東京地判、元従業員らに対する秘密保持義務違反に基づく損害賠償請求が棄却された事例
岩田合同法律事務所
弁護士 青 木 晋 治
1. 事案の概要等
本件は、原告が、原告の元従業員である被告甲が転職先である株式会社(以下「被告会社」という。)に対して原告の取引先等の機密情報を開示し、被告会社への転職後に当該機密情報を利用して原告の取引先に営業活動を行い、取引先を奪ったとして、被告甲、被告会社、被告会社の代表者取締役であった被告乙に対し、債務不履行又は不法行為責任に基づき損害賠償請求等をした事案である。
被告甲は、入社時に、原告に対し「誓約書兼同意書」を提出していたところ、「誓約書兼同意書」には、以下の条項(以下「本件秘密条項」という。)があった。
被告甲は、原告在籍中はもとより退職(退任)後においても、業務上知り得た次に掲げる機密事項を会社外の第三者に対して漏えいせず、業務上の必要がある原告従業員以外の者に開示せず、業務外の目的による使用行為(情報へのアクセス権限を越えた情報システムの使用行為を含む。)をせず、また、当該機密事項を用いての営業、販売行為は行わない。
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2. 本判決
本判決は、退職後も秘密保持義務を課す本件秘密条項につき、「その内容が合理的で、被用者の退職後の行動を過度に制約するものでない限り、有効と解されるべき」とした上で、本件秘密条項の対象が「機密事項」であること、また、包括的な規定である④において使用者が機密事項として「指定する」ことが前提とされていることに照らし、当該機密事項については、
- • 公然と知られていないこと
- • 原告の業務遂行にとって、一定の有用性を有すること
- • 原告において従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていること
を要すると解すべきであるとした。
その上で、原告における取引先等の情報については、従業員全てがアクセスすることができないような形で保管されていたことを客観的に示す証拠はなく、また、定例会議などにおいて「社外持ち出し禁」と表示を付すことなく配布されていたことなどから、原告において、「その従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていたということはできない」として、原告における取引先等の情報については、秘密保持義務を負う機密情報には当たらないとした。また、原告が主張する態様により機密情報を入手し、その後にこれを使用したと認めることはできないとして秘密保持義務違反を理由とする請求を棄却した。
なお、原告は、被告らに対し、被告会社が記者に対し、被告会社が原告に対して訴訟を提起した、原告から支払われるべきものが支払われていない等の虚偽事実を告知したとして、不正競争法2条1項15号の不正競争行為に該当するとして損害賠償請求をしていたが、記事発行の時点では原告に対する民事訴訟の提起が必至の状況であったことなどに照らすと「営業上の信用を害する虚偽の事実」に当たるとまではいえないとして請求を棄却した。
3. 本判決の意義
一般に、不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当しない情報については不正競争防止法による保護を受けることはできないものの、民法その他による法的保護を一切受けることができないわけではなく、契約に基づく差止等の措置を請求することは可能であり、不正競争防止法における「営業秘密」に該当するか否かは基本的に関係ないものと解されている(経済産業省「営業秘密管理指針」3頁)。本件は、不正競争防止法にいう「営業秘密」(同法2条6項)の該当性が問題となった事例ではないが、秘密保持契約上の「機密事項」の文言解釈として、不正競争防止法と同様の要件(①秘密管理性、②有用性、③非公知性)を定立した上で、かかる要件の該当性を否定した事例ということができる。
従業員等が入社する際に、本件秘密条項と同様の条文構成で誓約書を提出させる企業等は多いと思われるが、本判決は、秘密保持契約に基づく請求権を行使する場合であっても、誓約書/契約書の文言の規定の仕方によっては、不正競争防止法にいう「営業秘密」と同等の秘密管理性等が要求されることがあることを示唆する事例として意義があると思われるので紹介する次第である。
なお、上記経済産業省の「営業秘密管理指針」においては、秘密管理措置の具体例として、各媒体に対する典型的な秘密管理措置が列挙されており、各企業においてもこれらを意識した秘密管理がなされているか、再確認する必要があると思われるので、併せて紹介する。
種類 | 媒体に対する秘密管理措置の一例 |
① 紙媒体 |
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② 電子媒体 |
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③ 物件に営業秘密が化体 |
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④ 媒体が利用されない場合 |
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⑤ 複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合 |
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以 上