたっては、泣いて馬謖を斬る気概を持たなければならない。特に、役員人事は社外に明らかになるので、厳しさが求められる。人事に甘いという印象を持たれると、社員だけでなく取引先や社会から信頼されず、経営基盤が弱体化する。

 (2) 販売価格の決定
 商品の販売価格が決まれば、仕様や特性の大枠が定まり、どの客層・市場に向けてどのルートで販売するか等も決まる。販売価格が高すぎれば、販売不振で在庫の山ができて、資金が不足する。安すぎると、販売量が増えても原価を回収できず、赤字に陥る。
 また、販売価格は、技術・製造・営業等がそれぞれの原価目標や活動費枠を設定する基準になり、経営管理で重要な役割を果たす。

(例3) 事業の再構築・再編
 現在、多くの企業で日常的に事業の選択と集中が行われ、企業の再構築や再編[2]が進められている。これらはトップ・ダウン型[3]で企画されることが多く、業務提携・アウトソーシング[4]・資産流動化・M&A(事業の譲渡・買収、合併[5])・会社分割・持株会社化・MBO[6]等の法律手段が多用され、会計・税務面の効果や影響が検討される。
 特に、税制は、企業グループから流出する資金量に直接関係するので、各国・地域が設けた税恩典の適用の可否等を含め、現地の専門家を起用して慎重に検討する。
 一般に、大型案件や国際案件では、a. 税法・労働法・知財法等を含めて考慮すべき法制度の範囲が広く、b. 事業の価値評価(デュー・デリジェンス)・契約書作成等の専門的作業が多く、c. 複数の関係者間の調整・交渉も必要になる。これらの作業を的確かつ迅速に実行するため、多分野の専門家を多数擁する大きな法律事務所や会計事務所に依頼する傾向がある。
 再編後の企業に新しいスポンサー(出資者)や提携先が必要な場合は、経営コンサルタントや証券会社等にその候補の選定・仲介等を依頼することもある。
 企業買収では、買収側と被買収側の大株主や経営陣の意向[7]が対立して敵対的になることがあり、敵対的買収防衛策を導入[8]する企業もある。
 事業の再編・再構築を検討する際に、経営資源を投入する事業と売却・撤退する事業を仮定して実施後の財務状況をシミュレーションする管理システムが導入されていれば、経営判断を迅速に行なうことができる。

 

 事業運営で用いる「経営情報」

 企業では、事業に関する多くの情報を収集・分析して経営管理を行う。

 商品の受注、生産・販売(出荷)・在庫、作業者の勤怠、機械稼働、工程歩留り、入出金・資金繰り等の「内部経営情報」は毎日、取引先・競争相手・市場動向等の「市場取引先情報」は可能な限り頻繁に、それぞれ把握して蓄積し、適宜、必要な対策を行う。

 全社利益(営業利益、税引後利益等)、総資産、ROA/ROE[9]等の「財務情報」や、景気動向・マーケットシェア等の「マクロ市場経済情報」は、定期的(年・半年・四半期・月・週等の単位)に作成・分析して経営計画の検証や見直しに用いる。

 これらの情報に加えて、近年、「コンプライアンス情報」が必須の管理項目になっている。企業が、公益通報者保護法の対象になる内部通報(独占禁止法の課徴金減免制度の対象になる情報を含む)を得た場合は、迅速に事実確認し、必要に応じて適切な措置を講じなければならない。刑事罰の可能性がある違法行為が社内で行われているという内部通報を受けた後「20日以内に調査を行う旨」を通報者に通知[10]しなければ、その通報者がマスコミ等の外部に通報して、企業の法令違反だけでなく隠蔽体質が問題になる可能性が大きい。

 以上のような情報を取り扱うことが多い企業法務等にはスピード感をもって、事実確認を正確に行い、経営に与える影響を分析し、経営判断を的確に行う力が求められる。

 

〔カルテル・入札談合した事実の公正取引委員会への報告と課徴金減免〕
 カルテル・入札談合した企業が、その違反内容を所定の報告書に記載して公正取引委員会にFAXで送信し、資料提出して、課徴金減免手続きを申請すると、公正取引委員会は調査開始日前と調査開始日以後とで合わせて最大5社(ただし、調査開始日以後は最大3社)について受理順に課徴金を減免する[11]
 複数の事業者による共同報告(共同申請)は認められないが、一定の要件を満たす同一企業グループ内の複数の事業者による共同申請は、1社の申請(共同申請した全社に同一順位を割当て)として取り扱われる。

 


[1] 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準Ⅰ. 4. 内部統制に関係を有する者の役割と責任(1) 経営者」(企業会計審議会2011年3月)は、経営者が組織内で最高の権限と最終責任を担い、組織の気風の決定に大きな影響を与える旨を示している。

[2] 日本ではバブル経済が崩壊した1990年以降、多くの企業が、事業の競争力を高め、その結果として企業価値を高めることを目的として、事業の再編を進めた。

[3] 社長室・経営企画部門・特別プロジェクト等が補佐することが多い。これに対して、現場の担当者から積み上げる方式を、ボトム・アップという。

[4] 業務の外部委託。

[5] 2006年5月から会社法が施行されたが、三角合併については合併対価の柔軟化に伴う敵対的買収が懸念された。このため、経済産業省と法務省は2005年に「企業価値防衛策指針」を公表し、三角合併条項だけが1年間延長されて2007年5月から施行された。また、この間に、会社法施行規則182条の開示書類の記載事項が整備され、吸収合併で消滅する会社の株主に、存続会社以外の株式を対価として交付する場合は、当該会社の財務情報等を日本語で開示することとされた。

[6] 経営陣による株式買取り。経営陣を支援する投資ファンドが出資に加わることが多い。MBOで買収された上場会社は、上場廃止になる。

[7] 持株比率による会社の意思決定支配の程度は次の通りである。〔50%超〕取締役・監査役の選任、取締役・監査役の報酬の承認、決算の承認、株主総会の議長選任、利益処分(損失処理)の承認。〔(1/3超)株主総会の特別決議を拒否(拒否権)〕定款変更、営業譲渡、合併契約、取締役解任、解散、第三者に対する新株有利発行、有利な価格での自己株式処分。〔25%超〕株式の持ち合い相手の議決権が消滅。

[8] 東京証券取引所の外国会社向け「新規上場申請事前確認報告書『8.敵対的買収に対する防衛策』」は、①スキームの内容、②発動の条件及び決定手続き(含:決定機関)、③発動中止の条件及び決定手続き(含:決定機関)、④廃止の条件及び決定手続き(含:決定機関)、⑤本国における敵対的買収に係る法制度等の記載を求めている。

[9] return on assets(総資産利益率)、return on equity(自己資本利益率)

[10] 公益通報者保護法3条3項二

[11] 公正取引委員会の「調査開始前」に報告・資料提出した者につき、1番(100%)、2番(50%)、3~5番(30%)が減額される。「調査開始前」の報告・資料提出者が5社に満たないときは、「調査開始日以後」、公正取引委員会規則で定める期日までに同規則の方法により報告・資料提出した者を加えた合計が5社になるまで(ただし、「調査開始日以後」の合計が3社まで)30%減額される(独占禁止法7条の2 ⑩~⑬)。報告方法・資料提出期限等は、「課徴金の減免に係る報告及び資料の提出に関する規則(公正取引委員会)」による。

 

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